第82話 ウザ敵は大体変身するもんだから

「ルイードさん!!」


 シルビスは歓喜の顔でその名を呼んだ。


 クールなビランと元気なアルダムはお互いに顔を見合わせて「マジかよ!」という目を向けあっている。


 実のところこの二人はなんだかんだ言いながらも諦めていた部分があり、「都合良くシルビスのためにルイードが来てくれるなんてことはありえないけど、そうでも言っておかないとこの小娘がやかましい」と思っていたのだ。


「ハーーーーハッハッハッハッ! あんたたち、もう終わりなんだからね! 私達の親分? 御頭? 頭領? ……まぁ、とにかくルイードさんが来てくれたってことは、相手が魔王でも勝つってことなんだから! 抵抗をやめて下ろしなさい!!」


 偉そうに叫ぶシルビスを挟んで拘束されているビランとアルダムは、「私達を」ではなく「私を」と言ってのけるシルビスの、おそらく意識せずに自然と出た自己中心的な言葉に、呆れを通り越して苦笑していた。


「俺たちは含まれてないんだな……。しかし本当に来てくれるとは。さすが御頭だ」

「ほんと。行き先も言ってなかったのにどうしてスペイシー領にいるって分かったんだろう?」


 彼ら元アイドル冒険者組からしてもルイードは謎の存在だ。


 新米冒険者に絡んでわざと負けて「新米に自信をつけさせる役目」と言いつつ、そこそこ腕の立つ冒険者相手には「調子に乗らせないため」とボッコボコにする。そんな冒険者ギルドの助っ人みたいな仕事をしながら、実は王国で唯一「稀人の管理監督業」を営んで(?)いて、最高権力者の王妃からお墨付きも貰っている。そして「救国の勇者」と呼ばれる各血盟や組織の頂点に君臨する稀人たちを指導し、魔王を討伐した立役者だ。


 これほどの活躍をしているというのに世間の大半は「チンピラ冒険者」「弱者に集るハエ」「小汚いおっさん」という評価しかしていない。むしろ当のルイード自身がそう見えるように仕向けているフシもある。


 そのルイードは武器もなく掴みかかってくる狂信者たちを振り払っている。いや、振り払うだけでは済まず、狂信者たちは吹っ飛ばされて天井近くまで舞い上がっては落ちて、床一面に白い僧衣姿が敷き詰められていく。


「ば、化け物」


 頼みの綱の信者たちですらいとも簡単に吹っ飛ばされていくのを見たエランダは、六男のシェースチを前に押し出して「あいつを殺せ! 殺せ!」と気が狂ったように連呼した。


 チェトィリエ とピャーチも瞳を真っ黒にしてシェースチと共にルイードを囲む。


「おうおう、神の子(笑)勢揃いかよ」


 ルイードはにへらと笑いながら最後の狂信者をデコピン一発で昏倒させた。


 そのルイードを囲むチェトィリエ、ピャーチ、シェースチの三人は、瞳を漆黒にして勝ち誇ったような顔をしている。


「どれほどの冒険者かは知らないが、人間の分際で私達に勝てると思っているらしい」

「たとえ一等級冒険者でも私達の敵ではない」

「貴様が言うように私達は神の子なのだからな」


 そこまで黙って聞いていたルイードは、ペッと葉巻を口から捨ててリーダー格のチェトィリエに拳を打ち付けた。しかし、誰の目にも見えない速さで打ち出したルイードの拳は、六男シェースチの掌で止められてしまった。


「ふん、この程度で────なっ!?」


 シェースチの僧衣は腕の部分から激しく引きちぎれ、腕は刃物で切り刻まれたかのように断裂して血を吹き出した。


「あーあ。流血とか俺好みじゃねぇんだから素直にボコられときゃいいものを」


 ルイードは「うへぇ」と嫌そうな顔をしてみせる。


「ば、ばかな」


 ずたずたにされた腕は、彼ら三人が生まれながらに持っている強力な自然治癒能力で湯気を立てながら再生していく。


 しかし、いまだかつて自分をここまでにした人間がいなかったことから、シェースチは動揺していた。


 シェースチは生まれてこの方ただの人間と本気で戦って負けたことがない。自分たちの特殊な生い立ちとその能力を秘匿するためにわざと負けてやったことは何度となくあるが、神の子であるはずの自分がこんな小汚いおっさんのパンチ一発で生命の危機を感じるとは思ってもいなかったのだ。


「貴様は……酒場でもそうだったが、本当に、本当に何者だ!!」

「さて、テメェらみたいなをどうしたもんだかは聞いてねぇなぁ」

「何を言ってる!? 何のなり損ないだと!?」

「ったくあのクソ野郎め。命令する割には仕事が雑なんだよチクショウ」

「誰だ。誰のことを言っている!?」

「おいこらこんちくしょう! どうせ見てるんだろ! 俺様の裁量で勝手にやらせてもらうぞ!! 後で文句言うなよ!!」

「どこを見て話をしている!?」


 まったく会話を成立させる気がないルイードに対してシェースチが必死に問いかけるが、すべてガン無視され続けている。


「シェースチ、こいつは我々の父神様の敵に違いない」


 チェトィリエは腕の修復を終えた六男の肩を引いて一歩下がらせた。


「こんな奴が!?」

「兄者、こいつが!?」


 シェースチとピャーチが明らかに動揺したが、構わずチェトィリエはルイードを睨みつけた。


「母様が昔、スペイシー家お抱えの魔法使いに言われたそうだ。何事にも陰と陽があり、私たちに対抗する者が現れる、とな。だから───真の姿を見せても構わん、全力で殺せ!」


 その言葉を切っ掛けに三人はピキピキと筋肉が裂けるような音を発し始めた。


 みるみるうちに肌はどす黒く変わり、背中からは黒い鳥の羽が粘膜混じりで生えてくる。あっという間に体つきはルイードの倍近い巨人種のように膨れ上がり、元の人間だった時の面影は殆どない怪物が仕上がっていく。


 邪神とエランダが交わって生まれた子たちは、まさに今、異形の姿に変貌しようとしていた。

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