第80話 闇ギルドの女がウザい⑤
まんまと正妻の座についたエランダは、まず子を成さねばならない。自分に子が出来なければ家から追い出される可能性があるのだ。しかし侯爵はリリアを亡くしてからというもの淡白で、エランダと睦んだことは数えるほどしかない。
「神よ、私に子をお授けください」
業を煮やしたエランダは邪教「神の雷霆教団」に願い出た。その時のエランダは神の雷霆教団の優秀な信徒として、実家の金は勿論、侯爵家の金もつぎ込んでいたので、そういう願いを言える立場にあったのだ。
「子……とな?」
「はい司祭様。侯爵の子じゃなくて、誰もがひれ伏す神の子をください」
邪教の司祭は、その願いを聞いて「マジで言ってんの?」「そこらへんの男とやってくればいいじゃん」と取り付く島もなかったが、エランダが本気で「神の子を宿したい」と願っているとわかり、秘術中の秘術を施すことにした。
それは「神降ろし」という邪法で、彼らが信仰している神と交わり子を宿すというものだった。
そして、エランダは子を孕んだ。
自分が祭壇で何と交わったのかはわからないが、極上の悦びの中で孕んだのは本当に神の子か……。
確実なのは侯爵の子どもではないということだが、もちろんエランダもバカではないので、神に授かったなどとはおくびにも出さず、同時期に侯爵とも睦んでバレないように画策した。
こうしてエランダは次々に三人の子どもを生んだ。
一応慣例となった「稀人が持ち込んだ異世界の数字名」を名前に当てて、四男はチェトィリエ、五男ピャーチ、六男シェースチと名付けられた。だが侯爵は、この三人にはあまり接しようとはしなかった。
「私の子が嫌なの? そんなに先妻の子どもたちが大事?」
「そうじゃない。そうじゃないんだエランダ。自分でもわからないんだがあの子達が何故か……こう……不気味に思える瞬間があって」
それを聴いたエランダは気が狂ったように暴れたので、侯爵は更に子どもたちと接しなくなった。
「まったく。男の分際で……。本能で自分の子供かどうか嗅ぎ分けられるというの!? まぁいいわ。後はリリアの子たちを抹殺すれば、この家は私のものよ」
しかし父が反対した。
「いいかいエランダ。リリア様から立て続けにその子どもたちまで病死ということになれば、侯爵家自体が病気持ちのように見られてしまい、家名に傷がついてしまう。私達商人は没落した家など欲しくないのだ。まだ先妻の子どもたちも幼いのだし、殺す必要はない。それよりも先に足元を固めなさい」
エランダが父の言葉をどう捉えたのか、しばらく侯爵が王都に長期滞在することを良いことに領政に手を付け始めた。
まず侯爵の手の者たちの首を撥ねた。こうすることで王都に行った侯爵の耳にスペイシー領の話が入ることなく、エランダの好き勝手できるようになった。
次にエランダは王国の承認もなしに勝手に領内の税率を上げたり、領内での商行為を自分の一族で独占し、逆らう領民がいればいかなる理由をでっち上げてでも処罰した。
そして
「天下の悪妻エランダ」
「侯爵家を乗っ取る悪徳商人」
等と陰口を叩かれるようになったが、当人は勲章のように思っているのか全く気にしなかった。
だが、その悪辣な振る舞いは、これまでエランダ一族に苦渋を飲まされてきた貴族たちを一致団結させ内乱にまで発展しかけた。そこまでくると「侯爵家を乗っ取るエランダ一家の企み」は王家も知ることになって当然だった。
王家経由で話を耳に入れて領地に戻ったスペイシー侯爵は激怒し、王家の介入もあってエランダの一族は衰退した。
主犯は父だと言い切ったエランダのせいで両親は斬首。他の一族も領地追放もしくは国外追放となった。
こうなってはエランダも侯爵家にいられない。
「侯爵や先妻の子どもたちを殺してから領政に乗り出せばよかった」
