第73話 ウザい偽物をぶっとばせ③

 港の倉庫街。「アクマ血盟」がアジトにしている大型倉庫の近くに待機している衛兵たちは、中の様子が見えないので少し焦っていた。


「あのようなチンピラに突入させてよろしかったのですか」


 衛兵の一人に問われた隊長は薄く頷いた。


「仕方がない。俺たちではセーミ様を逮捕できないだろ」


 貴族はそもそもが特権階級だが、それが地方領主一族ともなれば衛兵が逮捕できるような相手ではないのだ。


「しかし今あの中にいるのはセーミ様ではなく【ウザ絡みのルイード】を名乗る狂険者ワルですよ?」

「その通りなんだが、な」


 隊長は苦笑する。まだ血気盛んで正義感あふれる衛兵を見て羨ましいとさえ思える。それほどに隊長は世間の仕組みを知っているのだ。


 おそらくアクマ血盟のルイードを捕まえたところで、後でセーミが「自分はスペイシー家の七男である」と名乗って貴族特権を振りかざしたら、どれほど証拠があろうと釈放することになる。そうなることがわかっていたから今まで捕まえられなかったのだ。


「しがらみがないああいう手合いのほうが、とことんやってくれるだろう。なんせセーミ様が名を騙るくらい有名なチンピラのようだからな」

「なるほど。奴がセーミ様たちを殺したら、殺人の現行犯で逮捕するのですね」

「そうだ。だから今は息を潜めて待つんだ」


 そんな衛兵たちの思惑を知ってか知らずか、倉庫の中でルイードはセーミや黒蝙蝠団相手に一人でニヤけている。


「何がおかしい!!」


 娘を人質にしたセーミが激高しても、ルイードは小馬鹿にするようにニヤニヤしている。


「そのニヤケ顔が苦痛で歪むのを楽しみにしているぞ───こいつを捕まえろ!」


 自分を裸に剥いてセミのように木に縛り付け、しかもその下に茨の束を置いていったルイードは許し難い相手だ。だから己のプライドのすべてを賭けて屈辱にまみれさせて殺すことを心に決めている。


『黒蝙蝠団の連中に捕まえさせたら全身に焼きごてを当てて、二目と見れないようにしてやる。そして全身をナマス切りにして生爪を剥いで……おお、怖い怖い。我ながら恐ろしい』


 勝利した後のことしか考えていないセーミは目を閉じ、泣き叫びながら許しを請うルイードの姿を想像してにやにやした。


「おーい、お楽しみのとこ悪いんだが、もう終わりかー?」


 呼びかけられて目を開けると、黒蝙蝠団は床に倒れて白目を剥いていた。


「え……」


 ルイードは一歩も動いていないのに、全滅している。


「こ、これはどういうことだ!?」

「こうやって、こう」


 ルイードは親切にも再現してくれた。


 このチンピラ冒険者が手刀を振ると人間大の大きな貨物輸送用コンテナが転がっていく。手を振った時の風圧だけでここにいる全員を一瞬で薙ぎ倒したと言いたいのだろうが、セーミはそんなことを信じなかった。


「手品の類だな! 野盗上がりのマヌケ共にはわからなくても私にはわかるぞ!」

「へー。どんな手品だとおもってんのか教えてくれよ」

「やかましい! 貴様と話す舌は持たぬわ!」

「えー。今までめっちゃ喋ってんじゃんか……」


 ルイードが呆れ顔をすると、セーミは娘にナイフを突きつけたまま空いた片手で筒のようなものを取り出した。


「発煙筒?」

「そうさ! これを使えば貴様は終わりだ!」


 黒蝙蝠団程度では敵わない可能性も考え、闇ギルドに手を回して殺し屋を雇っていたのは正解だった。


 セーミが発煙筒を娘の体に押し付けて摩擦で着火させると、すぐに煙が立ち込めた。


 だがルイードは全く慌てることもなく、娘の名を呼び咽び泣く母親に向き直った。


「安心しろ。オメェの娘は傷一つなく帰してやるからよぉ」


 チンピラみたいな口調の小汚い男。その前髪を悪戯な風がファサ~と揺らした瞬間、母親はトゥンクと胸を鳴らした。


 その前髪の下に隠れていたイケメンシブオジフェイスは予想外すぎて、母親は「はう」と小さな声を上げて頬を赤らめた。そしてなぜか「この人がいれば安心だわ」と謎の納得感を得たのだ。


