第41話 ウザいデビュー曲が心に刺さるわ

 巨大馬車は御者がなにかのハンドルを回すと音を立てて開いていく。呆然と誰もが見守る中、馬車は変形してまるで舞台のようになった。


「おにーさんたち、おねーさんたち! こんにちわー!!」


 その簡易舞台に現れ、拡声魔法で元気に挨拶する子どもたちを見て、ジャックは驚き、次第に唇を震わせた。


 きらびやかな衣装をまとってステージに立っているのは、自分の弟や妹である孤児院の子どもたちなのだ。


「ぼくたちは! わたしたちは! 元気いっぱいアイドル冒険者【サンドロレート孤児院】です!」


 呆然と見守っていた観衆がざわめく。


 冒険者になるためには職業訓練を受ける必要があるが、ある一定の体格や知識がないと訓練を終えることが出来ないので、幼児や老人は冒険者になれないのが常識なのだ。


「はい、これ! 五等級冒険者の印!」


 子どもたちは胸元にギルド認定の五等級章を付けているが、遠目では本物かどうかわからない。


 するとステージの下手しもてから巨大な美女が現れた。


「あ、あれは冒険者ギルドの受付統括のドゥルガーさん!」

「あぁ、踏まれたい!」

「ぼくはあの胸の間で絞め殺されたい!」

「キャー! 麗しのお姉さまぁ~!♡♡♡♡」


 下手なアイドル冒険者より人気のドゥルガーは「この子達が本物の冒険者であることは当ギルドが認めます」とだけ言って、顔を赤くしながらそそくさとステージから降りた。随分恥ずかしいらしい。


「それではきいてください! ぼくたち(わたしたち)サンドロレート孤児院のデビュー曲【真実に気付いて】、です!」


 よくわからないが、可愛らしい幼児たちがをするようなので、道端の観衆たちから微笑ましい拍手が送られる。


「ラララ~♪ みんな知ってる~? オータム劇場でアイドル冒険者グッズを買っても、ララ~♪ そのお金は男爵のところに行くだけで、あなたの好きなアイドルには届かないんだぁ~♪」


 出だしから場の空気が凍りついた。


「フフンフン~♪ ランキングが上がるっていうけど、誰がどれだけ売り上げているのかなんて、誰にもわかんなぁ~い♪(わかんなぁ~い♪)」


 薄々分かっていたことを幼児に歌われて、ファンたちは胸が苦しくなった。


 自分がどれだけ推してもなかなかランキングが上がらないアイドル冒険者がいるかと思えば、誰もグッズを買っていないようなアイドル冒険者がランカーになったりする。それは「劇場がなにか小細工しているのではないか」とまことしやかに噂されていたことなのだ。


「アァー♪ ランカーになれるのはオータム男爵に気に入られてる人たちだけだよ~♪ 無駄金おつ~♪」


 幼児たちのウザい煽りに何人かのファンが頭を抱えたが、ステージは無視して進行していく。


「そもそもさ~♪(そもそもさ~♪)推したら付き合えるとか思ってるの?」


 何人かの観衆が胸を抑えてうずくまり始めた。


「そもそもさ~♪(そもそもさ~♪)美男美女と付き合えるのはお・ん・な・じ美男美女か! 金持ちか! 王国貴族だけよ~♪(だけよ~♪)」


 あまりにもウザすぎる歌詞の内容に、思わず泣き出す観衆まで出てきた。


「その点! ぼくたちサンドロレート孤児院のグッズはわかりやすい! だって孤児院の運営費と生活費になるんだもん!」

「うっせぇばぁぁぁか!!!」


 ブチ切れたジャックが怒鳴り込むためにステージに上る。


「なんなんだよお前ら! 俺たちは推しと一緒の夢を買ってるんだ! 誰にも迷惑かけてないんだから外野がとやかく言うな!」

「あ、寄付金を使い込んだ迷惑なジャックお兄ちゃんだ」

「う、うるせえ! 何やってんだよお前ら!」

「ぼくたちは! わたしたちは! 元気いっぱいアイドル冒険者【サンドロレート孤児院】です!」

「ウゼぇ! いいんだよその前フリは! どこのアホがこんなことやらせた!? 寄付が欲しいなら道端に立ってりゃいいだろ!!」

「ジャックお兄ちゃん───」


 子どもたちはしんと静まり返り、無感情な蝋人形のような顔になってジャックを見ながら笑った。しかしどの瞳も笑っていない無感情なそれは、ジャックを黙らせるの十分な怖さがあった。


