第68話 ウザ絡み改め「狂険者ルイード」?

 この大陸の過半数を支配下に置いている「王国」「帝国」「連合国」における最大派閥の宗教は間違いなく【サマトリア教会】だ。


 救国の勇者の一人であるシホを信仰対象とも言える「聖女」としているこの宗派は、のんびり屋で器用貧乏の治癒魔法使いが大陸各地で恵まれない人々の怪我を治したという逸話から生まれ、治癒魔法による診療院として各地に広まった。つまり教会というより病院のような成り立ちだ。


 しかし一応は大天使ミカエルを崇拝する宗教であり、お布施という形で治療費を徴収している。金を持たずに治療に訪れると「でていけ! この背信者め!」と錫杖でケツを叩かれ追い出されるのも名物となっている。


 ちなみにこの教会の素晴らしいところは、どこの国家・地域にあろうと「お布施の金額は統一されている」ということである。生臭坊主が勝手に値段を釣り上げたりできないので、安心して治療できるのだ。


 このような教会だから、訪れるのは信心深い信者たちより怪我の絶えない冒険者や傭兵といった荒事業の者たちが殆どだ。だからスペイシー領で一番大きな街の中央にあるサマトリア教会はチンピラの吹き溜まりのようになっている。


 その荘厳な建物の入り口にある「大天使ミカエル像」見上げるルイードは、実に嫌そうに口元をに曲げている。


「どうした?」


 ランザが尋ねるとルイードは「なんでもねぇよ」と返すが明らかに不機嫌だ。


「教会が嫌いなのか。あー、わかるぞ。司祭様の長い説法を聞くのが嫌な子供だったんだろう? 俺もそうだった」

「そんなレベルと一緒にしてんじゃねぇよ。てめぇも逆さ吊りにして浮かべてといてやろうか」

「はは。俺も子供の頃は司祭様に怒られて木に吊るされたことがあった。ああ、もしかしてルイードはそれがトラウマで教会が嫌いなのか? 随分かとかわいいところもあったもんだな」


 ランザが慈しむように見てくるのでルイードは辟易してそっぽを向いたが、その時たまたま通りがかった冒険者と少し触れてしまった。


「痛ぇな!! んだコラてめぇおっさん! ぶつかっといて詫びの一言もねぇのか!?」


 相手は巨人種ティタンの冒険者で、身長は三メートルを超えている。ヒュム族の中では大柄なルイードでも彼とは大人と子供ほどの体格差がある。腕などルイードの胴体並みに太く、その筋肉で殴りつけられたら痛いどころか骨も砕けると誰でも理解できるだろう。


「痛い? 掠めた程度しか当たって───なんだとてめぇこらこのやろうぶっころすぞおおん!?(棒)」


 突然人格が変わったかのように棒読みを吠え始めたルイードだが、別に異常者のマネをしているのではない。「ウザ絡みのルイード」が他者よりウザさで負けてはならないというのが彼の矜持なので、ウザ返ししたのだ。


「ほー、おっさん、威勢がいいじゃねぇか」


 巨人種ティタンは拳をパキパキと鳴らしながら上から見下すように言う。対するルイードは下から睨み上げるようにして全く臆することなく巨人種の冒険者に言い返した。


「やんのかテメェ、どこのギルドだ」

「あ゛? 俺はスペイシー南第三ギルドだ、文句あんのかテメェ」

「南第三ギルドだぁ? だったら銀牙のレイって知ってるか」

「てめぇ、呼び捨てにしてんじゃねぇよ。羅悪らーく血盟の初代クランマスターで、俺のオヤジだぞ!」

「チッ、知り合いの子じゃねぇか……」

「マジかよ!! このおっさんとうちの親父が知り合いかよwwww」

「口の聞き方に気をつけろよガキ。レイに言いつけてシメてもらうぞ」

「さ、さーせん」


 その様子を傍らで見ていた転生稀人のランザは「昭和のヤンキー中学生の会話かよ」と呆れている。その間に巨人種とルイードは教会の入口を専有するようにして会話を続けている。


「おお、マジか。い、いや、マジですか! あんたが【ウザ絡みのルイード】!?」

「おうよ」

「すげぇ! うちの親父と知り合いだったなんて知らなかったっす!」

「まぁな」

「すげぇすげぇ! 血盟クランの手下が三百人もいるあのルイードさんが目の前にいるなんて感動っすよ!!」

「え?」


 ルイードは素で驚いている。彼は血盟クランを持たないし、三百人も手下はいないのだ。


 血盟とは血盟主クランマスターを筆頭にして冒険者たちが作った派閥で、大手血盟は冒険者ギルドもその存在を無視できない勢力を持っている。特に有名な血盟は【青の一角獣】【見えない爪】であり、そこの血盟主は魔王討伐を果たした「救国の勇者」だ。


「いやぁ、あのルイードさんと会えるなんて! 握手してもらっていいすか」


 巨人種は急にペコペコし始めた。


「ルイードさんの【アクマ血盟クラン】は俺たちの憧れなんすよ」

「お、おう?」


 アクマなんて名前は知らないし、血盟なんて一度も組んだ覚えがないルイードの目は泳いでいる。


「北の帝国には【オニヒメ血盟】、西の連合国には【ビャクヤ血盟】、東の王朝には【ルージュ血盟】ってあるのに、俺達の王国には奴らに対抗できる狂険者ワルの血盟がなかったじゃないですか。そこに現れたのがルイードさんでしたからねぇ」

「ワル?」


 思わずランザが突っ込むと巨人種の男は鋭く睨みつけてきた。


「ルイードさん、なんでこんな一般人パンピーと一緒にいるんですか?」


 巨人種は少し身をかがめてランザに顔を突き合わせた。頭の大きさだけで倍以上の大きさがある。


「おいてめぇ。こちらのルイードさんは男はって女はるっていう伝説の狂険者ワルで俺たちの憧れの的だ。あんま舐めた口聞くとルイードさんが殺る前に俺が殺るぞ? お?」

 

 そう恫喝されたランザがルイードをチラ見すると「お、おう」と悪ぶっている。しかしルイードが「男はって女はる」というタイプではないことは、ここまで旅してきたランザが一番良く知っている。


「すまない。あんたのような教えてほしいんだが、狂険者ワルとはなんだ?」


 ランザは少しだけ引き下がって問いかける。いかにも「あんたをリスペクトしてます」という腰の低い態度をすることで相手は心地よく自分より上に立ち、その上下関係の中であればいくらでも口を軽くするのをランザは知っているのだ。


「ふむ。お前、冒険者は知ってるな? 冒険者ギルドに登録していろんな雑用をやらされる世の中の落伍者で、成功者は一握りっていうあの冒険者だ」

「そこまで身分が悪いってわけでもないだろうが……」

「知ってるのか知らないのかで答えんかい!!」

「知ってる! 三歳児でも知ってる!」

「じゃあ話は早ぇ。狂険者ワルってのは、冒険者ギルドに登録してるんじゃなくて闇ギルドに登録している本物の悪党のことだ。俺やルイードさんのようにな!」

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