第76話 闇ギルドの女がウザい①

「闇と言われているギルドでボスがホイホイ顔を出すと思ってるの?」


 カウンターに座っている女が苦笑交じりに言う。


 その女は妙齢で、熟女と言うほど歳はとっていないが若いと表現するには脂が乗っている。場末には相応しくない露出の多い赤いドレス姿で、そのベルベットのような材質は暗い酒場の中に実に馴染んでいる。一見すると娼婦のようでもあるが、どちらかというと「過剰に色気をまとわせた貴婦人」といった雰囲気だ。


「ふふ、あなたが何者か知らないけど、親切心で教えてあげる。この街の闇ギルドに関わると………死ぬより辛い目に合うわよ」

「ほぅ、そりゃどんな目だ」

「本当に何も知らないのね。お可哀そうに」


 女はくすりと笑う。そうしていると酒場の入り口から白い服を着た連中が数人入ってきた。ドヴァーたちが身を寄せた神の雷霆らいてい教団の信徒たちが着ている僧衣だ。


「こりゃまた変なのが湧いたな」


 の代表格みたいなルイードが言うと、女は薄笑い浮かべながらカウンターの高い椅子で足を組み直した。ガーターベルトで吊ったストッキングで包んだ艶めかしい太ももを見せつけたのはわざとだろう。


「今入ってきた彼らをご存じないかしら? 対価を払えばどんな願いも叶えてくれる神を崇めるの宗派、神の雷霆らいてい教団の信徒よ」

「ほーん?」


 ルイードは聞く耳持たぬと言わんばかりに耳に指を入れてホジホジしている。彼にとっては勝手に喋りだしたこの女より、新参の白服連中の方が気になるらしく、ホジホジしながら視線は外していない。


 それもそのはず。


 白い僧衣を着ている信徒たちの瞳は狂気を含んでいる。この酒場に元からいた連中よりよっぽど危険な視線をしているのだ。


 闇ギルドに所属する冒険者を狂険者と呼ぶなら、彼らは正しく狂信者と呼ぶべきだろう。


「ところであなた、闇のギルドマスターになにか御用?」

「おう。ぶっ潰しに来てやったぜ」

「あは……あはははは! これはまたとんでもないバカが来たものね!」


 女は笑う。口元を隠すことなく大口を開けて笑うその様はとても上品な貴婦人のものではない。貴族ぶっているだけの身分だと知れるようなものだ。


「バカだバカだと随分と上から目線じゃねぇか。で、おめぇはなんなんだ」

「私の名前を知りたいの? どのみちここからは出ることも出来ず、死にゆく身なのに」

「おう、知りたいね。こんな高慢ちきなクソ女、なかなかお目にかかれねぇからな」


 ルイードに煽られて女はピクリと眉を動かした。


「言葉に気をつけなさい。死に方にも色々あるのよ? それとも早く殺して欲しいと願いたくなるような死に方がいいのかしら?」

「死ぬ? 最も俺様から縁遠い言葉だぜ」


 ルイードはヘラっと笑い、女を指差した。


「つーわけで、おめぇが闇ギルドのマスターだろ?」

「ご明察。というより、それがわからないほどのバカではないということね」

「おう。おめぇさんからは小汚いクソ女の肥溜めクセェ匂いがプンプンするからな」

「本当にバカな男。この私にそんな言葉を吐いた自分を呪うがいいわ」


 こめかみに血管を浮かべた女が目配せすると、狂信者たちはルイードを囲んだ。


「他の皆さんは、裏切り者の殺し屋たちをよろしく」


 女の指示があると同時に酒場にいた面々が一斉に立ち上がり、【風切のシーラナ】と【風使いのトッド】を睨みつける。だが、何故か 【笑いハーピュレイ】の三人娘だけが女の指示に従わない。


「どうしたのあなたたち?」

「「「みんな、なにを相手にしているかわかってない」」」

「相手? 私達のギルドに喧嘩を売りに来たバカなチンピラ冒険者と、組織を裏切ってその冒険者についている殺し屋たちよ」

「「「はそんなんじゃない……」」」


 笑いハーピュレイの三人娘は魔族か悪魔がどこかの人間系種族に生まれた「夜の子供チャイルド・オブ・ナイト」だと言われている。その感覚は人間より悪魔たちに近いのかも知れない。


 そんな三人娘が揃って怯えるなんて今までに一度もない。機械人形のように淡々と無感情に人を殺せる彼女たちが「怯える」という感情的な行動をするのは初めてなのだ。


 だが、女はその異常さに気がついていない。


「何を恐れているの。私達の闇ギルドには神の雷霆がついているのよ? 何も怖がる心配はないわ」

「「「その程度の神様がに勝てるはずがない」」」

「はぁ?」


 赤いドレスの女は苦笑した。彼女が知る限り、あの神以上の存在はありえないのだから。


「さっきからカミカミ言ってるけどよぉ、おめぇらのそのシンボルからして、そいつぁ神じゃなくて天使の……元天使のラミエルだろ」

「貴様ぁ! 神のご尊名を軽々しく!!」


 狂信者たちが唾を飛ばしながら吠える。


「「「あなたに協力すれば助けてくれる?」」」


 三人娘はこの状況でもルイードに懇願した。どう見てもルイードのほうが不利だと言うのに。


「おう? まぁ、いいけどよ」

「「「あなたの元で働けることに感謝」」」


【笑いハーピュレイ】の三人娘はまったく同じタイミングで頭を下げると、この上なく楽しそうな笑みを浮かべながら頭を上げた。


「まったく。どいつもこいつもこの人の力がわかないほど低能だとは情けないねぇ」

「まったくだ。しかし強い者の配下にいると、とんでもない優越感があるな」


【風切のシーラナ】は得意の投擲武器チャクラムを構え、それを変幻自在に操る風魔法を繰り出す【風使いのトッド】もニヤついて自信アリ気に言った。


「強い者? こいつが? ふん、バカなことを」


 女が嘲笑しながら手を上げると、狂信者たちは見慣れぬ形のお守りタリスマンを手に、何かブツブツと唱え始めた。


「!」


 ルイードについた殺し屋たちが警戒するよりも早く、その体がピタリと固まった。まるで彫像のように固まって瞳は動かせないし声一つ出せないが、なぜか意識がはっきりしている。


「私達の神に、そして私に暴言を吐いた罪を数えなさい」


 カウンター席から立ち上がった女は、ガーターベルトにつけていた鞘からナイフを抜いてルイードに迫った。


「動けなくても意識はあるから、これからどういう目に合うか考えると怖いでしょう? これが私達の神の力、闇ギルドの力よ!」


 女はナイフをルイードの顔に押し付け、一気に引いた。


 が、切れるどころか肌に赤みもつかない。


「!?」


 さすがの女もそれが異常なことだとわかり、ナイフをルイードの腹に力いっぱい突き立てた。しかしそれも小汚く貧相な服を破くことすら出来ない。


「なっ……なんで切れないのよ!?」

「そんなもんで俺様にどうこうできるもんかよ」


 平然とルイードは口を開いた。

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