第72話 ウザい偽物をぶっとばせ②
「アクマ
衛兵は真剣な眼差しでルイードに言ったが、冒険者ギルドも通さず行きずりの男に頼む内容としては、あまりにも過ぎた仕事だ。
「はあ? なんで俺にそんな事を頼む? いや、元々やるつもりではあるんだけどよぉ、なんか衛兵から依頼されると釈然しないっつーかなんつーか」
「衛兵隊からの依頼があれば半ば公務だ。あんたがどれだけ暴れて相手を怪我させても罪に問われることはない。つまり俺はあんたに免罪符を渡したってことだ」
「自分たちでやりゃいいじゃねぇか」
「俺たちが手を出しにくい相手だから頼んでいる。余所者のあんたが叩き潰してくれるとありがたいんだよ」
「……なーんか俺様を上手く利用しようとしてるな? なんで衛兵が手を出しにくいんだよ。闇ギルド関連なら衛兵がやる仕事の領分だろうが」
「俺はあちらのルイードが何者なのか知っている」
衛兵は真剣な眼差しでルイードを見た。その、なにかの意を決したような喋り方にルイードは茶化すのをやめてじっと耳を傾ける。
「どうしてあの御方がルイードと名乗っているのか不思議に思っていたが、今本物のあんたと出会って確信した。ちょっとした有名人のチンピラを騙って悪事の隠れ蓑にしていたということなのだろう」
チンピラと面と向かって言われたルイードは、普通の人なら怒るところを「お、ちゃんとチンピラに見えてたのか」と嬉しそうだ。伊達にチンピラ風の格好をしているわけではないので、そう受け取ってもらえることが嬉しいのだろう。
「でも、どうして衛兵が手を出しにくいんだ? それと俺様の名前を騙ってるボンクラはどこのどいつだ?」
「その質問にはいっぺんに答えられる」
衛兵は周りを気にしながら小声で言った。
「アクマ血盟の血盟主はスペイシー侯爵家の七男、セーミ様だ」
■■■■■
港の倉庫街にて。
「やめてください! まだこの子は成人もしてないんですよ!」
「だったら奥方が体を売ってでも借金を返すんだな」
「そんな!」
「おいおい、我々は貴様の亭主が残した借金を返してもらうために正当な権利を主張してるんだ」
「借金奴隷なんて制度、とっくになくなってるじゃないですか!」
「表の世界ではそうだろうが、裏の世界ではそうでもないのだよ奥方」
アクマ血盟のルイード───いや、スペイシー家の七男セーミは、金貸しの証文を突きつけて美人母娘を脅した。
領主家の七男だとバレないように本物のルイードを真似て毛皮のベストを着込み、その顔を隠すように前髪を垂らしているが体格が本物とは雲泥の差なので笑える変装である。
「そもそも! 私の夫は借金なんてしていません!」
「そうかね。しかし証文がここにある。それとも何か? 奥方は闇ギルドに所属しているアクマ血盟の、この【ウザ絡みのルイード】が嘘つきだから楯突くとでも?」
「や、闇の……!? そ、そんなこと……」
「おい。二人とも娼婦宿に連れて行け。嗜虐性の強い醜男が足繁く通っているという場末の店があっただろう?」
「へぇ、【港の豚小屋】ですぜ」
そう応じたのは、かつて森の中でジョナサンに壊滅させられて衛兵に引っ立てられた「黒蝙蝠団」の頭領だった。
ルイードにコテンパンにされた後、偶々通りかかった商隊に救われたセーミは、木からずり落ちて下半身を茨でズタズタにされた姿で見つかった。
その傷は治癒魔法で癒えたが、いつまで経っても心の傷は癒えなかったセーミは、ランザとの家督争いなどどうでもよくなり「ルイードを貶めること」に熱意を傾けて今に至る。
ランザと同じ母ラーチュナイヤの子であるセーミは、元々ランザに殺したいほどの憎しみはなく、家督争いも「兄より優れた弟などいるか!」という無意味なプライドのために参加したに過ぎない。───セーミは八人兄弟の中ではドヴァーに匹敵するほどプライドの塊のような男なのだ。
何者かの手によって捕縛された黒蝙蝠団も、金に物を言わせて裏から手を回して釈放させ、こうして自分の配下に置いて「アクマ血盟」を名乗っている。すべては自分のプライドをずたずたにしてくれたルイードに復讐するだ。
この血盟の目的は悪事を働くことではない。ただひたすらに「ルイードを貶めること」がこの血盟の存在理由であり、悪事はそのための手段でしかないのだ。
「二人共よぉ~く覚えておきな」
頭領が舌舐めずりする。
「こちらの御方が裏社会で名高い【ウザ絡みのルイード】様だ。貴様らは男たちに股を広げて人としても尊厳も人権もなにもない生活をしながら、その恨みを込めてこの名前を広めるんだ。絶望して舌を噛み切る最期のその時までルイード様の名前を唱え続けろ。ヒャハハハハハ!」
「なんて酷い……あなた達は悪魔ですか!」
「そうとも。俺たちはアクマ血盟さ」
なぜ本物のルイードが組んでいない血盟を組んで「アクマ血盟」と名乗っているのかというと、黒蝙蝠団の隠れ蓑として使えることが一番だが、闇ギルドと繋がるためには貴族家の七男個人であるより、身元を隠して接触できる血盟という組織体だったほうが都合が良かったからだ。
ちなみにこの血盟名は、ルイードが訓練場でアバンという名前の新米冒険者と決闘した時にアクマと呼ばれていたという噂から付けたものだが、実は「アークマスター」と言う言葉が伝聞で「アクマ」になったとは知らない。
黒蝙蝠団の頭領はニヤニヤしながら母娘を取り巻いていた配下の者たちに二人を押し付けた。その中には駅馬車の御者に成り代わっていたシュミクトもいる。
「売り飛ばす前にお前らで味見しておけ。ルイード様の思し召しってやつだ!」
「ヒャッハー!!」
「いやあああああああ!!」
女達の金切り声が上がったその時、血盟アジトの鋼鉄の扉が蝶番ごと引きちぎられて内側に倒れてきた。
「!?」
倉庫の前には
「おいおいカタン。
頭領が重たい声でいうと、カタンはブルブルと首を横に振った。
それもそのはず。いくら巨人族のカタンでも、こんな分厚い鋼鉄の扉を蹴り飛ばしただけでひん曲げてぶち壊せる力はない。
「ん」
カタンの大きさに注目が集まっていたので誰もの確認が遅れたが、その足元にはもう一人いた。
「ほうほう。いつか現れるだろうと思っていたが、存外早かったな、ウザ絡みのルイード!」
偽ルイード……セーミは嬉しそうに言う。
「おうよ」
気のない返事をしながら倉庫の中に入ってきたルイードだったが、その四方を黒蝙蝠団があっという間に包囲する。ルイード自身もそうされることが分かっていただろうに、なんの問題なさそうな緊張感のない風体だ。
「これだけの人数を前に震えもしないとはさすが本物のルイードだ」
セーミは娘のほうだけ引き寄せてナイフを突きつけた。
「だが抵抗するならこの子の命はないぞ!」
「うんうん。あるねー。そういうのよくあるねー」
ルイードはまったく怯むことなく、口元に笑みを浮かべた。
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