第67話 ウザい遊戯から始まる悪夢

 赤ら顔のシルビスは空になった酒瓶を置いて立ち上がった。


「ヤマノテセンゲーム!」

「い、いえーい……」


 クールなビランと元気なアルダムは、内心では辟易としながらも、彼女の機嫌を取るために合いの手を入れる。


「ウザい男の行動~、とにかく自分が一番だと思っている!(パンパン)」


 シルビスが切り出したこの宴会遊びヤマノテセンゲームは稀人が持ち込んだもので、お題目に適合するものを次々に言い続け、言い淀んだら負けというものだ。


「愚痴を言う……」

「すぐ自慢話する……」


 アイドル冒険者の二人もシルビスに付き合って宴会遊びに興じているが、顔は引きつりいくら飲んでも酔えていない。


 なぜならここが領主スペイシー侯爵家の豪華な大食堂グレートホールで、壁際にはメイドや執事が並んで澄ました顔をしている。とても宴会遊びをする雰囲気ではないのだ。


 まさか海の家でシルビスに声をかけてきたイケメンオジサマ(イケオジ)が、ここの領主であるスペイシー家の長男だとは。


 海の家で「私の家で飲まないか」と誘われた三人は、タダ酒が飲める♪くらいの軽い気持ちでついて来たのだが、とんでもなく豪華な館でメイドが列を作って出迎えるのを見て血の気が引いた。


「え、オジサマってお金持ち?」


 よくわかっていないシルビスはケロっとしていたが、ビランとアルダムが話を聞くとアジーンが「次期領主確実の長男」だと分かった。


 もちろん二人はシルビスを引っ張って帰ろうとしたが、アジーンから「構わず楽しんでくれ」と微笑まれては招待を断ることも出来なかった。そして今に至るわけだ。


 上機嫌にワインを煽るシルビスを諌めようとオロオロする二人だが、アジーンは「久しぶりに楽しいよ」と微笑んでいる。まるでやんちゃな娘を可愛がる親の視線だ。


「ほらー、オジサマの番だからね! ウザい男を言って~」

「おやおや私もかい? そうだね。では……見栄を張る、でいいかな?」

「いいよいいよー! もっとリズムに載ってテンポよく! オジサマと私で練習! 次わたし! じゃ、嘘つき!(パンパン)」

「全部否定的な次男」

「自分の話ばかりする!(パンパン)」

「人の気持ちを考えない次男」

「冗談でなんでも済ませようとする!(パンパン)」

「兄を自分の言いなりにする次男」

「……まぁいいや。次! すぐ触ってくる!(パンパン)」

「自分の知識が常識だと思っている次男」

「下ネタがどストレート!(パンパン)」

「継続争いで末っ子を殺そうする次男」

「なんでもダメ出ししてくる!(パンパン)」

「弟を殺すために魔物と戦争を起こして財政を圧迫させる次男」

「そぉぉぉぉぉい!! ストォォォォップ!!」


 アルダムがその二つ名の通り元気いっぱいの大声でシルビスとアジーンのゲームを遮る。


「今、メチャクチャ聞いてはならない話してましたよね! メイドさんたちもいるこの場所で! 他所者の俺たちが知っちゃいけない内容でしたよね!?」

「優柔不断!(パンパン)」

「おいビラン、姉御を黙らせろ」


 アルダムに言われなくても、長く伸ばした前髪で片顔を隠した美男子のビランは、意地でもゲームを続行させようとしているシルビスを取り押さえていた。


「御領主様、少しお話をよろしいでしょうか」

「ふふふ、私は領主ではなくその息子だよ。まぁ領主である父君は亡くなられて今は領主が空席になっているがね」


 アジーンは何処か儚げな憂愁を帯びたイケオジ顔で応じる。それはアイドル冒険者であるアルダムにもまだ熟成されていない「大人の男の色気」だ。


『人生の酸いも甘いも経験してるこんなイケオジに酒飲まされて言い寄られたら、シルビスの姉御は簡単に足を広げちまうぞ……。そんなことになったら俺たちはルイードの親分に殺される。割と現実的に確実に殺される気がする!』


 そう思ったアルダムは、不敬罪に問われないように慎重に言葉を選びながらアジーンと対峙した。


「アジーン様。もしも火遊び相手にシルビスの姉御をお望みなのであれば、それだけはどうかご勘弁頂けないでしょうか」

「ははは。君たちは彼女のことがそんなに心配なのかい」

「そりゃもう、命が掛かってますから」

「大げさだな。私にそんなつもりは毛頭ないから心配には及ばんよ。それに彼女はまだ子どもじゃないか」


 ビランに説得されても「まだ飲めるもん!」とワイン瓶を口につけてそのまま嚥下するシルビスは、確かに駄々をこねる子どものように見える。


「まぁ、あれでも一応は成人してる五等級冒険者なんですけどね」

「私は君たちと楽しく飲んで騒いで、嫌なことを忘れたいだけだ。信用してくれないか?」


 アジーンは食卓に両肘を付けて顎の下で手を組む。そしてジッとアルダムの目を直視してくる。思わず目線をそらしたくなる眼差しだ。


「で、ですが、今し方絶対聞いちゃいけないような内容が聞こえてきてたんですが!」

「それはウザい男を例える遊びだからね。私の思いつくウザい男のことを言ったまでだよ」

「具体的に次男って言ってましたけど! 末っ子殺すとか言っちゃってましたけど!」

「うむ。亡くなった父君が当家の家督を末弟に継がせると遺書を残したせいで、次男のドヴァーが荒れていてね。ドヴァーは末弟を殺して私を次期当主に祀り上げ、私を操り人形のようにして実権を握ろうとしているのだよ」

「あー! あー! 聞こえない!」


 アルダムは求めていないのに貴族のお家事情以上のことを聞かされてしまい、必死に耳をふさいだ。


「俺はなにも聞こえてませんからね!! 家督争いの話を俺みたいな冒険者にしないでくださいよ! お貴族様は知らないと思いますけど、冒険者ってのはそういう情報を売り買いすることもあるんですよ! 機密情報を一番言っちゃいけない相手ですからね!」

「それを教えてくれる君は良い冒険者だな」


 アジーンは薄く笑う。


「そうそう、末弟のランザは随分と強い冒険者を護衛につけてこの館に向かっているそうだ。彼が館に到着したら父君の遺言が成立して家督が継がれてしまう。だからドヴァーは焦っていてね」

「だからなんでそんな大それた話を……俺……に……」


 アルダムは自分の思考がぼやけていることにようやく気がついた。しかしもう遅かった。


 視点の定まらない視界の中で、ビランが机に突っ伏してシルビスもワイン瓶を持ったままバタンと倒れる。そして自分も意識を保てず倒れた。


「君が口外することはできないから、私は胸の内を吐露してストレス発散させてもらった。おかげで少しは晴れたよ───連れて行くがいい」


 壁際にいたメイドや執事たちに声をかけると、彼らは生気のない人形のように無表情のまま、三人を大食堂から連れ出していく。


「すぐキレる……人によって態度を変える……言い方が回りくどい……ナルシスト……どこでも声がでかい……人の悪口を言う……被害妄想……自分の知識が常識だと思ってる……ウザい男の特徴というのは、言えば言うほどドヴァーそのものだな」


 一人でゲームを継続したアジーンは乾いた笑いを浮かべた。

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