第81話 ウザい邪教にようこそ
ザーザース
ザーザース
ナーサタナーダー
ザーザース
低く唸る信者たちの声が教会のような建物の中に響く。
「いやああああ! この呪文いやああああ! 絶対この後エロい儀式とかされるんでしょ!! いやあああ!!」
シルビスは金切り声を上げて拘束から逃げようとしているが、横にいるクールなビランと元気なアルダムが諦めているくらい、彼らはがっちりと捕まっていた。
「姉御、気をしっかり持ってくださいねー(適当)」
ビランは捕まっているというのに随分と余裕があるようで、半顔を隠している前髪の位置が決まらないことを気にしている。しかしなにもリアクションしないとシルビスが叫びながらチラチラとウザ見してくるので、合いの手程度に言葉をかけている。
当然その適当な言動はシルビスに見抜かれる。
「あんたね! 今から殺されるか犯されるかって瀬戸際に、なんでそんなに落ち着いてるのよ!!」
「姉御、騒いだところで事態は好転しませんし、俺たちにはルイードさんがいるんですから、最後の最後で助かりますって」
「なにその無駄に高い信頼度! 確かに強いけどここにいなきゃ意味ないじゃん! あのおっさんは間が悪いから、来た時には私はちょうど犯されてる最中とかなんだから! 私の純血を奪うのは白馬に乗った王子様以外はありえないんだけど! あと金持ちの持ち家次男で姑が優しい王子以外は死ね!」
元気なアルダムは返答を苦笑に変えて黙ることにした。こうなったシルビスは何を言っても反論してきて、終いには全く関係ないことでプリプリと怒り出すと学んだのだ。
そしてアルダムはチラっとビランと目線を合わせ、唇の動きだけで会話する。
『こいつらどこの邪教だよ。黒い聖書とか持ってるし』
『領主一族と繋がってるって、やばい話だな』
『てか、気持ち
Y字型の木材に磔にされた三人は、両手足どころか胴体と首にも鉄の拘束具が着けられている。そんな拘束されている三人の目の前では、白い僧衣の連中が同じ呪文を繰り返しながらゆらゆらと上半身を前後に揺らし、この場の不気味さに貢献している。
『なぁビラン、こいつらアレに似てないか』
『ニュルニョロだろ』
『それそれwww』
沼の近くに生息している白くてうねうねしている群生生物ニュルニョロは、触るとかぶれるし常に数十から数百の群れで行動していることから大概の女性からは「気持ち悪い」と思われる生き物だ。
『それにしてもこの読唇術って便利だと思わないかアルダム』
『うんうん、さすが親分だよなぁ。しがないアイドル冒険者上がりの俺たちに、こんな高等技術を惜しげもなく教えてくれるって』
『……親分、来てくれると思うか?』
『来るに決まってるだろ。俺たちはどうでもいいとして、シルビスの姉御が危ないときには絶対来るって』
『激LOVEなのか』
「いやぁ、あれは保護者っていうか父性? シルビスの姉御に欲情するほど親分も飢えてないだろwww」
「確かに姉御は成人してるけどまだ子どもだしな」
「王子様って言ってる時点でなぁ……」
「しかし要求は現実的だったぞ」
「途中から聞こえてんだよぉぉぉぉぉぉぉ!! なんなのあんたら!! 私を挟んで右と左から私の悪口を本人無視して言い合うなんて! なにこれ! 死に間際にいじめ!? ありえなくない!?」
唇の動きだけで会話をする読唇術を途中から忘れ、普通に声を出していた二人は目線をそらす。
「怒れるノームのパワァァァァァァ!」
なにか必殺技でも出しそうな声を上げてシルビスは力を入れているが、ピクリとも枷は動かない。出来たことは鉄が擦れる音を出したのと、やたら大きな胸を躍動させることくらいだった。
その三人の様子を眺めていたスペイシー家四男のチェトィリエは苦笑している。
「アジーン兄が連れてきた生贄はうるさいですね」
「ふっ、そうだな」
アジーンは楽しそうに三人を眺めている。
「アジーン兄が表情豊かなのは珍しいと思いませんか、ドヴァー兄」
「あ、ああ……」
アジーンとドヴァーは、ランザを呪殺するために「神の雷霆教団」に入信したが、本気で信徒になったわけではない。特にドヴァーは教会内の不気味な様子に今も固まっていて、チェトィリエに話しかけられてもどこか上の空だ。
「兄様方、そろそろ司祭様がいらっしゃいます」
五男のピャーチがやって来て他人行儀に深々と頭を下げた。
「ふ、ふふふ。アジーン兄。いよいよだ。これでランザを呪い殺し、家督を継げるぞ」
「……」
そこに慌ただしく入ってくる二人組がいた。六男のシェースチと……エランダだ。
その姿を見た瞬間、ドヴァーは怒りの表情を浮かべ、チェトィリエに掴みかかった。
「お前たち、あの毒婦と繋がっていたのか!」
領主不在の際に領政を狂わせた挙げ句、家の財を持ち出して知らぬ男と駆け落ちしたとされる継母エランダは母リリアを亡くしたばかりだった幼かった頃のアジーンとドヴァーにとっては、更に別の顔を持つ。
彼女はスペイシー侯爵の見えないところで先妻の子どもたちを口汚く罵り、自分の子供達ばかりを寵愛していた。童話に出てくる典型的な
自分たちが成人した後に侯爵が娶った三人目の妻やその子どもたちは、もはや遠縁の親戚のような感覚だが、エランダだけは違う。幼い時からトラウマのように焼き付いている明確な「敵」であり、王国から指名手配され、スペイシー家の家名を汚した許してはならない相手だ。
「貴様たちは! あんな母親の子であろうと子に罪はないとされて世間から守ってきた父様を裏切り、裏でつながっていたというのか!!」
「父様とは?」
チェトィリエはドヴァーの手を払い除けた。
「私達三人は兄様たちと違う点があります。一つは生まれの母親が違うこと。もう一つは……父親も違うことですね」
「なっ……」
「私達三人の父親は、この教団に
徐々にチェトィリエの瞳が真っ黒に染まっていく。隣りにいる五男のピャーチも同じように白目の部分が黒く染まっている。
「つまり私達は神の子。兄様たちとは、いえ、人間たちとは存在価値が違うのです」
「お前たちは……」
ドヴァーが青ざめたその時、教会の巨大な鋼鉄の扉がドンと大きな音を立てた。
「やつが来たわ!!」
エランダが悲鳴のような声を上げるのと同時に鋼鉄の扉が外から打ち曲げられ、蝶番を弾き飛ばして中に倒れてきた。
「うーらら、うーらら、うーらうららー♪」
なにやら歌いながら大股で教会の中に入ってきた野蛮な風体の男───ルイードは、毛皮のベストの内側からしおしおの葉巻を取り出した。
「何だ貴様は!」
ルイードを抑え込もうと左右から迫ってきた信徒たちは、気がついたら高い天井に叩きつけられ、そのまま床まで真っ逆さまに落ちていた。
「おいおい、闇ギルドのマスターさんよぉ。ここがテメェらの本拠地ってかぁ?」
指パッチンで葉巻に火をつけたルイードは神をも恐れぬ態度で「ぷはー」と紫煙を吐いた。
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