第78話 闇ギルドの女がウザい③


「……あなたも夜の子供チャイルド・オブ・ナイト!?」

「貴様のような出来損ないと一緒にされるのは心外だが、広義ではそうなるな」


 シェースチは彼女の腹を蹴り飛ばした。


 本来ならそれだけで人間の体は爆発四散してもおかしくないほどの威力だったが、今の時間に適していない残りの二人が背中を押さえてくれていたので、吹っ飛ぶこともなかった。


「ん……どういうことだ? お前ら【笑いハーピュレイ】は適する時間以外は普通の人間と変わらないはずだろう?」


 その問いに対して、まったく同じ顔をした三人の娘は、シェースチを睨みつけながら言った。


「今は」

「なんだか」

「調子がいい」


シェースチは真っ黒な瞳で彼女たちを見る。するとその体の輪郭に薄っすらと光のようなものが見えた。


「加護魔法……か?」


シェースチの「人ならざる能力」でその効果を見るや、脳内にけたたましく警告音が鳴り響いた。


「ぐわっ!?」


その効果量はシェースチの脳が処理できる量を大幅に超え、彼に激痛を与えた。


一瞬垣間見ただけでも「攻撃力上昇」「移動速度上昇」「持久力上昇」「跳躍力上昇」「集中力上昇」「物理耐性上昇」「魔法耐性上昇」「毒耐性……麻痺……即時回復……


「なんだそのでたらめな加護は!! 一つ加護があれば前の加護は打ち消すのが常識だろうが!! 一度に複数の加護なんてありえない!!」


シェースチが大声を上げても、笑いハーピュレイの三人娘はキョトンとしている。


「私達は」

「なんのことだか」

「わからない」


 そういった店内の様子を見ていた闇ギルドマスターの女は、唇を震わせている。


「こんなバカなことがあるはずがない! 他の連中ならまだしも、どうしてシェースチがあんな小娘たちに勝てないのよ!!」


 目の前に立つルイードはヘラヘラ笑っているだけだ。


「あんたね! あんたなのね!? あいつらに何をしたのよ!!」

「俺とパーティを組むとよぉ~、自動で状態ステータス上昇バフ効果がかかるんだよなぁ~」

「は?」

「それがメンドクセェからソロでやってんだけど、いやー、わすれてたわー」


 棒読みでヘラヘラ言うルイードは、かつて「救国の勇者たち」と共に魔王討伐に向かった時も、勇者たちに今と同様の状態ステータス上昇バフ効果を掛けた。ぶっちゃけ、その効果があったからこそ勇者たちは魔王城まで辿り着けたと言っても過言ではないのだ。


 その絶大な効果は守りにも適用されている。


 ───誰かが風切のシーラナの頭に弓矢を放っても、「矢避け」の効果が発揮されて、見えない壁に弾かれてしまう。


 ───誰かが小柄な風使いのトッドを蹴り殺そうとしてもピクリとも動かないばかりか、自分の足の方が岩石でも蹴ったかのように腫れ上がり、確実に骨にヒビが入ったと分かった。


 ───誰かが剣で笑いハーピュレイのを刺しても剣のほうが折れる。刺された娘の方は「なにか当たった」としか感じていない。ルイードの仲間パーティになると、ただの一般人であっても一等級冒険者に匹敵するほどに身体能力が向上するのだ。