「おかあさん?」


 セーミに掴まっている娘の方は、なぜか瞳をキラキラさせてうっとりしている自分の母親に「自分の娘が生命の危機なのに、なんで女の顔してんのよ」と文句を言っている。


「くくく、約束通りやってきた。これで貴様も終わりだルイード!」


 倉庫の奥から人影が現れた。


「……」

「……」


【風切のシーラナ】と【風使いのトッド】は遠くからルイードの姿を確認するとニッコリ微笑み、すぐさま回れ右した。


「ちょ、おいまてこら! どうして逃げる!?」

「冗談じゃないよ!」


 中年女性のシーラナは投擲武器チャクラムを頭上に上げて「降参」を示した。その横にいる子供のような風体のトッドもバンザイしている。


「よぉ、久しぶりじゃねぇか」


 ルイードは旧友に挨拶するように気軽だ。


 駅馬車に同乗していた殺し屋の二人は、ルイードに恐れをなして「なにもしないうちに降参するから許して」と言い、身銭を置いて逃げた。それがまた敵として邂逅するとは不運でしかない。


「違うんだ。あんたが相手だって知らなかったんだよ! あ、あたしら、あんたとやり合うくらいなら闇ギルドを抜けるからさ!」

「うーん? 俺が言うセリフじゃねぇけど、依頼を果たさず逃げた殺し屋を闇ギルドがどう扱うのか知ってるか? 奴らの沽券にかけて何が何でも殺しにくるぞ?」

「わかってるよ。あんたたちを殺せず一度逃げただけで、ほら、ご覧の通りさ」


 シーラナは首元から服を引っ張った。それだけで首から胸元までに酷く爛れた皮膚が見えた。


「あたしもこいつも、任務を果たせなかったってことで闇ギルドの制裁を受けたのさ。だけどね、あんたとやっても勝ち目はないけど、闇ギルドの殺し屋だったらまだ生きられる目があるさね」


 シーラナの言動を見てセーミは「はぁ!? はぁーー!?」と大声を張り上げる。


「バカ言うな! なにもしないうちから逃げるとはどういうことだ! 戦えよ! もっと熱くなれよ!」

「黙ってろ貴族の小僧。今、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ」

「何言ってんだ! その崖っぷちが最高のチャンスなんだぞ! 諦めんなよ! 本気になれば自分が変わるんだぞ!」


 突然なにかに目覚めてセーミが熱く語りだしたが、シーラナとトッドは本気でルイードとの戦いを避けているようだ。


「戦ったら今あんたに殺される。戦わないと後で闇ギルドに殺される。だったら少しでも生きる時間が多い後者を選ぶよ」


 ルイードはボサボサの髪をかきむしりながら、なにか考えている。


「あー、うん。じゃあこれはどうだ? 俺がお前らを雇う」

「ぶふっ!」


 セーミは笑いを吹き出した。


「バカか貴様! こいつらは私が雇ったんだぞ!」

「闇ギルドは二重依頼でも三重依頼でも受け付ける。金を多く出したりなんらかの権力に関係している依頼主のほうが強いんだぜぇ~?」

「ふ、ふん、随分闇ギルドに詳しいじゃないか。だが、私のほうが権力でも金銭でも上だ!」

「で、どうするよ。俺様に雇われるか、このバカ七男に雇われるか」

「あんたに雇われるに決まってるさ!」


 シーラナとトッドは感動したように両手を組んで、目をキラキラさせながら駆け寄ってきた。


「え」


 セーミの顔から血の気が引いていく中、殺し屋二人はルイードの隣で「生き残る目が出てきた!」とハイタッチしている。


「なんか、ほんと人望がなくて可愛そう……」


 人質にしている娘から同情されたセーミは「え?」「えー?」と現状に納得できない声を出し続けるしかなかった。

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