第84話 ラスボスもまあまあウザイ

「あー。第七位階の魔法かぁ~」


 ルイードが面倒くさそうに言うと、シェースチは勝ち誇ったように破壊の魔法を解き放った……が、その魔力はルイードに当たる前に霧散し、綺麗な黒い光の粒になってしまった。


 化け物のような姿になったシェースチをはじめ、生爪を引き抜かれたチェトィリエや足裏から出血しているピャーチも、その信じられない光景に唖然としている。


「誰がテメェらにその術を授けたと思ってんだ?」


 意味深なことを言いながら、ルイードは異形の三人の顔近くまで跳び上がり、パンと手を打った。


「「「!!!」」」


 三人の異形が何を言おうとしたのか分からない。声が出るよりも早く、その黒い姿は砂のように粉々になってこの場から消滅してしまった。


「あーあ。。まぁ、仕方ねぇか」


 木の葉が舞い落ちるよりもゆるりと着地したルイードは、何事もなかったかのようにコキコキと首の骨を鳴らす。


「………え、いまので終わり!?」


 ルイードの異常行動を何度も目にしているシルビスですら驚く。


 邪神と人間の間に生まれた化け物は柏手一つで原子分解されてこの世から消滅してしまったのだ。


 もしもこの場に救国の勇者がいたら「あれなー」と口を揃えたことだろう。ルイードは魔王を同じようにして一瞬のうちに葬り去ったのだ。


 ルイードは座り込んで一気に老けたエランダの前に立った。


「ひっ……」

「オメェの信じるカミサマってのが若返らせてくれてたんだろうが、もとのババアになっちまってるぞ」


 慌てて顔に手をやったエランダは、自分の皺深い肌を感じて「ひぃ」と短く悲鳴を上げた。


「お、お、お前がそうなのね! 仮面の魔法使いが言っていた!」

「ちげーよ、それは俺じゃねぇ」


 そう言った瞬間、ルイードの体は光の棒のようなもので囲まれた。まるでそれは牢獄の檻のようで、横は勿論上にも下にも逃れる隙間はない。


「んあー?」


 マヌケな声を出して光る棒に触れたルイードはすぐさま引っ込める。その手からは焦げた臭いと煙が出ている。


「おいおい何してくれてんだ、そこのアマァ」


 ルイードが文句を言う先に全員の視線が向く。


 この祭壇への入り口となっているルイードが吹っ飛ばした鋼鉄の扉。そこにランザとサマトリア教会の修道女シスタークレメリーがいた。


「これは一体……クレメリー、今なにかしたのか!?」


 床一面に横たわる白い僧衣の者たち。磔にされた見知らぬ三人の男女。呆然としている長男と次男。そして見慣れぬ老婆と光の檻に閉じ込められたルイード。状況がわからずランザは狼狽えた。


「まさかあの子たちを消滅させる冒険者がいたなんてね。少し焦ったけど、後で殺してあげるからそこで待ってなさい」


 クレメリーは光の檻に閉じ込めたルイードから視線を外し、ランザの正面から目を見た。


「ど、どういうことだクレメリー。俺をこんなところに案内して……どうしてルイードや兄様たちが!?」

「うんうん混乱するわよね。ここはね、神の雷霆教団の祭壇なの」

「神の雷霆?」

「世間やサマトリア教会からすると邪教ってやつね」

「邪教!? にそんなものが!?」


 混乱するランザを真正面から見ているクレメリーは、より一層優しく微笑んだ。


「違うわよ。神の雷霆の祭壇を封じるためにその上にサマトリアの教会が建てられたのよ」

「……君は何を知っているんだ!?」

「全てよ。例えばあなたが転生してきた稀人だってことも、神の雷霆教団が崇めているのは、人間と睦んで知恵を授けたせいで天から追放された天使ラミエルだということも」

「どうして俺のことを……父君に聞いていたのか!? ってか、神に逆らった天使って、それは堕天使って言うんじゃ───」


 そこまで口にしたランザは腹部が熱く感じて視線を下げた。


 ランザの腹にはクレメリーの手があり、その手にある短刀は脇腹に深く食い込んでいた。


「!」


 幼馴染みに刺されたランザが愕然とするうちに、クレメリーは短刀をぐいっと持ち上げた。それだけで全身に激痛が走り絶叫する。


「ランザ!?」


 アジーンが本来の目的も忘れて末弟の名を呼ぶ。


「あらアジーン様。それとドヴァー様。ご依頼はランザの呪殺だったかしら?」


 ランザから吹き出す鮮血を浴びながらもクレメリーは平然とした顔で語りかける。


「……貴様は教会の修道女ではないのか」


 アジーンは意志の強い眼差しでクレメリーを睨んだ。


「あらあら。アジーン様が自発的に質問とは珍しい。珍しいから答えてあげるわ。表向きはサマトリア教会の修道女クレメリー。だけど本当は神の雷霆教団の司祭クレメリー。わかったかしら?」

