第37話 ウザい眼差しは千里を走る
シルビスが「ルイードさんは男好きじゃないみたいですよ」と説明すると、ギルド受付統括のドゥルガーはすぐに納得し、胸の谷間に押し込めていたルイードを開放した。
「ドゥルガーさん、わざと混乱したふりをしてうちの親分を抱きしめませんでした?」
「ふふふ」
シルビスは直感的に「この女、カーリーさんよりしたたかだ!」と把握して警戒を強めた。
「そこに座ってくれ。ちゃんと説明する」
息を整えたルイードは、ギルド裏手のベンチに二人を座らせて、帝国に来た理由を説明した。
「なるほど、ルイードさんの仲間にちょっかいをかけているのはオータム男爵ですか。だとしたらその脱走したアイドル冒険者というのは、ガラバ、ビラン、アルダムですね?」
「へぇ、なんでわかったんだ?」
「ふふふ。ギルドの受付嬢は噂をよく耳にしますから。少し前に『オータム男爵が子飼いのアイドル冒険者から顔に泥を塗られた』という噂を聞いたことがありますし、その当事者の三人もよく存じております」
「どうして知ってるんだ?」
「ここは冒険者ギルドです。そしてその三人はここで登録して三等級まで上がった冒険者ですから、どちらかと言えば顔なじみですね。正直、よく今まで無事でいられたなと安堵しています」
「なるほど……っ?」
ここでルイードはドキッとした。
ドゥルガーからするとそのベンチは低くて小さい。そのせいか、不自然な格好で座ることになってしまい受付嬢の短いスカートの中身が見えてしまいそうなのだ。
「え、ええと。さすがドゥルガーだ。たくさんいる冒険者をよく覚えていられるもんだ。ああ、あいつらイケメンだからな~」
ルイードはドゥルガーを見ないように視線を反らしながら喋る。だからドゥルガーがわざとスカートをたくし上げ、長く伸びた脚を見せびらかしていることに気がついていない。
『この女、やりおる』
シルビスが白目を剥く中、ルイードは本題の話を始める。
「昨日の夜、オータム男爵の馬車が街中を走ってたんでチラ見してたんだが、俺の気配を感知したやつが馬車の中にいた。五キロは離れてた俺の気配に感づくなんて、相当な手練だと思うんだが、何者かわかるか?」
「……ちょっとまってください? そんな地平線ギリギリの距離から街の中を走る馬車が見えるんですか!?」
数多くの冒険者を見ているドゥルガーですら驚くルイードの身体能力である。だがシルビスはルイードとの短い付き合いの中で、その理不尽で非常識な能力を何度も見ているので「ふーん」としか思っていない。むしろ「自分のほうがルイードさんのことをよく知っている」という優越感を抱いた。
「ドゥルガーさんは知らないかもですけど、ルイードさんなら当然でしょうね。てか、このおっさんのアホみたいな視力ならここから王国も見えちゃうんじゃないですか~(笑)」
少し勝ち誇ったように、そしてなぜか小馬鹿にするようなウザい口調でシルビスが言うと、ルイードは少しムッとした顔で「できるが?」と返した。
「はぁ? いくらルイードさんでもそんなこと出来るわけないでしょ。私をからかってます? てか、さっきからチラチラとドゥルガーさんのパンツ見ようとスカートの中見てるでしょ!」
「ばっ、ちょ、そんなことしてねぇよ! 何突然ぶっこんできてんだよ!」
「女はそういう視線に敏感なんですぅ~!」
「てめぇ……じゃあ俺が何処まででも何でもまるっと見通せるって証明してやんよ!」
「どうぞ~」
「んじゃあ……。今、お前が履いてる下着は黄色のドロワーズ? ズロース? まぁ、そういうやつで、白いひらひらレースが……」
「ちちちちち、ちょっと! なんで私の下着を知ってんですか!! ボトムスだからパンツ覗けるわけないのに! どうして!!」
「まいったかこんにゃろめ。俺は千里眼でなんでもどこでも見通せるんだよ!」
「ばかじゃない! ばっかじゃない!? なんでそんなトンデモ能力で女の子の下着見てんですか! てかドゥルガーさんのパンツは見ないようにテレテレしてたのに、なんで私のは堂々と見てるんですか!」
「おこちゃま下着なんか見てもなんともねぇよバーカ」
「キィィィィ!! エロオヤジ! バーカバーカ!!」
そんな二人を見てドゥルガーは微笑んでいる。
「ふふふ。ルイード様にこれほど親しいお仲間がいるなんて、こんなにうれしいことはありません」
「おいおいドゥルガー。俺に仲間なんていつもいるだろうが。お前さんも知っての通り、魔王だって仲間と討伐したんだ。勝手に俺を一人ぼっちみたいな設定にしないでくれ」
「え!?」
ドゥルガーは目を丸くする。
「その話なら……ルイード様は一人で魔王討伐しようとされていたのに、それでは【稀人】が存在する意味がないって各国首脳の円卓会議で揉めに揉めて、なんとか選抜された最強の勇者たちを同行させたけど、結局ルイード様がお一人で魔王を倒してしまい、勇者たちは何もできずに見ていただけだったとか。果たしてそれは仲間と言えるのでしょうか?」
「ソンナノ、タダノ、ウワサ、ダヨ」
ドゥルガーの言葉が真実であることを裏付けるようにルイードはそっぽを向いた。
「それにルイード様が以前帝国にいらっしゃった頃は、ご自分で【
勇者たちとではなく一人で魔王を討伐したという驚愕の話よりも、その禁断の二つ名を聞いたインパクトの方が強すぎて、シルビスはブハッと吹き出してしまった。
「
「当て身!」
ルイードの手刀を首筋に食らってシルビスは笑ったままの顔で気を失い、ベンチに寝そべった。
「……今なぜ技名を言われたのですか?」
「んあ? 稀人の世界では当て身する時にはそうするのが礼儀らしいぜ」
「そ、そうですか。それにしてもなかなかウザい娘ですね。さすがルイード様。ウザ絡みの技はこの娘に継承されているのですね」
「いや、こいつのは天然のウザさだ」
「……だとしたらウザ絡みの逸材ですね」
「まー、なぁ」
ルイードは深い溜め息をついた。
「男爵の話から逸れちまうけど、こいつのことでも困ってんだよなぁ」
「なんでもお聞かせください。このドゥルガーが真摯に対応いたします!」
ギルドの受付統括としての顔になったドゥルガーは『ここでルイード様との親密度を上げたい』と真面目な顔をした。
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