第88話 ウザくて締まらないクライマックス
「おお怖い怖い。今の私はただの魔法使いアラハ・ウィ。堕天使でも魔王ではありませんとも、えぇ」
仮面の魔法使いはニヤリと笑いながら四人の勇者たちを回避し、十二枚の黒い翼を広げて飛び上がった。
「そんなので避けたつもり!?」
戦士アヤカは聖剣を一閃してアラハ・ウィを触れずに斬ろうとしたが、その剣圧は空中で消えてしまった。
「まだまだですなぁ。ルイードの鍛え方が足りないのでは?」
「え、嘘でしょ」
戦士アヤカが青ざめたのは攻撃が当たらなかったからではない。鍛え方が足りないと言われたルイードが「ほほう」と悪い顔をしたので焦ったのだ。
「師匠、もうイヤですムリです! あんな修行をもっかいしろとか言わないでしょ!?」
「今までよりもっと鍛えてやんよ」
「もうイヤァァァ」
戦士アヤカは泣きながら聖剣を落とした。
「ええと……ルイード、あなたは今まで彼女にどんな鍛錬をつけてきたんですか。まさか元天使ともあろう者が異世界の女の子にあんなことやこんなことを……」
討伐される側の魔王が心配そうに尋ねる。
「んー。まだ大したことは教えてねぇよ。己の肉体を極限まで鍛えて原子を砕くとかくらいだぜ? しかしこいつはまだオリハルコンも砕けねぇからやっぱダメダメだな」
「イヤァァァ、もうマグマに投げ込まれるのはイヤァァァ!」
おそらくまだ女子高校生くらいの年齢であろうアヤカは、幼い子どものように号泣しながらその場に座り込んでしまった。その様子にアラハ・ウィもドン引きして口元を引きつらせている。
「はいはい、ほら、お前ら頑張って魔王を倒せ。出来なかったら全員鍛え直しだぜぇ」
「うわぁぁぁん! どっちが魔王なのかわからない!!」
残り三人の勇者たちも半べそでアラハ・ウィに襲いかかる。
「なぜかヤラれてあげないといけない気分なんですけど」
最強の堕天使であるアザゼル=アラハ・ウィは、意外と善人のようなことを言いながらも三人の猛攻を回避する。
「避けるな!」
「死んでください!」
「頼むから!!」
三人が猛攻する中、
まるで空中に目に見えない床があるかのように平然と立ち止まったり歩いたり走ったりする義賊ユーカだが、そんな小手先の技ではアラハ・ウィには遠く届かないらしく、攻撃はすべて空振りしている。
ユーカはチラチラとルイードの方を気にしながら青ざめている。うまく殺れないとお仕置きが待っていると言わんばかりだ。
「ルイード、あなた稀人たちにパワハラし過ぎなのでは? どういう修行をつけていたんですか」
三人の攻撃を避けながら、アラハ・ウィは呆れたように言う。
「あぁん? オメェを倒すためだからなぁ。ちょっと膝を正面から蹴って足を折ったり、腕の関節をねじ切ったり、銀紙噛み続けたり、毎晩死ぬほど悪夢にうなされ続けるとか、まぁ、修行だから仕方ねぇだろうがよ」
「……ルイード!! あなた、ちょっと酷くないですか!」
「えー」
アラハ・ウィは三人を無視してルイードの前に降り立つと、説教を初めた。
「あのですね。神が稀人を呼んだのは私のような堕天使を地獄に送り返すためですよね? それは稀人が神の代行者だからですよね? あなた、その神の代行者になんてことしてるんですか!?」
救国の勇者たちは「頑張れ魔王!」とアラハ・ウィを応援し始めた。
「だってよぉ、別に神とか好きじゃねぇし。長いこと地獄に封じられてたしぃ~」
「子どもみたいに唇を尖らせながら言わない! あなたが恩赦を受けたのは神への憂さ晴らしをするためではなく、稀人を鍛えるためでしょう!? 心を折るためではないのですよ? わかってますか?」
「倒すべき魔王にいわれてなぁ。てか、オメェが地獄に帰れば稀人も来ないし、俺がそんなことをする必要もなくなるんだぜ?」
「それはイヤです」
ここで救国の勇者たちは「どっちもどっちだ!」と膝を落とした。地獄に落とされるほど悪いことをした天使たちに、人の道徳など通用しないのだ。
「さあ、休んでねぇで魔王を殺れ、勇者ども!」
まるで動物をムチで叩いて言うことを聞かせようとするサーカスの悪い座長のような顔をしているルイードに、救国の勇者たちは嗚咽を漏らしながら武器を構えた。
「あなたの稀人の扱いは最悪ですねぇ。私が率いていた魔族の方がよっぽどホワイトでした」
「ああん?」
「私の配下は一勤一休の八時間三交代制で残業は一切なし。勤務中は二時間に一度三十分の休息がありますし、ランチタイムは余裕の九十分。魔王城の仮眠室やラグジュアリーも使いたい放題。あ、ランチ代は無料です。なんせ決められた労働時間内で最大効率で働くことこそが美徳ですからねぇ」
ごくり、と救国の勇者たちは喉を鳴らした。
「残業する者が偉いなどという非効率はありません。もちろんパワハラセクハラなどは論外ですし、誰もが自分の働きに自信を持って、ちゃんと評価もされる職場でしたよ」
勇者たちの目が泳ぐ。どうやらそんな高待遇は夢物語のようだ。
「各種保険完備で終身雇用制度あり。退職金も出ますし、なんといっても人気だったのは年に四回ある賞与ですかねぇ」
「「「「魔王様♡」」」」
救国の勇者が魔王に寝返るという世にも恐ろしい事態に発展しそうになったが、アラハ・ウィは散々自慢話をしたのに空間を割った。
「可哀想過ぎて戦う気にもなれません。稀人たちの扱いを考え直したほうが良いですよルイード」
「大きなお世話だコンニャロウ。てか、この騒動の始末、どうつけてくれんだよ」
「ラミエル(の魂)は地獄に送り返されてしまいましたしねぇ。あぁ、あの腐れXXXの王妃のXXXに報告する必要があるのなら、復活した魔王が裏でなにかやっていたとでも言えばよろしいのでは?」
「テメェを突き出したほうが早そうなんだが」
「御冗談を」
アラハ・ウィはニヤリと笑いながら割れた空間の中に入っていく。
「勇者の皆さん……ご愁傷様です」
一言残してアラハ・ウィが消えると、救国の勇者たちは四つん這いになってこれから地獄のシゴキが待ち受けていることを考えて、ボロボロと涙した。
その最中、気絶させられていたランザの目が覚めた。
「!」
慌てて目の前で倒れている幼馴染みのクレメリーを抱きかかえ、胸元に耳をやって心臓の鼓動を聞く。トクントクンと音がするので死んではいないようだ。
「おっぱい好きなの?」
目覚めたクレメリーが苦笑する。
「おっぱいが嫌いな男がいるもんか! 無事で良かった!」
「私のおっぱいもなかなかでしょ」
「ああ、母様のおっぱいを思い出すよ」
「ったく、男はいつまでも母親のおっぱいが好きなのね」
「あとで母様に会いに行かないとな。君も一緒に」
「それはどういう意味と捉えていいのかしら」
「俺の妻になってくれ」
「あははは、とんでもないところでプロポーズしたものね。そんなに私のおっぱいが気に入ったの?」
「おっぱいも好きだが、クレメリーも好きなんだ」
感動の場面にやたらとおっぱいを連呼する二人は、互いの無事を喜び抱きしめあった。
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