第43話 ウザい暗殺者はこうしてやる
暗殺者ジョナサン。
昔は義賊として名を馳せたこともある冒険者だったが、いつしか彼の生業は暗殺者になっていた。
どこでどう間違えてそんな汚れ仕事に手を染めてしまったのかはもう思い出せないが、義賊としての仕事も暗殺も、ジョナサンにとっては同じ「作業」でしかなかった。
普通の人間はどんな生き物であっても殺すことに抵抗を感じるものだが、ジョナサンにその感覚は欠落している。人であろうが虫であろうが、始末すれば同じなのだ。
だから今宵の相手が老修道女や身寄りのない子どもたちであっても、何の感慨もない。命じられたとおりに殺すだけのことだ。
「このサンドロレート孤児院にいる連中を全員始末したら、建物に火をつけて不幸な事故として処理しろ」
手下の間者たちに指示を出したジョナサンは、修道院の外壁にもたれかかって葉巻をくわえる。
彼の手下なら、この葉巻が燃え尽きる前に建物に火を放って戻ってくるだろう。もちろん中にいる女子供は皆殺しにして、だ。
「……」
修道院の中から不穏な物音は聞こえてこないが、どうにも部下たちの戻りが遅い。葉巻は半分近くまで吸い終わっている。
『まさかガキどもには協力者が!?』
よくよく考えれば、こんな荒屋で暮らす者たちが巨大な多頭引きの馬車を用意できるはずがない。それなのに人数分の衣装を用意し、貴族界隈にも人気な曲や歌詞を音楽家に依頼し、踊りのレッスンも受けている。
そう考えると、子どもたちをアイドル冒険者としてプロデュースした「
『私としたことが、なぜそれに気が付かなかった!?』
石壁で削るように葉巻の火を消したジョナサンは、物音一つ建てずに施設内に侵入した。
『そうとも! 奴らはわざわざオータム劇場前で歌い、その場にいたファンたちをかっさらっていったのだから、当然男爵様の報復も想定していたはず! 私達は待ち伏せされたということか!』
窓からそっと中を覗くが人影は見当たらない。そればかりか血痕もなければ争った形跡もない。
『……どういうことだ』
ジョナサンの部下たちが待ち伏せされたとしても、物音一つ立てないばかりか、何の痕跡も残さず消えるだろうか。
考えられるのは「部下たちが逃げた」か「部下たちは瞬殺された」の二択だが、前者はまずありえない。
男爵の手元から逃げたらどうなるか。実際、男爵の手から逃げた三人のイケメン冒険者たちは、延々と何年も逃げ続けている。男爵は驚くほどしつこいのだ。では後者ということになる。
『だとしたら相手も手練れの暗殺者に違いない』
ジョナサンは舌打ちしたい気分を抑え、掠めただけで死に至る毒を塗り込んだ短刀を手にした。
「!」
何かが視界の端をよぎった。だが、そちらを見ても何もいない。空気の揺らぎすらないのに、確実に「何かが走り抜けた」気がする。
「……」
よく見るとうらびれた修道院の建物は、夜の闇の中で不気味に佇んで見える。ここから怨霊が手招きしていても不思議ではない雰囲気だ。
『霊障だとしたら私の手には負えんぞ!?』
背筋を這うぞくりとした感覚。これはどれだけ人を殺してきたジョナサンでも抗えない「恐怖」だ。
また視界の端を何かが駆け抜けた。今度は子供の笑い声を含んでいる。
「馬鹿な。帝都の霊的防衛網の中に悪霊が湧くなんてことが!?」
思わず声を漏らしたその瞬間、ジョナサンは自分の両手両足が小さな手に掴まれている事を悟った。
いつの間に、どうやってここまで接近してきたのか。そんなことを冷静に思考する余力はジョナサンになかった。なぜなら自分の手足だというのにピクリとも動かすことができなかったからだ。
「ひ……」
小さな手が尋常ではない力で自分を拘束する中、修道院の中から美少女が現れた。
美少女は拘束されたジョナサンを見るなり、少しガニ股気味に近寄ってくる。
「……お前も」
至近距離まで迫った美少女は、怒っているような悲しんでいるような、なんとも言えない不思議な表情でジョナサンを見た。
「お前も……アイドル冒険者にしてやろうかァァァ!」
強い怨みのこもったその声と共に複数の乾いた子どもの笑い声が背後から聞こえてきて、ジョナサンはぎゃあああと叫んでいた。
だが、ふと冷静になると、今この美少女はなんて言った?
