第69話 ウザイやつが相手を呼び出すのは決まって建物の裏手

 闇ギルドとはどこにあるのか。誰が所属しているのか。どうやって依頼するのか───全ては謎、つまり闇の中だ。


 決して公的なものではないのに誰もが知っているその組織は、現代日本から転生してきたランザからすると「反社会勢力たちの協会」のようなものだと認識している。


 詐欺、強盗、恐喝、傷害、監禁、麻薬、放火、横領、偽造、賭博、猥褻、強姦、殺人、売春、誘拐、恫喝、暗殺……表沙汰にできない悪事の数々を行うものが反社会勢力だとしたら、闇ギルドはその反社会勢力を取りまとめて表沙汰に出来ない仕事を依頼する「闇の冒険者ギルド」と言える。


 そして、闇ギルドに所属している者たちは冒険者ではなく「狂険者ワル」と呼ばれるらしい。ランザの知識では「つまりヤクザとかチーマーとかヤンキーとか暴走族とかカラーギャングとか半グレのことを狂険者ワルって言うのか。まぁ確かにワルだ」となる。


 それに我慢ならないのがルイードだ。


 チンピラ風を装っているが決して悪人ではないルイードとしては、自分が闇ギルドの一員である「狂険者」で、しかも「アクマ血盟」という闇の血盟主になっているという話は納得行かない話だ。


『本当の悪者だと冒険者ギルドに出入りするのが難しくなるし、稀人の管理監督もやりにくくなる。一体どこのどいつがそんな噂を流してやがる!? そもそも王国の闇ギルドは随分前に壊滅させたはずだぞ?』


 ルイードがそんな風にいろいろ考えている間、巨人種の男はランザ相手にルイードの悪事伝説を語っていた。


 曰く、たった一人で衛兵詰所を襲撃して全員ボコボコにした。

 曰く、王国の騎士団までもがルイードにビビっている。

 曰く、ルイードの親父は伝説になった闇血盟の血盟主。

 曰く、母親は裏社会を牛耳っていた最凶の女。

 曰く、ルイードに近寄った女はみんな孕む。

 曰く、どんな麻薬も使いすぎてルイードには効きにくい。

 曰く、気に入らないことがあればすぐ殺す。


「ほー」


 思わず無感情な声が出るルイード。


 巨人種の「俺の知り合いがスゲェ自慢」を聞かされているランザは顔をひきつらせた。ボサボサの前髪で目元が隠れているので表情はわかりにくいが、ルイードが怒っていると感じたからだ。


「あなたたち! 神聖な教会の玄関でなんて物騒な会話をしているのですか!!」


 顔立ちの整った二十代後半くらいの修道女シスターがやたら棘のついた物騒なメイス片手にやってきた。


「カタンさん」


 名を呼ばれた巨人種の顔がこわばる。


「あなたはスペイシー領南第三ギルドに所属している四等級冒険者だと思って私達は治療してきましたが、違うのですか? もしあなたがいかがわしい組織に所属しているのであれば、当教会はあなたの治療を今後拒絶いたしますよ!」


 強気に言う修道女に対して巨人種は焦り始めたが、横にいるルイードを見て突然にやけ始めた。


「おいおいシスター・クレメリー。俺を怒らせても夜道で犯されるだけで済むけどよぉぉぉ、こちらのルイードさんを怒らせたら明日の太陽を拝めなくなるぜぇぇぇ。今なら俺が守ってやっからどうだい今夜。俺のぶっといのでヒーハーさせてやるからよぉぉぉ」

「デカけりゃいいと思ってるのだとしたら、女を知らなすぎですよカタンさん」


 修道女も負けていない。さすがに毎日冒険者や傭兵などの荒くれ者を相手にしているだけあって肝が座っている。


「おいシスター・クレメリー。そりゃ俺をバカにしてるってことか?」

「どうでしょう? カタンさんのようにちょっとした傷でここに来てお布施も払わずに帰っていくクソ野郎より、こちらのオジサマの方が床上手に見えますし」


 修道女はぐいっとルイードの腕を引いた。


「俺を巻き込むんじゃねぇよ。おいランザ、さっさとここの用事を終わらせてこい」


 ルイードはランザに促した。スペイシーの館に行く前にわざわざこの教会に立ち寄ったのは、ランザの強い意向があったからなのだ。


「……ヴォースィミ?」


 修道女が驚いた顔をしながらランザが侯爵に改名させられる前の名前を口にすると、ランザもハッとした。


「……クレメリーと呼ばれていたが、もしかして君はクレメリアなのか」


 二人は見つめ合って幼い頃の面影を探し始めた。


 片や、スペイシー領を収める侯爵家のどこか大人びた末弟。

 片や、教会で聖女修行をしていた可憐な少女。


 クレメリーにとってランザは同い年の男の子と違い、まるで大人のような言動をする変わり者で、初恋の相手だ。


 ランザは転生前からの年齢に今の年齢を加えるとそこそこの歳になるので、クレメリーは自分の子供か親戚の子供のような感覚で接していた。あくまで可愛らしい保護対象だ。


 そんなクレメリーとランザが見つめ合う空間に余人は立ち入れそうにない。


「知った顔なら積もる話もあるだろうから俺たちは席を外すぜ。なぁカタン」

「え? あ、はい」


 ルイードは巨人種の狂険者ワルの太い腕を掴んで教会の裏手に引っ張ったが、二人が立ち去ってもランザとクレメリーは見つめ合っている。


「家を捨て、領地を捨てて放蕩してるって聞いたけど、どうして戻ってきたの?」

「司祭様にお会いしに来た。取り次いでくれないか?」

「司祭様は亡くなられたわ」

「……え?」

「御領主様が亡くなられて少ししてから殺されたわ」

「殺されただと……」

「教会の玄関前でする話ではないわね。中に来て」


 クレメリーに手を引かれたランザは、幼い頃とはまるで違う彼女の「大人の女の手」の感触に、思わず顔を赤らめた。




 ■■■■■




 ランザが幼馴染みのクレメリーと二人だけの空間を作っている頃、巨人種ティタン狂険者ワルカタンを教会裏に連れ出したルイードは、無言でその腹に一撃加えていた。


「カッ……ハッ……」


 理由もなく殴られ呼吸ができなくなったカタンはその場に膝を落とした。


「テメェ、本当に闇ギルドに入ってんのかコラ」


 跪いたカタンが自分と同じ目の高さになったので、ルイードはその髪の毛を掴んで引っ張って返答を促した。だが、カタンは呼吸困難に陥っていて声が出せない。今ルイードに殴られて紙粘土のように凹んでしまった鉄鎧がカタンの腹から胸を圧迫して呼吸ができなくなっているのだ。


「ほぉ、俺様相手にダンマリとはいい根性だぜ」


 ルイードはもう一度腹を殴りつけた。鎧はさらに変形してカタンの肺に溜まっていた僅かな空気も押し出してしまう。


「俺が率いてるっていう【アクマ血盟】ってのがどこにたむろしてるのか言え。テメェが知ってるってこたぁ、この街のどこかにいるんだろ? あ?」

「カッ……ハッ……」

「まだ口を割らねぇとはさすが巨人種ティタンだ。だが容赦はしねぇ。言うまでボコボコにすんぞ」

「カッ……ハッ……」


 カタンは必死に自分の鎧を指差す。口を割りたくても息ができなくて声が出せないことを示そうとしているのだが、ルイードが気がついてくれないのだ。


「ム……リ……」

「無理なことなんてねぇ。吐けコラ!」


 白目を剥きながらカタンは倒れたが、ルイードはそれでも追撃をやめなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る