第59話 どんなにウザいやつでも実力行使したら黙る
ランザの兄、三男のトリーが香水を撒き散らしながら宿場町の場末にある飯処「ファンネリアの店」に、単身でやってくる───わけがない。
ランザですら気付いているので当然ルイードもわかっているが、店の隙間だらけの壁から見える外に、
「断っておくが私に指一本でも振れたら、外の騎士たちがなだれ込んでくるぞ」
トリーはシュコシュコと香水を振りまきながら言う。それに我慢ならないのは店主のファンネリアだ。
「店の中でそんなの振りまかないでで! あんたはもう出禁だよよ! 出ていってて!」
「うるさいぞ女。私に逆らったらどうなるかわかっていないようだな」
トリーがハンカチをヒラヒラ振ると、騎士が数人入ってきてファンネリアを捕まえた。
「!!」
「その女は貴様らが後で楽しめ」
さすがに女店主を助けようとランザが腰を浮かせると、なぜかルイードが止めた。
「それより貴族の兄ちゃん。俺がここにいる理由はもう一つあるんだがなぁ~」
「?」
「てめぇの不肖の弟ランザくんが、俺様の子分相手に大立ち回りしやがってよぉ~。子分は見るも無残な半死半生の目にあって、一生消えない体と心の傷をつけられたんだよ」
そこまではしていないとランザが抗議の目線を送るが、ルイードは言葉を続ける。
「衛兵に掴まったランザくんを助け出したのも、慰謝料をテメェらのご実家に請求しに行くからだ。わかるか? タダで俺様に出ていけって話は道理が通らねぇんだよ」
「チッ、そのまま刑場の露にでもなってくれればよかったものを………。とにかく貴様は金の無心をしたいのだな? なら先に言えばよかったのだよ」
トリーは懐から革袋を取り出して切り株の上に投げる。
「ランザの慰謝料は私が肩代わりしてやる。平民が三年は遊んで暮らせる金が入っている。持って立ち去れ」
「はぁ? こんな端金いらねぇよ」
「な、なに!?
「はぁ~~~?」
ルイードは耳に片手を当て、小馬鹿にしたように聞き返した。
「俺様の子分は三等級冒険者だ。少なくとも年に……
「なっ……」
侯爵貴族家のトリーでもそれが如何ほどの大金なのかわかる。王国民の中では高給取りと言っても過言ではない年収なのだ。
「それをたった五十枚払って三年遊んで暮らせるとかドヤ顔しやがって。おいランザ、テメェの兄貴はどういう金銭感覚なんだ? スペイシー家ってはバカばっかなのか? あーん?」
ルイードが得意満面にウザ絡みを始める。
「よぉ兄ちゃん。威勢よく肩代わりを申し出てくれたのはいいがなぁ、俺様の子分は一生細々と食いつながなきゃならねぇんだ。少なくても八十年分、白金貨六百四十枚……六億四千ジアは必要だろうがよ!」
「「六億!?」」
トリーだけでなくランザも声を荒げた。
「きさ、貴様、ランザがスペイシー侯爵家の者だとわかって、ゆすりたかるつもりだな!」
トリーに言われたルイードは「その通りです」と言わんばかりの悪い笑みを浮かべたが、ウザ絡みはまだ止まらない。
「そもそもよぉ。俺様はここに飯を食いに来てるってのに、くっせぇ香水を撒き散らしやがって。この精神的苦痛は金で補ってもらわねぇと気がすまねぇ」
「また金か! ふ、ふん。それなら私にも言い分があるぞ。こんな黴臭い所で食事など衛生的にも品性的にも許しがたい。私は場を清潔にしてやったまでのこと。礼を言われても罵倒される筋合いはない!」
トリーはそう言いつつさらに香水を振りまいた。
「香水で場が清潔になるなんて聞いたことがねぇし、そんなに黴臭いと思うなら、ここで飯食わなきゃいいだろ」
ルイードは自分に掛かりそうな香水の飛沫を手刀で吹き飛ばす。その手の速さで空間が歪んだように見えたが、トリーは気のせいだと思うことにした。
「わ、私は弟のランザと話があるから来たのだ。誰が好き好んでこんな店に来るものか!」
「テメェは店の前に『店内で香水を振りまかないでください』って書いてないとわかんないバカなのか? 面倒くさいんで入店しないでくれ」
「この店の店主でもあるまいし、偉そうに私に物言いおって!! 私はスペイシー家の三男トリーだぞ!」
突然名乗られたことでルイードの口元が「だから何だよ」と言いたげにピクっと動いたのが見えたランザは、二人のやり取りが面白くなってしまった。だから煽った。
「トリー兄、この冒険者はここに来るまでにチェトィリエ兄、ピャーチ兄、シェースチ兄の三人が雇った殺し屋を追い返しましたよ?」
「ふん。父君が二番目に娶った浮気女の血を引いた連中か。どうせ大したコマは用意できなかったのだろう」
「まだあります。セーミ兄に雇われた黒蝙蝠団も退けました」
「セーミか……。貴様と同じ今の母君の子ではあるが所詮は七男。黒なんとかが何者かは知らんが、大したコマでないのは想像に容易い」
「では───ギャブレット流長剣術免許皆伝の俺を一方的に倒した程の冒険者です」
「お前を!? それは……なんと……」
ようやくルイードの強さが伝わったらしい。だが、トリーは嬉しそうに頬を緩ませている。
「そうか。ランザより強いか。ではいい見ものになるだろう。ギワザ!! このチンピラを始末せよ」
トリーが率いる私設騎士団の騎士団長ギワザ。スペイシー領では知らぬ者のない猛者で、たった一人でステッチーアントの巣を壊滅させたこともある。
「くっくっく。ギャブレット流長剣術免許皆伝のランザも強いが、所詮は八男。ギワザの強さとは比べ物にもならん。ましてや一介のチンピラ冒険者風情に───って、ええええええ!?」
外を見ると入り口に騎士が倒れている。
慌てて外に飛び出すと鉄くずのように騎士団が転がっており、ギワザがファンネリアに首根っこを掴まれたまま持ち上げられている光景と出くわした。
「な、ななななななな!?」
野獣のように目を光らせるファンネリアは、その細腕ではどうやっても無理だと思えるのに全身鎧を着込んだギワザを片腕で持ち上げていた。
「ト……お逃げ……ぐえっ」
地面に叩き落されたギワザはピクリとも動かなくなった。それを見てトリーはへなへなと腰を落とす。
「おめぇのバカ兄貴はもしかして
外の様子を見に出てきたルイードがランザに苦笑を投げる。
虎人種と猫人種。同じネコ科のような出で立ちをしている人間だが、戦闘力が大幅に違う。希少種族の虎人種は「人間」に分類される種族の中で五指に入る強さなのだ。
凄まじい体のバネを活かした跳躍力と移動スピードは敵を確実に追い込み、鋭い爪と鬼族も敵わない腕力は、素手で首の肉をえぐり取る………そんな虎人種相手に、鎧を着ていたとしても「全人間の平均点」でしかないヒュム種が勝てるはずもないのだ。
「ば、ばかな……私の部隊が女ひとりに……全滅!?」
「ついでにテメェも滅しろ」
ルイードはトリーの首根っこを掴んでファンネリアの足元に投げた。
「
年離れた兄が虎人種の猛烈な猫パンチを食らって宙を舞うのを見て、ランザは目を伏せた。
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