「は? アイドル冒険者、だと?」
複数の魔法陣が自分の体の周りに生まれる。
「これは第七位階の変換魔法で、どんなに醜い男でも美少女にしてしまうんだぜ」
「ば、ばかな……そんな魔法あるわけ……」
「あるんだよチクショウ。俺が実際そうされたんだから!」
美少女は涙目で豊かな胸元を自分で掴んだ。
「自分のを触っても楽しくない!」
「そんなことは知らん! 私を離せ!!」
「そうはいくかよ。ここを狙ってきたあんたたちは許さない。さぁ、みんな、やっちまいな!」
「はぁい、ジャック兄さん!」
「性別変換!」
「身体形状変換!」
「服飾変換!」
魔法陣に体の構成を書き換えられたジョナサンの悲鳴は、野太い初老男性のものから老いた女のものに変わっていった。
■■■■■
安宿二階のテラスで、食後のコーヒーを飲みながら孤児院の様子を眺めるルイードとシルビス。
シルビスは向こうで起きている事を見て「あわわわ」と言葉にならない様子だ。
「ははは。そう心配すんなよ。あのガキンチョたちならあの程度の相手、余裕だぜ」
「ちょっとルイードさん。あの子達になにしたんですか!?」
「アバンと同じだよ。救国の勇者……と言っても今回は一人だけだが……そいつに指導させて冒険者にした。以上だ」
「……は?」
シルビスは頭がこんがらがってきた。
「王国にいる救国の勇者が帝国にいる子どもたちの指導を!? しかも職業訓練って最低でも二週間かかるし、アバンなんてそれこそかなりの時間をかけて……どうやって?」
「ああ、それなら転移魔法で魔術師ギルドのシュンにこっちに来てもらった」
「!」
「あいつにさ、『時間が流れない閉鎖空間』的なものを作らせて、その中でガキンチョたちを訓練させたのさ。おかげで現実の時間では数時間だけど、その中では何ヶ月か掛かってるはずだぜ」
「あんた、未来ある子どもたちになんちゅうことを……」
そこでシルビスはハッと気がついた。
あの無力なアバンですら尋常ではない力を身に着けた「救国の勇者たち」の指導を、まだ年端も行かない子どもたちが受けたとしたら……化け物が増産されたということではないだろうか。
「あー。アバンは勇者全員に指導させたが、ここの子どもたちは魔法の筋が良くてな。指導したのはシュンだけだ。大したもんじゃねぇが、それでも自分たちで自分の家と婆さんを守るくらいの力は手にしただろう」
「いやいや、大したもんだから! 今もすごいパワーと無詠唱で物質変換かましてたよね!? あんたの目は狂ってるの!?」
「シルビスは大げさだな。凄いパワーっつったって、ありゃ魔力で身体強化してるだけだし、物質変換なんて大した魔法じゃねぇよ。しかもまだガキンチョで魔力も少ない。大げさなこたぁ何もできねぇさ」
「そ、そうなの?」
「まぁ、教えたのは数千年前に途絶えた『古代魔法』の一つではあるけどよ。性転換魔法なんて、別に危険でもなんでもないだろ」
シルビスは白目を剥いてわなわなと震えている。
へへへ、と自分の孫弟子たちが悪党をやっつける様子を見て満足しているルイードだが、シルビスは「このおっさんにこれ以上弟子を作らせたら世界が終わるかもしれない」と戦慄を覚えるのであった。
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