第93話 元殺し屋のウザいゴシップ情報

「あらぁ~、伯爵サマんところの息子が廃嫡を命じられたってさぁ~」


 冒険者ギルドの施設内フードコート……つまり「ギルド食堂」の前に並べてある椅子を三つ並べ、ドワーフ種の女性特有の大きな尻をドスンと乗せたシーラナは、大好きなゴシップ新聞の見出しを読み上げた。


 彼女は見た目こそ(ヒュム種で言うところの)恰幅のいい主婦のようであるが、ドワーフ種は女性全般的がそうであり、実はまだ未婚で歳もそれほどではない。


 しかしゴシップネタが大好きで、食堂が暇な時間は下世話な記事に目を通して楽しんでいるというその様は、井戸端会議している主婦のようでもあった。


「んー? どれどれ……」


 シーラナの新聞を後ろから、小柄なエルフ種のトッドが新聞を覗き込んで続きを読み上げる。


「……サンドーラ伯爵家長男のアモス様は、第三王女エチル様から直接婚約破棄を言い渡され、廃嫡も命じられた。しかし婚約は両家家長が執り成すことであり、エチル様が廃嫡を命じることはできないはずである。この件についてキャリング公爵家は沈黙しているが、王妃の采配に注目が集まるところである、と───。ふーん、この記事には廃嫡を命じられた理由が書かれていないが、アモスってのは何をしでかしたんだい?」

「なにもしてないのさ」


 シーラナは新聞を畳んだ。


「あたしの情報網でチラチラ聞こえてきたんだがね、実は───お?」


 いつのまにかシーラナの周りには冒険者たちが集まっていた。食堂で彼女がぽろりとこぼす「噂話」の信憑性は高く、依頼も受けずギルド内にしている冒険者達にとっては貴重な情報源なのだ。


「あんたら、後で注文もするんだろうね?」

「「「もちろん!」」」


 シーラナはやれやれと苦笑しながらも話を続けた。


 今回の廃嫡話は実に変わっている。新聞には書かれていないが、アモス伯爵令息は「ロウラ・グラ男爵子息に対する素行不良で廃嫡」とされたらしい。


 廃嫡事態は珍しいことではない。その理由の大半は継ぐべき者の素行不良や、現当主への侮辱、王国への政治的反抗、正当な理由のない殺傷や侮辱、邪教への狂信、敵国との内通、病弱、不義、本人の無能………。


「それがさぁ、あたしの情報網によると、そのアモス様って子はロウラ・グラ男爵子息への素行不良どころか、相手が平民であろうと差別しない良い子だったそうさね」


 絶対階級制の北の帝国や東の王朝などと違って、南の王国では「貴族=平民を見下す」というイメージは強くない。貴族と平民は身分と生活様式が違うので、お互いに関わらないようにしているだけだ。貴族は民がいないと飢えるし、民は貴族の庇護のもとで生活しているので、両者は支配者と下僕なのではなく、持ちつ持たれつの関係である。


 だがアモスは積極的に平民と接する珍しい貴族で、別け隔てなく接する姿は、領民から親しみを込めて「若」と呼ばれていたらしい。


「僕もその筋の噂を聞いたことがあるけど、そのご子息は領政にも貢献しているとか」

「そうさねトッド。スペイシー領の新しい領主様と比べられるくらい優れたらしいよ」

「強調しなくても僕はではないからね」


 トッドが苦笑する。見た目は誰がどう見ても子供のエルフ種だが、彼はなぜか年を取らないだけで実際は老人だと言われている。


「あたしの聞いた噂じゃ、サンドーラ伯爵のご令息の素行は正しく、領政に関わるくらい頭もいい。加えて健康そのものでエチル王女との婚約中に別の女と不義密通を働くこともなかった。廃嫡される意味がわかんないってことなのさ」


 シーラナの言葉に黙って聞いていた冒険者達が頷く。


「だけどさ、実は廃嫡される意味があったんだわ。それもアモス様の方じゃなくて、その婚約者のエチル・キャリング第三王女様の方にね」


 聞いていた全員が身を乗り出す。いつの間にかトッドも椅子に座って聞き入っていた。


「ここだけの話、甘やかれさて育ったバカな王女様は、いっつもアモス様に尻拭いしてもらってたらしいんだわ。二人はトラントラン学院の生徒なんだけどさ、バカ王女様がずっと良い成績でいられたのは、アモス様がバカでもわかるように懇切丁寧に補修し続けてくれたおかげなんだってさ」

「「「ほー」」」


 バカを連呼するシーラナだが本来は不敬罪だ。しかしここは「冒険者ギルド」の中であり、厳しく取り締まられることはない。


「それとバカ王女様が身分を盾に横暴な振る舞いをしても、アモス様が陰ながらフォローして事なきを得るように仕立ててたとも聞いてるよ」

「「「ほー」」」


 冒険者達にとって王女など見たこともない存在なので想像でしかないが、きっとバカなのだろうと誰もが納得した。


「これが世で流行っている悪役にさせられたの復讐譚ならさ、王子に婚約破棄を命ぜられた令嬢は喜んで王子から離れて遠い領地で幸せに過ごし、はたやバカな王子の方は捨てた魚がでかすぎてどんどん没落していく……となるんだろうけどねぇ」


 シーラナは少し表情を暗くした。


「それもこれも主人公が女だから許される物語なんだわさ」


 王女から婚約破棄を命ぜられるなど前代未聞の事態なので前例はないが、アモスの世間体はよろしくないだろう。特に王女を次期王妃に持ち上げている貴族たちは、躍起になってサンドーラ伯爵家を追い落としにかかる可能性もある。


「あんたら冒険者に仕事が来るとしたら、ご子息のボディーガードの線かねぇ。伯爵からの依頼なら報酬も高いんじゃないかい?」


 シーラナの言葉をふむふむと冒険者たちが聞いている姿は、受付嬢たちから見ると「学生と教師」のようにも見えて可笑しかった。


「シーラナさん、とは思えない馴染みっぷりよね」

「シッ。それは極秘事項なんだから気安く言っちゃ駄目よ」

「そうよ。カーリーさんに聞こえたらこめかみを掴まれたまま持ち上げられるわよ」

「うっそwwww あのエルフゴリラやべぇー。この前も二階の手すりを端から端まで握りつぶしてたし。手すりの木を包装紙ぷちぷちと勘違いしてんじゃないの?」

「こら、口調をちゃんとしなさい。仕事中なんだから」

「そうよ。あなた、姫……いえ、カーリー様にそんな口の聞き方したら酷いことになるわよ」

「……ゴリラエルフって言った方も注意したほうがいいわね」

「あはは、そりゃ───ってカーリー様!?」


 ぴくりとも微笑まない鉄面皮のエルフは受付嬢たちの後ろで腕組みしていた。いつの間にそこにいたのか誰一人気がついていなかった。


「あ、ちがうんですぅ。ゴリラエルフじゃなくてエルフゴリラって……」

「どっちでもいいわ。ちょっと裏に来てくれるかしら」

「ひっ……」


 こめかみを鷲掴みにされた受付嬢はそのまま裏手に引っ張られていった。

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