第36話 ウザ絡みは他国でも

 帝国帝都の中心街にある冒険者ギルド。その端っこの西日が当たる席でルイードはふんぞり返っていた。奇しくもそこは王国のギルドでいつも座っている場所と同じだ。


 冒険者は各国の取り決めで簡単に越境できる身分を約束されているので、ルイードとシルビスも難なく王国から帝国にやってきた。しかも運賃が驚くほど高い飛竜を使って、だ。


「ルイードさん、私は何をするために帝国まで来たんですかぁ~」


 シルビスは大きな胸を丸テーブルの上に置くようにと座った。


「ついて来いなんて言ってねぇのに勝手に来といて、なんなんだよその態度は。てか、ちったぁ姿勢良く座れよ、恥ずかしい」

「はぁ? 恥ずかしい!? そんな野盗みたいな格好してるルイードさんに言われたくないんですけど!」

「ばっきゃろう。俺様のこれは万国共通でチンピラ冒険者の制服みたいなもんだろうが。」


 薄汚れた革鎧の上に毛皮のベストを羽織り、ボサボサに伸びた髪で顔を隠したルイードは確かにどこの国に行っても「汚らしいチンピラ冒険者」のイメージそのものだろう。


 だが、誰も知らない───その革鎧が大地龍ワンイボのダイヤモンドより硬い鱗の下にある龍皮で作られ、毛皮は走獣王シャオジャンから剥ぎ取った戦利品であることを。


「でー。これから何するんですかぁ~」

「決まってんだろ。ウザ絡みするんだよ」

「……は? こんな所まで来て!?」


 シルビスが言い終わる前にルイードは席を立ち、受付に並んでいる列の真ん中あたりにいる新人冒険者に絡んだ。


「どきな。てめぇみてぇな新人は列の最後に並び直せや。ひゃはっはっはっ(棒)」

「なんでだよ! 横入りするんじゃねぇよオッサン!」

「ンダコラクソガキャあ、ぶち殺されたくなかったら後ろにいけやボケェ(棒)」

「……」


 新人はキッとルイードを睨みつけたが、勝てる自信がないので列から離れようとした。しかしルイードはその足を引っ掛けて転倒させることで。ここまでやるとどんな新人も怒りに我を忘れて攻撃してくる。そしてルイードは体よく負けてその新人に自信をつけさせるのだ。


「どうしたぁ? 俺様に歯向かうのが怖いでちゅかぁ~? 俺みたいな余所者に舐められてスゴスゴ逃げるくらいなら冒険者なんかやってねぇで、帰ってママのおっぱいしゃぶってな! ついでに俺様にもしゃぶらせろ!(迫真)」

「俺に親なんていない! お世話になってる孤児院の経営のために稼ぎに来てんだよ!!」

「お、おう……」

「孤児院には明日食事があるかどうかもわからない子どもたちがたくさんいて、一銅貨1ジア程度にしかならない縄作りを朝から晩までやってるんだ! そんなのもうたくさんだ! 俺は冒険者になって稼いで、みんなを楽にしてやるんだ! 学校にだって行かせたい! 美味しいものを食べさせて暖かなベッドで眠っ───ちょ、え? なんで泣いてんの!?」

「ば、ばっきゃろう……俺様が泣くわきゃねぇだろばかやろう……ばかやろう……」


 鼻声でルイードは新人冒険者の手を掴み、その手の中に大金貨10万ジアを一枚握らせた。


「ちょーっとルイードさん! こっち来いや!!」


 シルビスは大慌てでルイードの腕を掴み、全力でギルドの外に連れ出して裏手まで引っ張った。


「あんた今のウザ絡みじゃなくて、完全に騙されやすくて涙もろいただのおっさんだったからね! なに大金貨なんて渡してんの!? あれって今回の旅費でしょ!? ばかじゃないの? ばっかじゃないの!?」

「おま、さっきから子分が親分に対して……」

「うっさい! どーすんの! 今夜から宿と食事はどーすんの!!」

「てかお前、勝手について来ておきながら、俺から宿と食事をたかるつもりだったのかよ!」


 ギルドの裏でギャーギャーやっていると、スッと影が二人を覆った。


 現れたのは冒険者ギルドの受付嬢だが、シルビスが口をあんぐりと開けて見上げるような背丈の鬼人オーガ種だ。なんせ、ヒュム種の中では大きい部類であるルイードですら、この受付嬢の胸元までしか届いていない。ちなみにシルビスは彼女の腰にも届いていない。


「お久しぶりですルイード様」

「よぉドゥルガー。久しぶりじゃねぇか」

「そちらは初めましてですね? 当ギルドの受付統括をしておりますドゥルガーです」


 自己紹介されてもシルビスは返答せずに見とれていた。ドゥルガーは巨大だが同性から見ても驚くほどの美人なのだ。


 エルフにも負けず劣らずの美貌には不釣り合いそうだが、戦士のような精悍さもある。例えるなら女でも惚れる姉御感が強い美女だ。


 そんな美人には似合わなそうな鬼人オーガ種特有の一本角ですら、ノーム種の角より美しい青みがかった金属のような色合いをしていて、まるで宝飾品のように見える。


 そんな美貌を持ちながらスタイルは抜群。普通のヒュム種サイズにスケールを変えればこれほど均整の取れた体つきはないだろう。しかもそれでいて胸はツンと高く張って制服の胸元がはち切れんばかり。シルビスの無駄にたゆんたゆん動き回る胸ではなく、パンっと張った胸だ。


「……」


 本能的に負けを認めたシルビスはシュンと項垂れ、それを見たドゥルガーは少しだけ目元をほころばせる。暗黙のうちに勝負は決したのだ。


「さて……。ルイード様がわざわざ帝国においでとは、何事でしょうか?」

「なんてこたぁねぇ。ちょっとウザ絡みしに来ただけさ」

「先程の新人に、ですか?」

「いいや、どこぞのお貴族様が俺の手下にちょっかい掛けてきたんだよ」

「手下……そちらのお嬢さんにですか?」

「いや。他にも三人くらい養うことになってなぁ。そいつらが───」

「なるほど、ついにハーレムを作られる時が来たのですね!」


 ドゥルガーはルイードの言葉を遮ってパァっと顔を明るくした。


 シルビスは「このパターンどこかで」と嫌な予感を隠せない。


「いつかルイード様はこの世にハーレムと言う名のエルドラドを作られると思っていました。今すぐ辞表を出してきますので私もその末席に加えていただきたいです! ルイード様とわちゃわちゃしたいです!」

「ちょい、ちょーい! 待て、待って! 俺はハーレムとか作らない! その三人ってのは男だからな!」

「男もたらしこむルイードさん……」


 ドゥルガーは精悍美人な顔を茹で上がらせるように赤くした。


「ちょっとルイードさん。あんた王国のカーリーさんといい、ここのドゥルガーさんといい、あちこちのギルドの受付統括をたらしこんでるわけ?」


 シルビスは白い目でルイードを見る。


「ば、馬鹿言うな。てか別に誰もたらしこんでねぇだろ! そして言い方! 俺親分、お前子分───うおっ!?」


 ルイードは突然ドゥルガーに抱き寄せられた。


「ルイード様。男も良いのですが私もぜひ」

「ふが! ふがっ!」


 ドゥルガーの圧倒的な胸の谷間に抱きしめられたルイードは、男なら誰でも羨む窒息への道を歩み始めるのであった。

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