「シェースチ!」


女は現状の不利を認めて息子の名を呼んだ。連れて逃げようという魂胆だったが、シェースチは笑いハーピュレイの三人と対峙していて進退ままならない。


「どこかで聞いた覚えがある名前だと思っていたが、そのシェースチってのはスペイシー家のやつかぁ~?」


ルイードはぽりぽりと頭を掻きながら問う。実に不作法で不潔で野蛮な男で、この女にとっては一番虫酸が走るタイプだ。


「そ、そうよ。シェースチはスペイシー家の六男! この地の領主一家に楯突いたのだから、覚悟することね!」

「へぇ。スペイシー家の六男坊が邪教徒で、その邪教は闇ギルドにも関わっていて、そんでもってお前はその六男坊の母親で闇のギルドマスター……ほーん?」


「「「きゃっ!」」」


笑いハーピュレイの三人娘は六男シェースチにふっとばされて床を転がった。


「母様、今のうちに!」


シェースチに促された女───エランダは「おぉん?」と眉を寄せているルイードを睨みつけながら酒場から出ていく。


「おいおい旦那。いいのかい? あの女逃げちまうよ?」


風切のシーラナが狂信者の一人の股間を蹴り上げながら言うが、ルイードはニヘラと笑っている。


「そろそろ大ボスのところに案内してくれそうだぜ。ふぇっふぇっふぇっ(棒)」


 どこか悪者になれきれていない棒読みゼリフを口にしながら、ルイードは「後は任せたぜぇ~」と酒場を後にし、年のいった母子を追いかけた。




■■■■■




 エランダ。


 スペイシー侯爵家に二番目の妻として迎えられた商人の娘。


 周囲は「うまいこと侯爵家に取り入った」等と下世話な噂を流していたが、全くもってその通りだった。


 当時スペイシー領内で一番大きな商店を経営していたエランダの一族は「成金で成り上がり」と社交界では侮蔑されていた。


 普通ならいくら成り上がりでもそこまで見下されることはないのだが、この一族は傲慢で鼻持ちならないまさに「悪徳成金商人の鑑」とも言うべき好かれない連中だったのだ。


 領民たちには「私達と貴様たちでは身分が違う!」と勝手に身分制度を作って威張り散らし、社交界では下級貴族に財産自慢をしながら上級貴族にはおべっかを使い、金策している貴族があれば金を貸し付けて「その恥を黙っておく代わりに良きように計らってください」と告げるような者たちだ。


 だが、貴族と違って家名すら持てない商人は、どれだけ大きな商売をしていようと身分制度の中では「民」に過ぎない。エランダの父はそれが気に入らなかった。


「どんな商人でも王国から貰える爵位は下級貴族の男爵止まり。そんなものはいらん! 我々はこのスペイシー領を足がかりにしてゆくゆくは王都に進出! そして王族に取り入り、最終的には王国自体を手中に収めるのだ!」


随分と壮大な目標だが、これはもちろん夢物語だ。


「……と、これのどこまでできるかわからんが、この世に生を受けてきたからにはそれくらいの野心がなければな」


とエランダの父は必ず後に続ける。


だが、幼い時からそれを聞かされて育ったエランダは、その野心部分だけしか聞いていなかったらしく、歪んだ成長を遂げた。


 その結果「スペイシー侯爵の妻になり、侯爵家を裏で掌握することが最も父を助ける近道だ」と思い、社交界や夜会に必ず顔を出して侯爵を落とそうと頑張った。


 だが侯爵の覚えはよくない。何度挨拶しても「初めまして」と言われる始末だ。


「どうして私に見向きもしないのかしら」


 顔も体も男受けすると自信があったし、商家の娘ではあるが貴族の娘と変わらない教育を受けて立ちふるまいはそんじょそこらの貴族より美しいという自負もあったエランダは、その高いプライドにかけて侯爵を落とすことだけを考えた。


 だが、何度アプローチしてもスペイシー侯爵は全く興味を持ってくれない。


 そうこうしている間に、スペイシー侯爵がどの馬の骨ともわからない酒場の娘───リリアを嫁にした。


エランダになびかなかった理由は、他に惚れた女がいたからだと知り、しかもその相手が貴族ならまだしも、自分と同じ「領民」の中でもことさら身分の低そうな女だったと分かったエランダは、気が狂ったように暴れたという。


「どうしてあんなゴミクズを! しかも口説き落とすのに一年も掛かっただなんて!!」


 エランダが恐ろしいのは、そこで侯爵のことを諦めなかったことだ。

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