第75話 スペイシー南第三ギルド所属四等級冒険者カタンのウザ語り
俺の名はカタン。家名はねぇ。どこにでもいる領民の子だ。
親は木こりだ。港町だってのに木こりとか非効率だと思うが、どんな街でも木材は必要なんで需要はある。それに俺たちは
俺はそんな仕事まっぴらごめんだ。
夜明けにはもう働き出して、夕陽と共に帰ってきて飯食って寝る。生活は単調なくせに体力は使うは危険は伴うわ、とにかく木こりはろくな仕事じゃねぇ。それでも黙々と何十年とその仕事をこなす親父は頭がおかしいんじゃないかとさえ思ってる。
ヒュム種が多いこの街では、
家も、食費も、服も、ヒュム種の倍は金がかかる。木こりの稼ぎだけじゃ毎晩汁物をすするくらいしかできやしねぇ。そんなんで力がつくわけがない。こんな貧相な食生活してたら、親父もいつか木から落ちる。
だから俺は
しかし冒険者は舐められたら終わりだ。特に気性が優しい俺たち
俺はそれを知らなくて周りの冒険者に舐められて「図体だけでかいチキン野郎」と陰口を叩かれた。
悔しかった。親に、ちょっとでも精のつくものを食べさせようと始めた冒険者稼業で、俺がやってる仕事は荷物運びとか工事現場の日雇労働ばかり。稼ぎも大したことはなく、とても親に「肉でも食えよ」と金貨を渡せるような状態じゃない。
「お前、他の冒険者に舐められてるってほんとか」
ある日、汁物をすすり終わった親父が言った。噂で聞いたのだろうか。
「そ、そんなことねぇよ……」
俺は精一杯虚勢を張ったが、それを見抜いたのか親父はハンマーのような拳で俺の横っ面を殴り飛ばしてきた。
「!??????」
痛みよりも殴られた理由がわからなくて俺は呆然とした。
「てめぇ、
「へ?」
北の帝国には【オニヒメ血盟】、西の連合国には【ビャクヤ血盟】、東の王朝には【ルージュ血盟】という超巨大狂険者血盟がある。しかし南の王国にはそういう血盟がない。理由は単純で、随分前にこの国の闇ギルドごと潰されてしまったということだ。
「てか、親父が狂険者血盟の総長!?」
「銀牙のレイって言やぁ、そんじょそこらの奴らは黙る名だ」
「でたでた俺は昔は悪かった自慢。オヤジの二つ名なんて世代交代しまくってて誰も知らねぇよ!」
「ああん? じゃあスペイシーの若大将とか青大将とか嵐を呼ぶ男とか知らねぇのか」
「知らねぇよ!」
「ったく、これだから若いもんは」
湿気た面しているが、うちの親父がそんな大物だったとは知らなかった。
「親父、その血盟、俺に継がせてくれねぇか」
「バカ言うな。何世代も後に継いじまって、今は誰が頭はってんのかも知らねぇ。もう無関係ってやつだ」
「じ、じゃあ、他の冒険者に舐められないようにするにはどうしたらいいんだ」
「そりゃお前、箔をつけるしかねぇだろ」
「金箔的な?」
「どアホ。強ぇやつに勝って名を挙げるんだ」
「俺、そんなに強くねぇんだ」
「ど・ア・ホ! 喧嘩の強さってのは腕力や技術じゃねぇ。気合いと根性だ!」
「でたぁ、なんでも気合いとかで済まそうとする精神論。論理的に気合いだけでどうやって勝つのか証明してくれよ」
「……そんな根性じゃ喧嘩にゃ勝てねぇよ。てめぇは一生日雇い労働でもしてろ」
親父はそれからピタリと悪かった頃の話をしなくなった。
だが、その話は俺にとって有益だった。なんせ
俺の将来は決まっている。
このまま悪名を轟かせて闇ギルドに所属する
───と、考えていた時期がありました。
奇っ怪な全裸オブジェにされたアクマ血盟の連中が衛兵に運び出されていく中、俺は顔面蒼白でそれを見送り続けるしかなかった。
