第70話 次男のウザさはどこにいても発揮される
「ようやく覚悟を決めたのですね」
白い僧衣を着込んだスペイシー家四男のチェトィリエがほくそ笑む。
その視線の先にいるのは、長男のアジーンと次男のドヴァー、そしてチェトィリエと同じ白い僧衣を着ているメイドと執事たちだ。
ドヴァーは自分の後ろに長男のアジーンを従え、この真っ白な空間を見回した。以前は岬の近くにある何の変哲もない洞窟だったが、今では白レンガを敷き詰めた「神聖そうな場所」に作り変えられている。
辺りを見回している時に視界に入ったスペイシー家のメイドと執事たち。実は全員知らない顔だ。
いつの間にか家のメイドと執事が全員すり替わっていたのだが、彼らはこの「神聖な場所」に関連する者で、チェトィリエの息がかかっている。
そんな彼らは神輿のように棺を三つ担いでいるが、その中にいるのは薬で眠らされたシルビス、ビラン、アルダムだ。
「チェトィリエ。約束通り依頼主であるアジーン兄が生贄を持ってきたぞ。これでやってくれるのだろうな?」
ドヴァーはどこか訝しげにチェトィリエを睨みながら言った。
『どんなに清楚な僧衣を着込んでいても、こいつらの母親は不貞のエランダ。私やアジーンとは生まれと格が違うというものだ』
ドヴァーはチェトィリエたちを下に見ていて、それが如実に表情にも浮かんでいるのだが、当人にはそれが分かっていない。世の中の嫌われるタイプの人間は、自分が無意識にやっている表情には気がついていないものなのだ。
しかし、ドヴァーのそんな不躾な表情など気にしていないかのようにチェトィリエは微笑む。
「依頼主が自ら生贄を調達し献上する……それが正しく行われているのであれば問題ありませんよ、ドヴァー兄」
「……うむ」
どこか信用できない気もしているが、ドヴァーとしてはランザを暗殺するのにこの者たちに頼るしかなかったのだ。
おそらく、ランザの近くにいる冒険者が常識外に強いのだ。
弟たちの攻撃をすべて凌いで見せていることからも二等級、もしくは一等級である可能性もある。だとすれば正面切って挑んでも勝ち目はない。
普通ではない手段で、護衛がいくら優秀でも守れず、そして証拠が残らない方法で殺す───それを叶えるのがチェトィリエたちだった。
「兄様たちの入信を心より歓迎します」
五男のピャーチは手を胸元にやって大袈裟に頭を下げてみせた。それがここの習わしなのだろう。
「あれ。トリー兄は一緒じゃないんですか?」
六男のシェースチは不思議そうな顔をする。
そのトリーは今頃宿場町の
「まぁいいでしょう。行方知らずのセーミとトリー兄は相続争いから脱落したのです。無論、私達三人も暗殺に失敗した時点で放棄しました。つまり、残すはアジーン兄様とドヴァー兄様だけとなります」
そう言いながらチェトィリエはメイドや執事たちが担いでいる棺を見た。
「足がつかない生贄なのでしょうな?」
「無論だ。私を誰だと思っている」
「ふふふ、決して悪事の証拠を残さないドヴァー兄ですから、その点は信用していますよ」
どこか含んだ言い方にドヴァーはぴくりと眉を動かしたが、今はそれについて詰め寄る場面ではないことも承知だ。
「そんなことより、その……ここで祀られている神を信じていいのだな?」
ドヴァーの問いかけにエランダの子たち三人は同時に頷き、再び四男のチェトィリエが応じた。
「私達が信じる神は、依頼人が自ら生贄を捕まえて献上することで、確実にその願いを聞き届けます。もちろん王になりたいなどという非現実的な願いには大量の生贄が必要になるでしょうが、人一人殺す程度であれば三人分もあれば十分です」
「そんなことは嫌というほど聞いた。その神がランザを殺せる確証があるのか聞いているのだ」
「神の呪いは確実です」
「神が呪うという時点でそれは神と言えるのか……」
「ドヴァー兄、信用してください。私達【神の
ドヴァーの知らないうちにエランダの子である四男、五男、六男は怪しげな宗教の教徒になっていた。しかし彼らが邪教に堕ちる理由もわからなくはなかった。
母親であるエランダは不貞を働いた上に、侯爵家の財を盗んで逃亡した。今もその行方はわかっていないが、そんな不実な母の子である四男チェトィリエ 、五男ピャーチ、六男シェースチは、幼い頃から侯爵家では立場のない存在だった。そんな彼らが救いを求めて宗教に走ったとしても責められないと思ったのだ。
母は違えど兄弟として過ごしてきたドヴァーとしては、彼らの信じる神とやらが
「チェトィリエ、神の呪いとはどのようなものなのだ」
「……まずは生贄と共に祭壇へ」
チェトィリエに促されたドヴァーは、無言でついてくるアジーンを横目に、考えを巡らせた。
『ランザを呪い殺した暁には、こいつら邪教徒どもを告発して全員火炙りにしてやる。そうすれば証拠は何も残らない。兄弟といえエランダの子が死ぬまで口を割らないとは思えないからな。後々私を恐喝してくる可能性もあるし、殺してしまうしかなかろう。くくく、末弟ランザを殺した邪教徒たちを討ち、見事敵討ちを果たした私とアジーンは、晴れて侯爵家を継げるというものだ』
「ドヴァー」
今まで一言も喋らなかった長男アジーンが呼びかけてきた。
「ど、どうしたアジーン兄」
「本当に彼らを生贄にするのか」
「もちろんだ。生贄と言ったところで人身売買に使う程度のことだろう。おそらく悪事に加担させて我々の覚悟を試したいのだよ、こいつらは」
「それなら彼らにもまだ生きる望みがあろうが、本当に贄として殺すのではなかろうな」
「だったらなんだというのだ。アジーン兄が家督を継ぐためにはランザを殺さなければならない。そのための代償として余所者が三人死んだところで我々の腹は痛まない」
「腹は痛まないが心は痛む。彼らは気の良い冒険者だし、ノーム種の女の子はまだ成人したばかりの小娘だ。人生の酸いも甘いも知らない身空で殺すなど……」
「アジーン兄、そんな生易しいことでどうする!? 侯爵家を継いで王国の貴族社会で生き残るためには非情さも必要なんだぞ!」
「そんな覚悟が必要か?」
「必要だ! ええい、やはり私がアジーン兄を先導しなければならないと、しかと感じたぞ」
「……そうか」
アジーンはどこか物悲しげに視線を落とした。
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