第44話 ウザい男爵の末路
常識外の強さを身につけた孤児たちによってサンドロレート孤児院の危機は去った。
その後、性別をもとに戻してもらったジャックを中心に、貴族たちやファンたちのバックアップを得たサンドロレート孤児院は、アイドルを引退して母親代わりに彼らを育ててきた老修道女を支え、質素で平和に暮らしたという。
しかしその影で暗殺者集団が姿を消したことは誰にも知られていない───オータム男爵以外には。
「馬鹿な……」
男爵は散々貴族たちの醜聞をかき集め、それを脅しに使い、それでも敵意を剥き出しにする相手には直接的な不幸を与えてきた。しかし、それもこれもジョナサンたちがいたからできたことだ。
その影の組織が失われてしまった今、オータム男爵が頼れるのは自身の財力しかない。
『金さえあれば資金難の公爵の娘と結婚して、貴族としての立場を確実なものに出来る。まだ焦ることはない』
不安はあるものの自分を奮い立たせるように笑みを浮かべたオータム男爵だったが、執務室がノックされてお抱えの騎士が入ってきたのでいつもの顔に戻った。
「なんだ?」
「はっ。玄関先に、あの……ジョナサン様だと名乗る老婆が」
「老婆ぁ?」
窓から外を見ると、騎士たちが「どうするよこれ」と困った顔で老婆を引き止めている。押せば倒れて全身の骨が折れてしまいそうな弱々しい老人は、窓越しにオータム男爵を見つけてひれ伏すように倒れた。
「主様! 私です! ジョナサンでございます!」
「……どこの物乞いだ。追い払え」
「はっ」
命令を受けた騎士が執務室から出ると、数分後には玄関先の老婆が屋敷外に引きずり出されていた。
「おのれ……このうらみはらさでおくべきかぁぁぁ!!」
追い払われた老婆───性別を反転させられたジョナサンは、怨みの言葉を漏らしたまま闇に消えた。
■■■■■
老婆を追い払ったその日の夜。
男爵の屋敷奥にある「秘密の部屋」にある隠し金庫……。幾重にも罠が仕掛けられているその中身が、綺麗サッパリ失われた。
貴族たちの秘密が記された数々の羊皮紙から金塊や貨幣、オータム男爵が行ってきた不正や悪事の記録までなくなっていたのだ。
「なんて……こった!」
金品よりも自分の後ろめたい「ネタ」を盗まれたのは大問題だ。このままでは枕を高くして眠れる夜はやってこない。
「くそっ! どこの盗賊か知らないがとんでもないものを盗んで行きやがって!! 金に糸目はつけない! 絶対捕まえてこい!」
お抱えの騎士に命じる。
「し、しかし資金が……」
「馬鹿野郎! ここに現金がなくても俺には金のなる木のアイドル冒険者がいくらでもいるし、見ろ! 不動産もたらふく持ってるんだよ!」
その言葉通り男爵は帝都の不動産をいくつも所有している。それらを売り払えば下手な王族より金を持つことになるだろう。だから「捕まえる」などと口にする余裕があったのだ。
だが男爵は気がついていない───部屋に積んである数々の証本は白紙の偽物にすり替えられていることを。
それからしばらくして男爵が気がついたときには、もう多くの不動産資産は売却された後だった。しかも巧妙にいくつもの人の手を介して売り払われてしまった不動産を取り戻すことは不可能……彼の財力はこの時点ですべて失われていたのだ。
数日後、財産を失って茫然自失となっているオータム男爵のもとに、公爵家から「この前の話はなかったことに」という手紙を受け取ったオータム男爵は、執務室の床に膝を落としていた。
もうこの屋敷には使用人も騎士もいない。どいつもこいつも金目の物を持って逃げ出してしまった。
そしてこの屋敷も手放さなければならない。なんせ男爵は様々な劇場の賃料、アイドル冒険者達の給料、月末締め翌々々月末払いにしていた業者への支払いなど、毎月莫大な出費もあるのだが、払う原資がなくなってしまったのだ。
「こうなったらアイドル冒険者たちを貴族に売り飛ばして即金を……」
オータム男爵は浅はかにもそう考えたが、劇場支配人が独立を宣言し、子飼いにしていた殆どのアイドル冒険者達はそちらについて行ったことを、彼は知らない。
「それに俺には元の世界の知識がある! こんな遅れた世界でやっていくのなんてわけない!!」