なんなんだあのおっさんは。自分の血盟を自分で潰しやがった。
しかもこれだけの人数を相手に怪我一つなく勝利を収めたばかりか、「泣く子も絶望して自殺する」ってくらい恐れられてる闇ギルドの殺し屋二人を手下に引き入れて、どっか行っちまった。
衛兵から「あの人にアクマ血盟の居場所を教えた功績を考慮して、お前の悪さは見逃してやる」と言われた俺はビクビクしながら帰宅し、仕事を終えて帰ってきた親父にその話をした。
「アクマ血盟? そりゃルイードの偽物がやってるチンピラ血盟だろうが」
「偽物!?」
「御領主様のとこの七男坊がルイードの名を騙ってやってるってそこいらじゃ有名な話だぜ」
「マジか……。じ、じゃあ俺が案内したあのルイードは……」
「もしかしてそいつは革鎧の上に毛皮のベストを着てたか?」
「着てたな」
「テメェの目じゃわかんねぇだろうが、その革鎧は
「え……なにその伝説の魔獣……実在したのかよ」
「テメェが案内したのは本物の【ウザ絡みのルイード】。昔、王国内の闇ギルドとか狂険者血盟をすべてぶっ潰した伝説の男だ」
「そ、そんな狂険者マンガに出てくるようなキャラが実在するのかよ! 伝説の魔獣よりビックリだわ!」
「いるんだよ、伝説ってのはな。……てか、あいつ現役なのかよ。おっそろしい」
銀牙のレイと呼ばれた親父がブルってる。
もしかして俺はとんでもないやつと関わっちまったのか。
■■■■■
ルイードが押し入った港の酒場は、全体的に鬱蒼としていて薄暗い。しかし結構な人数が静かに座っている。
その全員の眼差しが不躾なルイードに向いたその時……
「「「ひっ」」」
駅馬車で見た三人の女達がルイードを見て短い悲鳴を上げた。
三人それぞれに得意な時間帯があり、その得意時間の中であれば稀人に匹敵する身体能力を発揮できるという殺し屋【笑いハーピュレイ】だ。周りからは「魔族か悪魔がどこかの種族に産ませた
「おや、あんたたちもいたのかい」
シーラナが苦笑する。
「つくづくツイてないね。二度もこんな化け物と一緒になるなんて」
トッドも苦笑する。
「なにもしません」
「なにもしてません」
「なにもしないで」
同時に同じ声色で喋る彼女たちも、今はそれぞれが似て非なる言葉でルイードに媚び始めた。
彼女たち三人は意識と記憶と思考を常に共有しているため「実質一人」という特殊な体質を持っている。なのでそれぞれがバラバラに行動したり話したりすることは稀なのだ。
「なんだぁ、テメェは」
有名な殺し屋たちが何も言わないどころか媚びているにも見える中、ルイードのことを知らない
裏の世界では「名のある者を殺せば箔がつく」という暗黙のルールがある。 彼らから見ると、【笑いハーピュレイ】の三人娘が怯え【風切のシーラナ】と【風使いのトッド】が戦意もなく従っているということは、ルイードがさぞかし大物に見えたのだろう。
「んー、そういうウザ絡みするのは俺の領分なんだがな」
ルイードは苦笑しながら、首の骨を鳴らし、いつも冒険者ギルドでやってるようにイキり始めた。
「おうおう、この俺様のことも知らねぇようなド田舎のクソ共がクセェ息吐いて寄ってくるんじゃねぇよ、おぉん?(棒)」
ルイードは肩で風を切るようにして酒場の中心に歩いていき、拳を鳴らしながら居並ぶ面々を睨みつけた。
「闇ギルドのボスはどいつだ」
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