第42話 ウザい男爵の報復が始まる時、それはもう終わっているんだ

「なんだと? 今月の売上がたったこれだけとはどういうことだ!?」


 劇場支配人から報告を受けたオータム男爵は目をしかめた。その口ぶりはまるで時代劇のように仰々しいが、ちゃんとこちらの世界に溶け込んでいる証拠だとも言える。


「は、はい……」


 劇場支配人は滝のように落ちてくる汗を拭うので精一杯だ。


「今月のセットリスト……出演者……別に問題はない。いや、それどころか普段より集客を望める連中をアサインしているはずだぞ。これはどういうことだ支配人」

「は、はい男爵様。実はちょっとした事件が……」

「事件? そんな報告は受けていないぞ!」

「申し訳ございません!!」


 支配人は頭を下げたまま実情を報告した。


 それを黙って聞いたオータム男爵は、しかめた目を鋭利なナイフのように変えていった。


「要するに、どこぞの商売敵が俺の劇場前で派手なパフォーマンスをぶちかましているせいで毎日客が減ってるってのか?」

「は、はい」

「ライバルになりそうなアイドル冒険者やそのパトロンは全部潰したつもりだったが、また新しいのが出てきたってことか。しかも直接嫌がらせしてくるとは命知らずなやつがいたもんだ。……サンジョナぁ~、いるぅ~?」

「は、こちらに。しかし私はジョナサンでございます」


 いつの間にか支配人の後ろには初老の執事が立っていた。


「サンジョナぁ~。聞いた通りで俺の邪魔してる馬鹿がいるらしいからぶっ潰してきてくんない?」

「はっ……。しかし例の逃亡した三人について報告が遅れているので、私自ら始末に動くというお話は……」

「そんなの今はどうでもいい! 後だ後! 目の前の売上が第一優先にきまってるでしょーが!」

「御意に」


 ジョナサンは軽く会釈すると、音もなく部屋を出た。


「ったく、いいか支配人、来月の売上目標には今月のマイナス分を上乗せしておけよ」

「そ、それは厳しいかと……」

「は? 厳しいだと? やってみないとわかんないだろ! やるんだよ!」

「は、はい」

「それとアイドル冒険者たちには、何が何でもノルマ達成するように強く言っとけ。あとグッズの握手券も当選率を下げて握手する時間も一枚三十秒くらいにしとけ」

「えっ!? し、しかし男爵様、それではファンの皆様がお怒りになるかと」

「いいんだよ! あいつらは金を運んでくるただの虫だ! 何を言われても気にするこたぁない!」

「……そもそもノルマに達しなかったアイドル冒険者をすぐクビにするというのは些かやりすぎかと」

「おいおい。俺に逆らうのなら支配人も交代させるぞ」

「い、いえ、そのような」

「いいからやれ。ノルマに行かないアイドル冒険者はどこぞの貴族に売り飛ばすと脅しとけ」

「……」


 支配人は内心「アイドル冒険者を物か商品としか考えてないこのゲスが!」と吐き捨てながらも、表情は真摯な従者であるように取り繕った。




 ■■■■■




「火種は撒いた。あとは食いついてくるのを待つばかりってところだな」


 孤児院近くの安宿を借りたルイードは、シルビスと共に簡単な夕食を摂っていた。


 安宿の一階は食堂で、この時間なら酒盛りでもやっていそうなものなのに二人以外誰もいない。料理と酒を提供した店主も「食器は流しに浸けといてくれ」と早々に引き上げてしまい、二人きりの時間だ。


「ルイードさん。ほんとに私達はなにもしないで見てるだけなんですか?」


 りんごを摩り絞ったジュースを片手にシルビスは不服そうに言う。シルビスはこちらの世界で成人と認められる十五歳になったばかりで、まだ酒を嗜むことを覚えていないのだ。


「そうだぜぇ~。これは傍観決め込んで観劇するだけの『神々の遊び』ってやつさぁ~。ひゃはっはっ(棒)」

「嘘ついてるのバレバレじゃないですか!」

「!!」


 ルイードは愕然としてエールの入ったグラスを落としそうになった。


「ば、ばかな。俺の演技を見抜くだと……。シルビスお前、すごい目を持ってるじゃねぇか」

「うそでしょ」


 ルイードがわざとではなく本気で演じてアレなのだと分かったシルビスは、思わず白目を剥きそうになった。


『あれで自分では完ぺきな演技だと思ってたわけ!? 天は二物も三物も与えておきながら演技力だけは与えなかったみたいね』


 そうは言ったが、規格外の化け物じみた能力を持つルイードに少しだけでも人間っぽい部分があって、シルビスは安堵した。


「……てか、それは今はどうでもいいんです! 今の態度からして、孤児院に火種ぶちまけといて放置ってことはないんですよね!? ね!」


 シルビスに詰め寄られたルイードは、ため息混じりに髪をクシャクシャに掻いた。


「なんですか、その説明するのが面倒くさいみたいな態度は!」

「……いつも思ってるんだが、お前、親分に向かって態度がキツすぎねぇか? 自分は打たれ弱くてすぐ泣くくせに」

「うっさい! 悪い男爵は孤児院に攻撃してくる可能性が高いわけじゃないですか! それを放置しておくなんて、それでもウザ絡みのルイードですか! もっと悪者にウザく絡んでくださいよ!」


 シルビスはダンダンとテーブルを叩く。その度にテーブルの上に置いた胸がばいんばいんしているが、ルイードは「そんなでかいもん付けて大変そうだな」としか思っていないのか、シラっとしている。ルイードから見ると成人したばかりのシルビスは若すぎるのか、全く女としては見ていないようだ。


「……あ! 本当は助けるつもりで孤児院の近くにあるこの宿を取ったんですか!? もうツンデレおっさんなんだからぁ~」

「だーかーらー、見てるだけだっつってんだろうが」


 面倒くさそうに答えるルイードに対して、シルビスは頬を膨らませる。


「本心で言ってます!? あそこには子供とおばあちゃんしかいないんですよ! こんなの私が憧れるダークヒーローじゃないです!」

「ヒーローねぇ。ヒーローと言えば、お前は救国の勇者たちがどういう扱いになってるのか知ってるか?」

「え?」


 ルイードがいつになく真剣な口ぶりになったので、シルビスはドキッとした。


「そ、そりゃ英雄扱いですよね?」

「そうだな」


 エールの入った杯をテーブルに置いたルイードはここではない遠くを見た。


 ボサボサの髪から覗くその憂いに満ちた表情は、シルビスの心臓を「トゥンク」と打つには十分な破壊力があった。ルイードお得意の自覚のない不意打ち攻撃だ。


「おかげであいつらは何かあればすぐ頼られちまうようになった。頼んだ方は自分たちで解決するより、あいつらに頼るっていう楽な方を選び続けたわけだ。だが、もしあいつらがいなくなったら努力することを忘れた王国はどうなる? そりゃ王妃も焦って勇者たちをわ」

「え……そ、そうなんですか?」

「簡単に救い続けることは本当に良いことなのかって話だ」

「……そ、それとこれとはスケールが違うっていうかなんていうか」


 いつになくルイードが真剣なので、シルビスは動揺して考えがまとまらない。


「同じだ。あの孤児院の連中を一時的に救ったところで根本的な部分は解決されない。自己解決できる力を持たなきゃいけねぇんだ。だから───その力は与えたぜぇ?」

「……は?」


 ルイードの意味深な笑みに面食らいながらも、シルビスはなんだか嫌な予感がしてならなかった。

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