第60話 いい感じで会話していてもウザい災いはやってくる
駅馬車の御者台に座ったランザは大人しく手綱を握った。
少し前ならこの好機を逃さず逃げ出しているところだが、幌の中で寝ているルイードから逃げ出せる気がしないので大人しく従っている。
「ありがとねねー!!」
宿場町から手を振って見送ってくれるファンネリアに手を振り返し、二人はスペイシー領に向かって移動を開始した。
暴走モードに入ったファンネリアからボコボコにされた三男トリーとその私設騎士団は、ルイードの入れ知恵でタダ働きさせられることになった。
まず、トリーからせしめた
そしてトリー本人だが、なにをしても失敗ばかりで何もしないほうがマシというレベルの使えないやつだったが、ファンネリアに惚れ込んだらしく今は楽しく働いているらしい。
『今回はファンネリアがいて助かったが、彼女がいなくてもルイードが倒していたんだろうな……』
幌の中でいびきをかいているルイードは、何故かわからないが一緒にいると絶対的な安心感がある。理由もなくルイードから守られている気持ちになるのだ。
オータム男爵に追われたイケメン三人衆がルイードにすがったように。帝国最強の暗殺者がルイードのツテでギルド食堂の料理長になったように。迷える子羊がサマトリア教会で神像に向かって祈るように。ランザもいつの間にかルイードを頼っていた。
しかし───これからは頼るわけにもいかないとランザもわかっている。
『この先、俺を襲ってくるのは次男のドヴァー兄しかいない』
父君が亡くなったスペイシー家を実質支配しているのは、長男アジーンではなく次男のドヴァーだ。
ドヴァーは頭脳明晰で、貴族ならではの立ち回りに長け、武芸の心得はなくても政治政略でどんな敵でも叩き潰してきた。王国では珍しく選民思想の強い男で、庶民が考える「悪い貴族のイメージ」を具現化した男だと言ってもいい。
『……ドヴァー兄は地位と名誉のためならどんな手でも使うし証拠を残さない……。しかもドヴァー兄の傍らには魔法使いのアラハ・ウィが控えている。あの魔法使いはどこか得体がしれない』
馬の手綱を引くランザは、次男の恐ろしさを思い出して身震いした。
「父君はどうして俺なんかに家督を継がせたんだ……」
「そりゃ、あったりめぇだろ」
幌の中で横になったままでルイードが言う。今までいびきを掻いていたのに、ランザの独り言で目覚めたようだ。
「テメェの兄はどいつもこいつも馬鹿でアホで権力に執着した世間知らずのボンクラ金持ちばかり。そんな連中に家督を継がせたいと思うか?」
「……そのとおりだが、次男のドヴァー兄だけは別だ。長男のアジーン兄を操る影の支配者だし、他の兄たちもドヴァー兄には逆らえなかった」
「ふーん。じゃあそのドバーとかいう変な名前の奴がラスボスってことか」
彼ら兄弟の名前は、スペイシー侯爵が稀人に教えてもらった異世界の数字が当てられている。
稀人たちによって異世界の言葉がたくさんもちこまれて一般化しているとは言え、その数字名はそれほど有名ではない。だからスペイシー侯爵は物珍しさで自分の息子達の名前を「ただの番号」にしたのだ。
しかし、ランザだけが違う。
それまでの慣習なら異世界の数字名で「八番目」を表す「ヴォースィミ」と名付けられるところを、なぜか侯爵はスペイシー領に伝わる英雄譚の主人公から名前を取って「ランザ」とした。
これだけでもランザが他の兄弟と違って特別扱いを受けていることが伺い知れるが、ランザだけが帝王学や領地経営などのイロハを叩き込まれたのは確定的だった。ランザは兄たちに目をつけられ、家庭内で毒殺されてもおかしくないほど危険な状態に陥ったのだ。
「そんな事がいろいろあったから、父君が俺を世継ぎに指名してくる気はしていた。しかしそれは俺にとって兄たちから殺される秒読みだ。だから世襲しないようにわざと白痴を装い、揉め事を起こし、家を出た」
「ふーん。じゃあオメェは冒険者になれないんじゃなくて、ならないつもりで暴れてたんだな」
「ああ。もちろん俺は何度も父君に懇願した。俺に襲爵するような真似だけはしないでくださいとな。しかし父君は俺に継がせる気しかなかった。だから家を出て……」
「そりゃオメェが転生して生まれてきた稀人なんだから、オヤジさんが家を継がせたいと思って当然だろ」
ルイードはボサボサの髪を掻きながら面倒くさそうに起き上がった。
「オメェら稀人はこの世界にはない知識をたくさん持っている。それに身体も鍛えればとんでもねぇレベルに達する。そんな逸材が自分の家を継いで強い子孫を残してくれるってなりゃ、オメェしか選ばないだろ」
「それはそうなのかも知れないが……」
ランザにはスペイシー家の子である自覚がない。赤ん坊の時から前世のオオシロ・ナオキのままであり、親兄弟と何年も一緒に過ごしているのに赤の他人としか思えないのだ。
そんな自分が異世界の貴族の家督を継ぐことが後ろめたいのだ。
『どうして俺なんかに……』
ランザが何千、何万回と繰り返したこの疑問の答えはない。しかしまるでランザの疑問に応えるように、馬車を引く馬たちが
「!」
街道にドス黒い緑色をした醜い者たちが現れる。
その顔の造形は狂い、腕や足の生え方もいびつに歪んでいるが、どれもこれも人と同じ武装している。
魔王討伐後も僅かに存在している魔物たちの中でもやたら賢く数も多く、旅人や冒険者にとって一番会いたくない相手───ゴブリンの登場だった。
■■■■■
「姉御、焼きそば二皿追加で!」
「姉御、三番テーブルにエール追加!」
クールなビランと元気なアルダムがウエイターをする中、シルビスはスク水にエプロン姿で焼きそばを炒めている。
遊びすぎて帰りの旅費すら使い切った三人は「海の家」でアルバイトしているのだ。
「どうして私が調理であんたたちがフロアなのよ!!」
シルビスは角と胸を振りながら文句を言っているが、彼女が調理を任されたのには理由がある。
ビランとアルダムはさすが元アイドル冒険者で、フロアで見栄え良く立ち回って客受けが良い。そしてシルビスは「ノーム種の女の子が(巨乳をぷるんぷるんさせながら)焼きそばを作る店」として宣伝効果が高い事と、そのシルビスがフロアに出ると客からセクハラされて面倒事が増えるのが予見できるため、調理に回っているのだ。
「お嬢さん、暑くはないのかね?」
カウンターに一人で座るおっさんに声をかけられたシルビスは、額の汗を拭いながら「ああん?」と厳つい顔をした。ルイードの悪影響をモロに受けているらしい。
「焼きそば作ってるんだから暑いわよ! あー、冷たい飲み物が飲みたいな!」
「ははは。いいだろう。マスター。こちらのレディーに冷たい飲み物を私から」
まるでここを高級なバーであるかのように振る舞う中年男性は、よくよく見ると色白だが腹が出ているわけでもなくシュッとしている。逆ナンパ目的でスペイシー領にやってきたシルビスとしては、この中年男性も十分に射程範囲内だ。
「あらオジサマ。よく見たらシブオジ度は足りてないけどイケメン!」
「ははは。ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
「私はシルビスよ」
キンキンに冷えた炭酸水を手にしたシルビスが微笑むと、イケメンオジサマ(イケオジ)は小声で名乗った。
「私はアジーン。よろしくお嬢さん」
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