そう自分に言い聞かせて奮い立つ男爵だったが、すでに帝国に「匿名の通報」が成されており、隠していた数々の悪事が明るみに出て幽閉されることが確定していることも、彼は知らない。
帝国はこの時点で貴重な【稀人】を殺したり犯罪奴隷にするよりは、将来的に有望な人財を生み出す「種馬」として扱うことに決定していた。
だが、彼の種馬としての能力が衰えたら、もう利用価値はない。オータム男爵は嫌でも自分を奮い立たせないといけなくなったのだ。
■■■■■
オータム男爵の一強支配が終わり、アイドル冒険者は新たな時代にに突入した。
良い意味でアイドル冒険者が乱立するようになり、それぞれが様々な世界観を持つ「表現者」としてさらなる高みを目指すようになった。
ライバルでも互いに切磋琢磨しあい、相手を蹴落とそうという
同じように男爵に煽られて「自分の推しのためならなんでもする」と考えていたファンたちも我に返り、一定の距離感を持ってアイドル冒険者たちを応援し、推し支える協力者であり信奉者に立ち戻った。
この新しい息吹に勝者など必要ない。だが、唯一勝者と言うべき者たちがいるとすれば、それは例の孤児院だろう。
「おぉ、随分と見栄えが良くなりました」
老修道女が微笑むと、外壁の漆喰を塗り直していた元間者たちは脚立の上から頭を下げた。
子どもたちから「もう悪いことをしないなら」という条件で性別をもとに戻してもらったら彼らは、改心してここの修道士になり、修道院を建て直しているのだ。
暗殺者だった彼らとしては、殺伐とした闇の世界ではなく日の当たる世界で生きていたかったので、自ら進んで修道士になったが、何よりも「こんな強い子どもたちと一緒にいれば、厄介ごとから救ってもらえる」という打算もあったのだろう。
だが、そんな異様な力を得た子どもたちも「冒険者とかアイドルとかめんどくさい」とか言い出して、今は普通の子どもに戻っている。勿論、いつか大人になった時には、この時期に得た異様な経験が活きてどんな仕事に就くことも出来るだろう。
「それにしても一体どなたがこれほどの大金を寄付してくださったのか……」
古びた修道院の改築費用、新たな土地の購入、すべてが名無しの誰かによる寄付によって賄われたのだ。
「これもすべてルイード様のおかげですね」
老修道女が頭を下げると、帰りの旅支度を済ませて出立の挨拶に来ていたルイードは「よせやい」と照れる。
「俺がなにかしたんじゃねぇ。おめぇらが自分たちでなんとかしたんだ」
褒められ慣れていないので目が泳いでいるルイードだったが、それを見たシルビスはすぐさま便乗してきた。
「そうですよシスター。このおっさんは子どもたちを危険で常識はずれな救国の勇者にあずけて、とんでもない禁呪を伝授させた悪党ですからね! なんですか性別転換魔法って! それで一国全部男に変えたりしたら子孫が生まれなくて国家が滅びますよ! それとも女ばかりにしてハーレムとか作れちゃうやつですか!?」
「……あのなシルビス。俺を悪党って言うけどな、ここのガキどもの衣装とか巨大馬車ステージとかで大金使って影から支えただろうが! いつもみたいに偽悪者で必要悪でダークヒーローって言え!」
「そうですけど考えなしにお金使いすぎじゃないですか? 私達は完全に赤字ですよ?」
「ばっきゃろう! アイドルプロデュースに必要な経費ってやつだ! 金を掛けずにそのあたりの
「知りませんよ! てか私も自腹で宿取ったりしたんですから、後できっちりしっかり利子つけて返してくださいよ!」
「勝手についてきといてその言い草……まぁ、わかったわかった。後で払ってやんよ」
「うわー、その言い方、まったく信じられないから証文書いてくださいね」
「それが親分に言う言葉か、こんちくしょうめ!!」
二人がぎゃあぎゃあと喚きあうのを老修道女は微笑ましく見ている。
『もしかするとこの御方は神が遣わした救世主なのかも知れません。見た目と言動はウザいけど』
老修道女は心の底から感謝の祈りを捧げた。
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