「貴様の父君……司祭様もそうだったのか」

「いいえまさか。あの人は生粋のサマトリア教会司祭。赴任してきた教会の地下にこんな祭壇があるなんて知らなかったくらいよ。それにしてもあなたたち、態度がでかすぎるんじゃなくて?」


 突然空気が重みを増して、アジーンとドヴァーは立っていられなくなってその場に膝を落とした。


 磔にされている三人にも同じくらいの重力が浴びせられ、全身に着けられた枷が食い込んで悲鳴が上がる。


「いたたたたたたたた! ビラン、これなんだ!?」

「これは地属性の重力魔法だが、制御が難しいはず! 無詠唱でこんな高等魔法を使えるなんて!」

「毎回説明ゼリフありがとよ! なんにも好転しないけどな!」


 アルダムとビランがやり取りする間に挟まれているシルビスは、重力に魂を引かれた巨乳が下に下に落ちていこうとする激痛で「んぎゃあああ!」と叫び声を上げていて全く話を聞いていない。


 そんな生贄たちを一瞥しただけで興味を失ったクレメリーは、超重力で四つん這いにさせられたアジーンとドヴァーを見て微笑んだ。


「ああ、そうそう。あなたたち兄弟には悪いけど、何人生贄を捧げても、には大いなる加護が付いていて呪いが届かないのよ。だからこうして司祭の私が直接殺るってわけ」


 クレメリーは短刀を回しながら引き抜いた。


 短刀が抜けたランザは、腹からとめどなく落ちる血を抑えながら飛び退こうとしたが、力が入らずその場に倒れてしまった。


「運命は本当に残酷よね。そこのバカな女が自分の腹に天使の子を宿したから、その対抗馬としてあなたはスペイシー家の末弟として転生してきた。世の中何事も光と影、陰と陽。よくできるわ。さすが神の作り給うた世界よ」

「クレメリー……」

「はいはいクレメリーちゃんです。それにしても稀人って厄介よね。強くなれば天使でも殺せちゃうんだもの。だーかーらー、私もあなたが邪魔だったの」


 幼馴染みは今までに見たこともないような邪悪な微笑みを浮かべた。


「ちょうどスペイシー家のお家騒動があったから、馬鹿な兄弟をつついてあなたを殺すように差し向けてきたけど、全部失敗。仕方ないから私が直接殺ることにしたってわけ。理解できた?」

「そ、そんな……」

「ちなみに私の父は私が呪い殺しておいたわ。だってあの人がいるとこの地下祭壇を自由に使えないじゃない?」


 笑いながら父殺しを告白しているこの修道女は、もはや自分の知る幼馴染みクレメリアではない。ランザは力が入らない腹とそこから溢れ出る生暖かい血を抑えながら、悲しみと痛みで涙がこぼれた。


「それと告白ついでに言うけど、スペイシー家の最初の奥様。リリアさんだったかしら? 彼女とスペイシー侯爵を呪い殺したのも私。あ、依頼人はそこにいるエランダね」


 ランザからすると父を殺したのは幼馴染みという衝撃の事実であり、アジーン、ドヴァーにとっては実の母と父を殺した張本人が目の前にいることになる。


「きさまぁぁぁぁぁ!!」


 ドヴァーが堪らずに吠えたが四つん這いのまま動けない。クレメリーは微笑みながら近寄った。


「恨むのならその女にどうぞ?」

「こ、この異端者め! 地獄の業火に焼かれて死ね!!」

「そんなもので死ねるのなら、とっくに天に召されているわよ」


 クレメリーは背中から翼を生やした。


 所々黒ずんでいたり灰色に汚れたその翼からは、誰もが見ただけで納得できる神聖な光が溢れている。


「初めまして人間たち。私が天使ラミエルよ」

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