第71話 ウザい偽物をぶっとばせ①

 スペイシー家の面々が邪教頼りでランザを殺そうとしている最中さなか、その殺されそうになっている当人はサマトリア教会の奥で幼馴染みのクレメリーと話し込んでいた。


「それで、司祭様が殺されたって本当なのかクレメリー」

「そんな罰当たりな嘘をつくと思って? 私は修道女シスターよ?」


 ランザがまだヴォースィミと名乗っていた頃の記憶では、彼女はかなりのお転婆で侯爵家の男子たち相手に取っ組み合いの喧嘩をしていた。それが修道女として務められているとは思えず、ランザは苦笑した。


「修道女のコスプレが似合うよ」

「それも罰当たりだからね?」


 稀人がこの世界に「コスプレ」という概念を持ち込んで久しいが、神の信徒の真似をするのは罰当たりだという「この世界の常識」は残っているのだ。


「それと、久しぶりに会った幼馴染みに『キレイになったね』くらい言えないの? それでも社交界でブイブイ言わしてる貴族なの!?」

「社交界なんかに出てないからブイブイ言わしてはいない。ってか、微妙に表現が古いな!?」

「ここで乱暴者の冒険者たちの治療とかやってると口調も悪くなるわよ」


 雰囲気は幼い頃から変わっていないが、クレメリーは美しく成長して色気を自然とまとう大人の女になっている。しかしそんなクレメリーに惚れたり欲を感じることはない。


 なんせランザは「元の世界の年齢+今の世界の年齢」で、そこそこ高齢な精神をしているせいで、二十代のクレメリーを見ても成長した親戚の娘と会った気分なのだ。


「それで司祭様の話なんだが、まさか殺されたのは君の父君の司祭様……」

「そういうことになるわよね」


 クレメリーが身分の高い侯爵家に出入りしていたのは、彼女がサマトリア教会司祭の娘で、貴族とは違う身分制度における上位者だったからだ。


 かつて、国王は国内に七つあるサマトリア教会の司祭から認定されなければ、王たる証である王冠をかぶれなかった。教会はそれほどの権限を持っていたのだ。


 だが、あまりにも教会内部の選民意識と腐敗が肥大化したサマトリア教会は、あろうことか魔王討伐のために戦っていた救国の勇者たちにもちょっかいを出してしまい、魔王討伐のボコボコにされて名誉は地に落ちた。


 ちなみに王冠認定制度もその時に廃止され、今のサマトリア教会はその恥を教訓に「公明正大、なんら恥ずかしくない教会」を内部スローガンに不正を正している。


「まさか俺の家の家督争いに関係しているのか!?」

「わからないわよ。犯人が殺害動機を喋ってくれれば別だけど」

「犯人は見つかっていないのか」

「ええ。傍目からは謎の衰弱死にしか見えない殺され方だったから」

「?」

「強い呪いを掛けられたの。教会の建物に張り巡らせてある霊的防御網がいっぺんに壊されたくらいだから、相当な相手よ」


 クレメリーはそこまで言うと深い溜め息をついた。


「こちらからは相手すらわからない。それなのに相手は遠くから私を衰弱死させることができる。勝ち目のない喧嘩よね」

「衰弱死……それは本当に呪いなのか? 俺の父君のように病なのでは」

「ここはサマトリア教会よ。霊的防御網が破壊されたら司祭様が病に倒れたって時点でそういう攻撃を受けたのは明白だし、私や他の治療師は司祭様の体にまとわりついている呪いの残滓を直接見ているわ」

「それは普通の人には見えないものなのか」

「そうよ。誓って言うけどあれは普通の術師の呪いじゃない。もっと強大な、私達では想像もできない存在を介した呪いに違いないわ。だって四人がかりでも解呪ディスペルできなくて司祭様……お父さんは……」


 目元が潤むクレメリーを見て、ランザは眉間にシワを寄せた。


 ここの司祭は幼い時から知っていた。柔和で決して怒ることなく人の善意を説いていた正しき司祭様……そしてクレメリーの父親だ。


「悲しい記憶を思い出させるが、その呪いを受けるとどうなるんだ」

「なぜそんな事を聞きたいの」

「俺の父君も第一夫人も原因不明の病に倒れた。俺が知っている症状と似ているのなら、うちも呪いをうけたことになる」

「……呪いを受けた司祭様はその日のうちからみるみるやせ衰えて、翌日には水も喉を通らなくなったわ。三日も経つと体に青い三角の死斑が浮かんできて骨と皮だけの姿になって……」


