第83話 ウザい三兄弟の猛攻

 今のドヴァーは放心状態だ。


 まず突然現れたと思いきや、あれだけ数がいた狂信者たちをものの一分とかからず全員ぶん投げて昏倒させた粗暴な男ルイード───ドヴァーにはルイードの正体も目的も分からず、ただただ呆然とその狼藉を見つめているしかなかった。


 まだそれだけならドヴァーは放心しなかっただろうが、継母エランダを見た辺りから感情が混線し始めた。


「この程度のことが出来ないで長男だの次男だのと。私の子どもたちのほうが何百倍もマシよ!」

「この子たちはなんて情弱なの。三歳にもなればその程度のことくらいわかるでしょ! ああ、恥ずかしい」

「甘えないで頂戴! 私はあなたたちの母親ではないの。あなた達の母親リリアは亡くなったのよ。とっくに、ね!」


 幼い頃のドヴァーとアジーンをいつも口汚く罵り、馬鹿にし、劣等感を抱かせ続けたトラウマの根源。そんな継母のエランダが、今は猫背になって床に座り込んでいる。


 その弱々しい姿を見たドヴァーは、自分が幼い頃から持ち続けていた強く恐ろしい継母というイメージとのギャップで、感情が混乱していく。


 そして極めつけは四男チェトィリエ 、五男ピャーチ、六男シェースチのありえないほどの変貌だ。


「神と交わらなければ……こんなことには……」


 生気を失ったエランダの言葉が小耳に入る。


 弟たちの体は新月の夜の闇のように漆黒で、頭頂部から生えたツノは十メートル以上ある天井に着くほど伸びている。そしてその背中から生えた羽……まるでネズミの毛を剥いたような生々しい肉のように艶めく黒い翼だ。


 そんな化け物になった三人を見れば、普通の人間なら逃げ出すことも出来ず絶望するだろう。少し離れたところにいるドヴァーですら、膝を地面に落として命乞いをしたくなる気分なのだ。


 それなのに、こんな絶望的な光景を目の当たりにして、しかも生贄として磔にされているというのに「ひゅーひゅー!」「いいぞもっとやれ!」と歓声を上げている生贄の三人が更にドヴァーを混乱させたのだ。


 しかしそんなドヴァーの混乱など知ったことではないルイードと、異形の巨人となった弟たちの想像を絶する戦いは、問答無用で始まった。


 僅かにチェトィリエの面影があるそれは、鋭い剣のように伸びた長い爪でルイードに掴みかかる。しかしルイードは「ふんす!」という掛け声とともに一本の爪を掴み、強引に引き抜いた。


「「「「「痛っ!」」」」」


 磔にされた三人とドヴァーとアジーンは同時に声を揃えて目を背けた。


 化け物になっても生爪を引き剥がされたら痛いのだろう。チェトィリエは絶叫しながら手を引っ込め、尾てい骨あたりから生やしたトカゲのような尻尾でルイードを吹っ飛ばした。


 そのあたりの丸太より太い尻尾の、とてつもなく早い一撃をまともに食らったルイードは、ボールのように床で何度も跳ね、祭壇を薙ぎ倒して壁に激突した。


「「「「「痛っ!」」」」」


 傍観する五人の声がまた揃う。


 その激しい衝突音は「普通の人間なら絶対死んでいる」と思えるもので、今の今まで「やっちゃえ御頭~」などと囃し立てていた磔の三人ですら言葉を失っている。


 だが、ケロっとした顔でルイードは立ち上がる。


大地龍ワンイボの龍皮で作った革鎧が無けりゃ死んでいたかもなぁ」


 五人の傍観者達は内心で「いやいや」と否定する。


 鎧がどけだけ良いものでも、それを着てる中身が無事で済むような衝突の仕方ではなかった。床をバウンドしている時点で内蔵が破裂して全身の骨が砕け散っていてもおかしくないはずなのだ。


 続けて五男のピャーチらしき面影の化け物が、その巨体に似合わないスピードでルイードに迫り、ダンッと踏みつけた。


「「「「「痛っ!」」」」」


 傍観する五人の声がまたまた揃う。


 十分に圧死したと思えるが、続けざまにダダダダと足踏みして執拗に踏み潰すあたりは、ピャーチの性格をよく表した行動だった。


 だが、石床が踏み潰されてちょっとしたクレーターになっていてもルイードは平然と立っている。


「ふう。走獣王シャオジャンから剥ぎ取った毛皮のベストが緩衝材になっていなけりゃ……」

「「「「「それは無理がある!」」」」」


 さすがに傍観者全員が突っ込む。


 誰がどう見てもそんな毛皮のベストくらいで、あの踏み潰し攻撃をどうにか出来るわけがないのだ。そもそも毛皮に守られていない頭や腕の部分は無防備だし、あの巨体に踏み潰されて耐えられるほど人間の骨格は頑丈ではないのだ。


「……あぁん? なんでテメェらがここにいるんだ?」


 ルイードは今の今までシルビスたちが磔にされていることに気がついていなかったようだ。


「危ない!」


 シルビスが叫ぶや否や、再びピャーチの足が降ってきたが、ルイードは右手を高く上に掲げて人差し指を立てた。とある稀人が魔族と戦って破れた時にしたとされている「我が生涯に一片の悔い無し」のポーズだ。


 それがどういう効果を生んだのか、ピャーチだったモノは悲鳴を上げて倒れた。それは人間が鋲を踏んでのたうち回るようだった。


 シェースチだったものは兄二人の情けない姿を見てどう思ったのか、両手を伸ばして目の前に巨大な魔法陣を生み出した。


「あ、あれは第七位階の黒魔法……戦略級破壊魔法の陣だぞ!!」


 魔法に多少の心得があるクールなビランが叫ぶ。


「なにそれ」


 きょとんとした童顔で陽気なアルダムが尋ねるが、ビランは冗談ごとではないという真剣な顔をした。


「あれは黒魔法を嗜む者なら誰もが知っている憧れの魔法陣だ。しかし上級位階の呪文なので唱えられる魔法使いはほとんどいない! そもそも、唱えられたとしてもあまりにも破壊力がありすぎて仲間も巻き込むと言われている自爆魔法だ! 当然それを防ぐ方法もない! 戦場ですら使用するのは禁忌とされている禁断の魔法だからこんな所で放たれたら俺たちみんな消し炭、いや、灰も残らない!!」

「うわー、なんかめっちゃ説明セリフくれたわー。けど聞きたくなかったわー」


 アルダムが絶望しながら天井を仰ぐ。


「姉御、短い付き合いでした」

「姉御、来世では会わないようにしましょう」


 二人は間にいるシルビスに声をかけたが、この小柄なノーム種は胸だけではなく肝っ玉も大きかった。


「はぁ? マホーが何よ。ルイードさんならそんなものちょちょいのちょいでしょうが。なんたってあの人は魔術師ギルド総帥の、あの救国の勇者の一人シュンの師匠なんだから!」


 シェースチは魔法陣の中に黒い太陽のようなモノを生み出した。それは全く熱さを感じない火の玉だが、見ているだけで魂の根幹から震え上がる。もしそれに触れたらどうなるのか……誰もが「原型は留められないだろう」という確信を持った。


「ふ、ふん。大丈夫。ダイジョーブ!」


 自分に言い聞かせるように言うシルビスだったが、本当のところは失禁しそうなほど怖がっている。だが、ルイードならどうにかしてくれるという謎の信頼と安心があった。

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