第74話 ウザい偽物をぶっとばせ④

「……」


 衛兵たちは「アクマ血盟」が根城にしていた倉庫の中で唖然としている。


 そこには裸に剥かれてハエ取り紙のような粘着質な床に貼り付けられ身動き取れなくなった男たちがいた。しかも前衛芸術の彫像よろしく、様々なポージングで固められていて、一目見ただけで笑いがこみ上げてくる姿ばかりだ。


「ぶふっ……ど、どうやらこいつらは街道を騒がせていた黒蝙蝠団のようですね」


 衛兵の一人が一番ひどい格好をさせられている男を指差した。


 足を大開脚させられて、見えてはいけないものが全て見えた状態で貼り付けられているのは黒蝙蝠団の頭領で、ご丁寧に口に一輪の花をくわえさせられている。こんな姿を人様に晒すくらいなら死んだほうがマシだと思える格好だが、当の本人は気を失っているのでわかっていないだろう。


「全員しょっ引け」

「ちょっと触るの嫌なんですけど」

「仕事だ、文句を言わずにやれ。その前に念写を忘れるなよ」


 隊長に言われて衛兵たちは「ぶふっ」と吹き出す。


 念写とは魔法使いの初歩的技術で、魔力を使って目の前の光景を紙に転写することを言う。偽りの光景は念写できないし加工もできないため、裁判沙汰では有益な証拠として扱われるのだが、製法が難しい「紙」という高級素材を用いなければならないので多用するものではない。だが、この滑稽な光景は念写して後世に残してもいいと思えた。


「隊長、ぶふっ、こ、こいつらも念写するんですかwwww」


 魔法が使える衛兵が笑いをこらえながら言う先には、お互いの股間に顔を押し付け合うようなポーズで貼り付けられている男たちがいた。一人は御者のフリをしてルイードたちを騙そうとしていた男だ。


「おう全部だ。ってか、あの男が一人でこれをやったってのか……。ああ、そうだ。セーミ様はこの中にいるか?」

「隊長! 港の広場で騒ぎが!」

「は? そんなの警ら中の連中に任せておけ」

「違うんです! そっちにセーミ様が!」

「なにっ」


 慌てて部下数人と港の広場に向かう。


「うわぁ……」


 衛兵隊長を含めた全員が目を背けたが、その背中は笑いを堪えすぎて震えている。


「わたくしセーミ・スペンシーは闇ギルドと繋がって悪いことをしました」という横断幕と共に広場のに吊るされているのは、間違いなくセーミ・スペンシーだ。


 ご丁寧に全裸にされ両手足はロープで結ばれてピンと大の字にされて吊るされている。どう見ても倉庫の連中と同じ手口だ。


 ボーンとサマトリア教会の鐘が鳴ると、その痴態を見上げていた領民たちが誰ともなく「あ」と声を上げた。


 この噴水は定刻になると魔石とからくりで水を吹き出して道行く人々の目を楽しませてくれるのだが、まさに今がその時だった。


 吊るされて大開脚したセーミの股間に凄まじい水圧が吹き付けられ、気絶させられていた哀れな七男は絶叫と共に目覚める。


 貴族としても男としてもこれ以上の責め苦はない。もう領内をドヤ顔で歩くことは出来ないだろう。


「まぁ、妥当な落とし所だな」


 隊長は苦笑する。


 一人として殺すことなく全員をぶっ倒したルイードは、その場で雇った殺し屋二人に手伝わせて、アクマ血盟の連中が二度と表を歩けないように辱めた。特にセーミはいろんな意味で再起不能だろう。


 ひと仕事終えたルイードは、殺し屋二人を引き連れて意気揚々と港を歩いていた。


 港に満ちる潮の香りと、行き交う人々の顔色を明るく照らす太陽。魚のお裾分けを狙って空中を遊泳しているカモメたちですら楽しそうに見える。


「いいね、悪くない」


 この港の様子を見ると、スペイシー領が活気に満ちているのだとわかる。少なくとも領主が暴利を貪って領民たちがやせ衰えているような所ではないようだ。


「長男はなんにもしてねぇらしいが、次男のドヴァーってのはまつりごとに長けた優秀な男なんじゃねぇのか?」

「確かに人気はないけど、冷静に見れば次男坊は優秀な政務者さね」


 港を案内する【風切のシーラナ】はドワーフ種なので、ヒュム種の中でも大柄なルイードと並んで歩くと、ずいぶん小さく見える。少し小走りになっているのはルイードの歩幅にあわせるためだが、【風使いのトッド】はもっと小柄なエルフ種なので、殆ど競歩のような早さで歩いている。


「ハアハア……しかし領民を思いやる領主というわけでもない……ハアハア……ドヴァーは自分の地位と名誉のためなら領民をすべて犠牲にしても……ハアハア……痛くも痒くもないだろう……スマンがもう少しゆっくり歩いてくれないか。こう見えて結構な歳なんだ」


 【風使いのトッド】が渋い声で言う。エルフ種の子供のように見せかけて実は高齢というこの魔術師は、いつもは子どものふりをして可愛らしい仕草と声で愛想振りまいているのに、今は余裕がないのか本来の老齢重ねた声になっている。


「オメェに合わせて歩いてたら日が暮れちまう。セーミたちがやられたってことを闇ギルドが勘づく前に叩き潰してぇんだ」


 ルイードはしおしおになった葉巻を取り出して口にくわえた。


「なぁあんた、本当に闇ギルドと戦争するつもりなのかい」


 シーラナが少し心配そうに言うと、トッドもハアハアと上がった息を整えながら続けた。


「やめといたほうがいい。あんたが凄腕だということはわかっているが、闇ギルドは強大だ。寝ている時も風呂に入っている時も便所でクソしている時も、あんたは四六時中命を狙われるんだ。そんなの防ぎようがないんだぞ」


 二人の殺し屋たちから進言されてもルイードはヘラっとしている。


「強大ねぇ。前にあった闇ギルドと今の闇ギルド、どっちがでかい?」

「そりゃあ前さ。あれは王侯貴族や教会どころか冒険者ギルドにも闇ギルドの仲間がいて、そりゃあもうとんでもない組織だったからねぇ。王国がどうやって潰せたのか未だに謎だよ」

「ふーん。あれより小さいってのなら何の問題もねぇな」

「どういう意味だい?」

「前の闇ギルドを叩き潰したのは俺様だってこった」


 ぎょっとする二人が顔を見合わせると、ちょうど目的の場所に辿り着いた。


 どこにでもある港町の酒場だが、入り口には強面の男が二人立っていて「一見いちげんサマお断り」の看板をコンコンと叩いてルイードたちを威嚇している。


 しかしその数秒後、門番たちは白目を剥いてその場に座り込んでいた。


「あたしゃ何をしたのかサッパリ見えなかったよ……」

「敵にしなくてよかった」


 殺し屋二人が感嘆と共にルイードを恐れていると、当の本人はバンと酒場のスイングドアを蹴り開けて派手に入店した。

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