まだ足元が固まっていなかったのに采配したせいでこうなった。その自分の拙さに歯噛みしながら、エランダは侯爵家から様々な財宝を盗み出して姿をくらませた。
本当は
だからエランダは盗んできた財産を使って神の雷霆教団を拡大し、教団をバックボーンにして王国には存在していない「闇ギルド」を設立した。
「表にいられないのなら裏よね」
エランダはこうしてスペイシー領の闇世界を支配する女帝となったのだ。
もはや領地や侯爵家に未練はなかったが、侯爵が三番目の妻を娶ったと聞いて呪いをかけた。彼女の中では自分たち一族が没落してしまったのは侯爵のせいだと勝手に責任転嫁していたのだ
「侯爵が死んだら、その跡目を継ぐのは無気力の権化みたいな長男アジーン。だけど次男のドヴァーがアジーンを裏で操って好き勝手にするでしょうね。まぁその二人は殺すよりも今後のために活用したほうがよさそうね。ドヴァーは領政の才能があるし、ここの経済を発展させてもらったほうが闇ギルドとしては助かるもの」
闇ギルドを訪問した仮面の魔法使いアラハ・ウィに問われたエランダは、口に出してはいけないような内情を嬉々として話した。
「え、私の子どもたち? 残念だけど上の三人が死んだとしても、私が罪状持ちなので私の子どもたちが家督を継ぐことはないわ。ふふ、いいのよ。彼らは領地運営には向かないの。だけど教団幹部にするつもりよ。表舞台と裏社会を繋ぐ役目としてね」
「ほほう? 実に面白いお子様たちだとか?」
「……何を知ってるのかしら」
「神の雷霆教団が崇める神の子だと聞いておりますとも、えぇ」
アラハ・ウィがどこからその話を聞きつけたのかはわからないが、エランダは酔うと常々「私の子たちは神の子よ」と公言していたので知られて当然だった。
「お気をつけください。神の雷霆教団が崇める神は常識的には【邪神】ですからなぁ」
「いいのよ、邪神でも悪魔でも。誰よりも優れているのならね」
エランダの言葉を聞いたアラハ・ウィは唇の端を吊り上げるようにして笑った。さすがのエランダもアラハ・ウィが何故笑ったのかは分からずその意味深さを不気味に感じた。
「何事も陰と陽。あなたの子どもたちが本当に邪神の子であれば、それに対抗する者が現れるのが世の常ですとも、えぇ」
「ふん。私の子どもたちがどれだけ優れているのかあなたは知らないのよ。ふふふ、あの子達に勝てる人間なんているわけないんだから」
エランダが神と交わり生み育てた子どもたち……四男はチェトィリエ、五男ピャーチ、六男シェースチ。彼らは正しく「人間」であるとは言い難い。時折人外の圧倒的な力を見せる時があったが、エランダが隠し通してきた。あれらはまさに「神の子」なのだ。
その後、侯爵が三番目の妻を娶ったという話はエランダの興味を惹かなかったし、侯爵への呪殺が成って病死したことが発表されても高揚感はなかったし、家督が末っ子に行くという噂を聞いても関心がなかった。
今のエランダは、ただひたすらに闇ギルドの手を広げてスペイシー領の影を支配していくのが楽しくて仕方なかったのだ。
侯爵家に置いてきた子どもたちも今は立派に成人し、その裏では「神の雷霆教団」の幹部として活躍している。影の存在である闇ギルドが表に出て、国家転覆する日も遠くはないだろう。
「そうなったら私が女王! あー、裏社会がじわじわと表の世界を侵食していくのが楽しくて仕方がないわ! 本当にありがとう仮面の魔法使いさん。あなたに教団を紹介されてなかったらこの悦びは感じられなかったわ」
「歓んで頂けてなによりですとも、えぇ……」
仮面の魔法使いは口元を吊り上げるようにして笑った。
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