 ランザは愕然とした。それは伝え聞かされた第一夫人リリアや父君の症状と全く同じなのだ。


「だとしたら、一体誰が」


 最初はドヴァーが父君を毒殺したのではないかとも疑ったが、どうやら違うようだ。


 それにドヴァーを生んだ第一夫人のリリアと父君は同じ症状でなくなった。つまり「同じ呪いを受けた」ということになる。なんの利権も絡んでいないのに実の母を呪い殺すほど、ドヴァーは鬼畜ではないはずだ。


「司祭様や俺の父君と第一夫人を呪い殺して得をする者がいるのか?……ああ、そうだ! 司祭様の手元には父君が託した遺書があったはずだ。俺がここに来た目的はそれを受け取ることなんだ」

「侯爵様の遺書? ……わからないけど、教会の宝物庫を探すしかないわ」

「頼まれてくれないか」

「いいけど、なんのために遺書を?」

「それを兄たちの前で破り捨ててスペイシー家の家督を継承しないことを宣誓しようと思っていたんだが、父君の遺書に何が書いてあるのかを確認する必要がありそうだと思ってな」




 ■■■■■




「ハッハッハァー!!」


 冒険者ならぬ狂険者ワルを騙る男に軽ぅ~く崩撃雲身双虎掌を食らわせたルイードは、ぶっ倒れて白目をむいている巨人種ティタンの頬を往復ビンタして文字通り叩き起こした。


「起きろカタン!  【アクマ血盟】がどこにいるのか吐けっつてっんだよ!!」

「み……港の……倉庫街……」

「よーしよしよし。いい子だ。嘘だったら全身大根おろしで皮を削ってから海に投げ込んでやるから、ついてこいや」

「いやああああ!!」


 自分の倍近いカタンの体を軽々と引きずって歩くルイード。その姿は異様だった。


 野蛮さが醸し出されたよくわからない動物の毛皮で作ったベストといい、生臭そうな雰囲気がある薄濡れた革鎧といい、ざんばらでボサボサの髪型といい、誰がどう見ても野盗か外法者が冒険者をなぶり殺しにした挙げ句、見せしめで街中を引きずり歩いているようにしか見えないのだ。


 だから当然通報され、衛兵たちが駆け寄ってくる。


「貴様、何をしている!」


 四人がかりで包囲されたルイードは、白目を剥いて泡を吹いているカタンを手放して、両手を上に上げた。


「おぉん? 俺様がなんか悪いことしたかぁ~?」

「してるだろうが! 怪我人を引きずり歩いて───って、そいつ、カタンか」

「おぉん!」


 ルイードは前髪で隠れていない口元にドヤ顔を浮かべた。


「こいつは俺様に自慢してたぜ。自分は闇ギルドに所属してる狂険者ワルだー、ってよぉ。そういやぁよぉ~、闇ギルド関係者は問答無用で極刑ってのが王国の法だったよなぁ? それを成敗した俺がお咎め食らうってのかぁ~? おぉ~ん?」

「残念だがこいつは違う」

「は?」

「闇ギルドだの狂険者ワルだのとうそぶいてはくつけているだけの小物だ。実際は闇ギルドとはなんの関係もないただの四等級冒険者だ」

「マジスカ……って、おいこらテメェ。アクマ血盟の話も嘘か!」

「それは本当だ」


 衛兵は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「カタンほどのやつを倒せるくらいだから、あんたは名のある冒険者なんだろう?」

「おぉん? 俺様はルイード。ちょっとした有名人だぜぇ~?」

「ルイード?」

「おう?」

「……なるほど。ならば衛兵隊から直接依頼したい。アクマ血盟を叩き潰して欲しい」

「……おぉん?」


 ルイードはどう返答したものか分からず、犬の遠吠えを声真似しているかのようにおぉんおぉんと言うばかりだった。

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