第77話 闇ギルドの女がウザい②
「そんなバカな!? どうして神の生み出した力の中で動けるのよ!!!」
女が絶叫する中、ルイードは首の骨をコキコキ鳴らしながら普通に動き始めた。
「バカな! バカなバカなバカな!!」
「あー、バカバカうっせぇなぁ」
ルイードは面倒くさそうに狂信者たちの手元を睨みつける。そのボサボサ髪の下でどんな目付きをしたのかわからないが、なんとたったそれだけで彼らが手にする
「え? は、はぁーーー!?」
女は顎が外れそうな勢いで大口を開けて驚愕した。
今、ルイードがなにをしたのか理解できた者はいない。見えないくらい早い動きで殴りつけたとか、何かを超高速で飛ばしたとか、魔法のたぐいを使ったとか、そういうことはまったくなく、本当に睨みだけでお守りを破壊したのだ。
どうしてそんなことが出来たのか証明するのは、どこの国の最高学府の学者であっても不可能だろう。なんせルイードは神の
「!」
「!?」
「「「!!」」」
お守りが破壊されたおかげで、ルイード側についた殺し屋たちが動きを取り戻す。
動けないながらも視力と聴力はそのままだったので「ルイードがなにかしてくれた」ということは理解できた。そして「やっぱりこの人に付いて正解だった」と安堵する。
「なぁにがカミサマだアホンダラァ。落ちぶれるにしても限度ってモンがあるだろうが、えぇ!?」
ここにいない誰かに言うようにルイードは文句を吐き、逃げようとした女の細い首をぐいっと掴んだ。
「おい待てコラ」
「ひゅっ!?」
少なくとも数歩分は離れていたはずなのに、ルイードが瞬きする間もなく距離を詰めたことに驚き、女は思わず肺の中の空気を吐き出していた。
「この期に及んで逃げんじゃねぇ」
ぐいっと引き寄せられて耳元で威嚇された時、女は全身の血がどこかに引いていくのを感じた。
これは純粋な恐怖だ。
過去何度となく危うい橋を渡ってきたが、これほどまでに恐怖を感じたことはない。「死んだらそれまで」という割り切りすらある女だが、今彼女の心は「死にたくない」ではなくひたすらに「怖い」という感情で埋め尽くされたのだ。
『わ、私は一体、何を相手にしているの!?』
ようやく自分が相対している相手の力量を悟った女だったが、もう遅い───そう思った時、女に助け舟が現れた。
雪崩込むように酒場に走り込んでくる白い僧衣の者たち。その一団を率いるのは……スペイシー侯爵家の六男、シェースチだった。
「母様から手を離せ、下郎」
シェースチは感情の籠もっていない口調で淡々と言った。
「かあさまぁ? ふーん? ………くんかくんか」
下郎呼ばわりされたルイードは、あろうことか女の首筋に顔を近づけて匂いを嗅いだ。
「ひぃッ!」
「くんかくんか」
「ひいやぁぁぁ!」
「くんかくんか……」
その変態的な様子を見せられて、殺し屋&狂険者&狂信者の面々は呆然としている。この世界では、いや、多分どこの世界だろうと男が見知らぬ淑女にやってはならないのが「あからさまに匂いを嗅ぐ」という行為なのだ。
「くんかくんか……。おめぇ、香水ぶっかけて誤魔化しちゃいるけど、この加齢臭からして本当は熟女通り越して老婆だろ? 幻視の術かぁ? そりゃあこんだけデケェ子どもがいてもおかしくないわー」
「きぃぃぃぃぃぃぃ!!」
女は奇声を発しながらルイードを突き飛ばし、拘束から解き放された。
「もう殺す! シェースチ! やっておしまい!!」
女はビシッとルイードを指差した。
が、何も起きない。
それもそのはず。この場にいたシェースチを始めとする闇ギルドや神の雷霆教団の者たちは、ルイードに雇われた殺し屋たちからボコボコにされている最中なのだ。
「な……」
おそらくこの女はルイードについた殺し屋たちの能力をちゃんと把握している。だからここにいる狂険者たちで殺すことが可能だと判断し、保険として神の雷霆教団の者たちも何らかの方法で呼び寄せていたのだろう。
だが、五人の殺し屋たちは彼女の予想を超えた戦闘力で周りを蹂躙している。
まずドワーフ種の女殺し屋【風切のシーラナ】───彼女は
恐ろしいことに、どんなに回避しようともシーラナは凄まじい身体能力で迫り、丸太のような足で的確に男たちの股間を蹴り上げている。
店内のあちこちからメキョッという音に続けて男たちの「ヒュン!」という悲鳴が聞こえてくるのは、シーラナが残像を伴った動きで次々と男たちの股間を蹴り上げているからだろう。
「ふふん♪ なんだか知らないけどやたら調子がいいね。気分良いから命だけは助けてやるよ。男としては二度と使い物にならないだろうけどねぇ」
次にエルフ種で、実は老齢なのに子どものフリをしている【風使いのトッド】───彼は風魔法を得意としているが、そこまで強い殺傷力を持っているわけではない。だからシーラナの
「あはははは!」
気が触れた子供のように笑いながら、真空の渦を生み出して自分の身近にあるものすべてを切り刻んでいく。
「こんなに魔力が漲り、術を無視して効果が跳ね上がるなんて最高だよ!」
全身鎧をまとって真空の渦を突破してきた者たちを、すぐさま発生させた風圧でふっとばしたトッドは歓喜に満ち溢れていた。
「すごい! 無詠唱で唱えたエアバーストなんて団扇程度の風しか生まないはずなのに、フルプレートの男たちを吹っ飛ばしている!」
そして【笑いハーピュレイ】の三人娘───この時間帯を担当している娘の中の一人は、他の二人と違い瞳を白目の部分がない「真っ黒」に染めて、抑揚のない笑い声を吐きながら狂険者たちを殴り倒していた。
片方の親に当たる魔族の血が色濃く顕現する時間になると、彼女たちの瞳は白目の部分まで漆黒に染まり、爆発的な力を発揮する。
その動きはシーラナと同じく残像を伴っており、彼女の白魚のような小さな拳は、鉄鎧や小盾を粘土のように押し曲げてしまう。ちなみに残りの二人は該当時間以外は普通の人間なので「がんばれー」と無感情に応援しているだけである。
「!?」
しかしそんな彼女の拳が押さえつけられた。相手は六男のシェースチだ。
「!」
「!?」
普通の人間では該当時間を担当する【笑いハーピュレイ】の身体能力には決して及ばないし、鍛えられた稀人でようやく互角になるかどうかというくらいだ。それになぜかわからないが、今は通常の倍、いや、三倍以上は調子がいいときている。
それなのに、この貴族の六男坊はいとも簡単に彼女の拳を見切り、掴み、止め続けている。
「ふん。出来損ないの分際でやるじゃないか」
シェースチは白い部分がない真っ黒な瞳で相対する彼女を睨みつけた。
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