第79話 闇ギルドの女がウザい④
エランダは社交界や夜会などの自分が参加できる場所では、いつもリリアの言動を観察し続けた。
そしてリリアの「貴族の娘ではありえない粗っぽさ」こそが、侯爵に愛された要因だったのだと理解し、それならばと今まで英才教育されてきた自分を捨てて、荒っぽい自分を演出することにした。
リリアが一年間も侯爵を引っ張り回したのを「可愛らしいワガママ」と捉え、それを間違った方向に真似た。とにかく自分によってくる男に貢がせては捨て、平気で浮気を繰り返し、素行がバレたとしても「浮気される男は私を繋ぎ止めて置けなかった。だから男のほうが悪い」と断言するほどの悪女になった。
その悪女エランダのことは狭い領都ですぐに噂になった。だから社交界ではエランダのことを花言葉でワガママな美人を表す「デンファレの花のようだ」と影で言うようになった。
それはエランダも気にもとめない些細な陰口だったが、なぜかリリアに対しては「高潔なブルーレースの花のようだ」と噂されているのを聞いて、気が狂ったように暴れた。
「どうしてリリアと違う評価なのよ!!」
エランダはリリアと自分の違いに悩んだ。そして徐々にリリアへの憎しみが増していき、それは死を持って償ってもらうべき、と彼女の中だけで判決が下った。
「王国を手中に収める野心をお持ちながら、最近は商域も拡大することなく保守的に商売なされているお父様は、せめてこのスペイシー領を乗っ取るくらいの気概は今もお持ちなのですよね?」
ある日、父にそう訪ねたエランダは、父の返答を待たずに恐ろしい計画を持ちかけた。
「私達一族がこの地を治めるには、私が侯爵家に入ることが一番。ですが妾なんていう地位に甘んじてはなりません。私が正妻となり、侯爵を影で操ってこの地を支配する必要があります。だって女だてらに領主になると世間が煩いですからね。そして私が正妻になるためには……リリア様には死んでいただきたいのです」
「お、お前はなんて恐ろしいことを言うのだ」
当然父は反対した。鼻持ちのならない成金一族だが一定の良識は持ち合わせているから商売できているのだ。
だが、エランダは自分が強く説得すれば父が折れることは承知の上で何日も何日も何日も何日も何日も執拗に言い続けた。そのしつこさと思い込みの激しさは予てから承知していた父親だったが、ここまでとは想像していなかった。
「あのなエランダ。リリア様を亡き者にするのは無理なんだ」
父はエランダに「世が世ならスペイシー領の王である侯爵家の正妻を殺すことは簡単ではない」と諭した。
鉄砲玉のようなチンピラを使って刺殺しようとしても、リリアを守っている騎士たちに防がれるのが関の山だし、そのチンピラがボロを出せば、自分たちの存在が露呈することも考えられる。一族郎党全員この領地内で商売をしていることを考えると、暗殺に失敗した時のリスクは計り知れないのだ。
「では毒殺かしら」
エランダは折れない。
「公爵家のメイドにお金を積んでリリアだけを毒殺することならできるでしょう?」
「それもまた難しい。リリア様の皿にだけ毒を盛るということは不自然なことだから、きっと犯人も特定しやすい。犯人が見つかれば当然我々に行き着く可能性が出てくる。とにかく危険なんだよエランダ」
「では事故ね」
エランダは絶対折れない。
「リリア様は三人目が生まれたばかりで、滅多に外出されない。そんなリリア様を事故死に見せかけるのは至難の業だ。むしろ偶然外出したその時に事故で死ぬなど、それこそ誰かの仕業だと勘ぐられるのがオチなんだよ」
エランダは考え込んだ。
誰からも悟られず、自然に死んだようにみせかけてリリアを殺せないか………そう思い悩みながら場末の酒場で強い酒を飲んでいたエランダの前に現れたのは、なんと侯爵家お抱えの魔法使い「アラハ・ウィ」だった。
「やあやあ美しいお嬢様。何やらアンニュイな感じですなぁ。どうです、私相手にお悩みを吐き出してみられては。口にすれば解決することもあるかもしれませんよ、えぇ」
リリアを殺したいだなんて公爵家お抱えの者に言えるはずがない。だが……なぜか……この男に頼めばなにか良い手があるように思えてきた……一緒にいると謎の安心感に包まれるのだ。
しばらくは酒を交わすだけだったが、ついにエランダは仮面の魔法使いに悩み事を打ち明けた。もちろん相手がリリアであることは隠して、だが。
「魔法で人知れず人を殺す? 無理ですなぁ」
アラハ・ウィが言うには、魔法には必ず魔力の残滓が残るので、高名な魔術師がいれば一発で犯人が特定できるらしい。
「魔力の残滓には指紋と同じように個人の特徴が出ますからなぁ。人知れず殺すとなれば、それはもう魔法ではなく呪いですねぇ。えぇ」
「魔法使い様はそういった呪いをご存知かしら?
「詳しくありませんが、呪いに強い邪教をご紹介しますとも」
「邪教?」
「はい。神の
アラハ・ウィはどこからともなく神の雷霆教団のパンフレットを渡してきた。なんでそんなものを持参していたのかと怪しむことなく、藁を掴む勢いでエランダはパンフレットを見た。
「呪いのコースはたくさんあるそうですよ。即死するやつからじわじわと病で衰えていって死ぬパターンまで」
冗談かと思えるような内容だが、確かに人を呪うために必要な生贄を依頼人自身が用意すれば必ず成し遂げると書いてある。さらに信徒になって多額の寄付を集めれば「幹部」になって、その呪いを自在に操れるようにもなるとあった。
「怪しさと詐欺の匂いが半端ないけど入信しますわ」
この時のエランダの目は狂気に満ちていたことだろう。
こうして邪教に足を運んだエランダは、生贄に捧げられた者の命と引換えに呪殺が行われる様を見て「詐欺かと思ったら本物だった」と歓喜した。
そして酒場で引っ掛けた男を生贄にしてリリアを呪い、日に日に衰弱しているという噂にほくそ笑み、やがて静かに死を迎えたと聞いて狂喜乱舞した。死因は原因不明の病とされたので、エランダの仕業とわかる者はいない。完璧だった。
早速父に「なんとしてもこの機会に侯爵家に私を勧めて」と強く言った。
まだ喪に服している最中だからと父は逃げたが、日毎にその催促は強くなり、エランダの目が狂気を孕みだしたので、半ば侯爵を脅すようにしてエランダを紹介した。
「はじめまして」
「はじめてじゃないんですけど」
頬を膨らませて「何度も社交界で会ってますけど!」と可愛らしく怒るエランダは、貴族の女にはないその言動がリリアを彷彿とさせた。だがそれは芝居……いや、芝居ですらない。エランダはリリアの仕草や一挙一動を観察して「模倣」しているだけなのだ。
さらには自分が「リリアと同じく守ってやらなければならない庶民である」と意識付けるために、買収した貴族女たちに嫌がらせをやらせるという自作自演も行った。自分で自分の殺害計画を立てて、侯爵に守ってもらったりもした。すべては彼女の計略の上で行われたことだ。
リリアと違うのは「私を娶ると有能ですよ」とアピールするために、自分を虐めるように仕向けた貴族たちに仕返しを敢行。相手によっては爵位を没収されるような憂き目に合わせた。そうすることで自分の有能さをアピールできると信じていたのだ。
こうして外堀を埋め、ついに二番目の嫁としてエランダは侯爵家に迎え入れられた。
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