「───お前もアイドル冒険者にしてやろうか」

「!?」


 子どもたちはジャックでは振り払えない「ありえないほどの力」で押さえつけてきた。


「性別変換!」

「身体形状変換!」

「服飾変換!」


 子どもたちが恐ろしい言葉を放つと同時に、奇っ怪な魔法陣が次々に現れてジャックを包み込んでいく。


「ば……や、やめ……なんなんだよお前ら! やめろ! やめろおおおおおおお!!」




 ■■■■■




「すごいのですね」


 老修道女はテーブルの上に積み上げられた金銀銅のコインを見て驚きを隠せなかった。


「ぼくが編んだ紐が中銀貨一枚500ジアで売れるんだよ!」

「え、いつも1ジアにしかならない麻ひもが!?」

「わたしも握手しただけで中金貨三枚3万ジアのお布施をもらったの!」

「握手って……変な所を握らせられなかったかい!?」


 老修道女があらぬ方向に焦るのも致し方ない。


 ルイードとシルビスが子どもたちを連れていなくなったかと思ったら「冒険者になったよ」と報告を受けた。これだけでも驚きだが、さらにアイドルとして歌唱し踊る技術も身につけているわ、なにやら尋常ではない雰囲気も漂っている。


 一体どうやってこの短時間でここまで子どもたちを変えることが出来たのかとルイードに尋ねたら「精神と時的な? なんかそういう所で勇者がなんたらしてこうなった」と説明されたが、上手く理解できないまま今に至っている。


『神よ、うちの可愛い子どもたちは一体されてしまったんでしょうか……』


 理解できないものは怖い。それはこの敬虔な老修道女だけの話ではなく人間誰でもそうだ。


『……ん? 知らない子が混じってるわね』


 老修道女の眼差しの先には、子どもたちより背が高く歳若い女の子が混ざっている。どこかで見たことのある顔立ちだが、この孤児院を出ていった子どもたちの中でも該当する顔が思い出せない。


「そこのあなた。うちの子ではないようだけど、どこの子かしら?」

「……、、、だ」


 女の子は憮然としながら小さな声で言った。


「はい?」

「俺はジャックだよ!!」


 がに股になって床を踏みながら女の子は叫んだ。


 女の子───ジャックは、ルイードからもらった大金をアイドルグッズに替えた罰として、許されるまでこの状態にされたのだ。


「ジャックお兄ちゃんが一番売り上げてたよね」

「そうなんだよ……わかんねぇよ……男のってなんだよ……なんでこの俺なんかにファンができるんだよ……俺にはついていけねぇ世界だよ……ちくしょう、ちくしょう!」


 アイドル冒険者グループ「サンドロレート孤児院」は、限られた期間内という特殊条件による話題性、メンバーがほぼ全員幼児や幼女という可愛らしさによって獲得できた幅広い年齢層のファン、そして孤児院への寄付という形で罪悪感なくお金を払えるという課金ハードルの低さから、爆発的な人気を得た。


 さらにデビュー曲【真実に気付いて】の皮肉めいた歌詞も好評で、ファンからは自虐的に面白おかしく好まれ、社交界の貴族たちからは「オータム男爵を揶揄する素晴らしい歌だ」と人気を博した。その御蔭で匿名で孤児院に寄付する貴族もいたほどだ。


 こうした多くのファンのおかげで、アイドル冒険者グループ「サンドロレート孤児院」は、本当に僅かな期間で今までではありえないほどの献金と後ろ盾を得て、食うに困る生活から見事に脱したのだった。

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