第四章:帝国のオータム男爵物語

第35話 ウザい貴族ばかりしかいない

「金で帝国爵位を買った余所者」


 帝国社交界でオータム男爵はそのように陰口を叩かれている。


「そもそも下賤な冒険者を持ち上げて商売するなど、帝国貴族の風上にも置けぬわ」

「然り。しかし彼奴きゃつには帝国貴族の尊い血が入っていないとか」

「なるほど、風上どころか我々貴族と一緒にされては困るというものだ」

「然り、然り」


 社交場で陰口を叩く貴族たち。しかし本人には聞こえないと思っているようだが、オータム男爵は彼らから送られる侮蔑の眼差しを把握し、傍らに控える執事に指示を出していた。


「サンジョナぁ、あいつらの弱み掴んどいて」

「私はジョナサンでございますが、かしこまりました」


 初老の男はオータム男爵付きの執事という体裁で社交場に同行しているが、実は間者スパイでありシーマに依頼書を渡した男である。


 ジョナサンが社交場に視線を這わせると、かなり遠くにいる女給仕が目を合わせてきた。


 ───右手の柱の陰にいるツゥンク子爵家とヒャドゥイン男爵家のネタを洗え


 ジョナサンは唇だけを動かして声を出していない。女は読唇術でそれを読み取って薄く頭を下げて返答とする。もちろんこの女給仕はオータム男爵が組織させた間者部隊の一員で、ジョナサン配下の者である。


『それにしても貴族たちめ。あちこちで我が主の陰口を叩いているな』


 オータム男爵の悪口を囁いているのは柱の二人だけではない。ジョナサンは唇の動きだけで何を言っているのかわかるのだ。


『そんな主様に声をかけてくる貴族どもの殆どが金の無心かアイドルに会わせろという要求ばかり。そうでない貴族どもは主様を下賤と蔑んで話しかけもしない。中には露骨に悪口を言う愚か者もいる。どいつもこいつも……帝国の貴族は愚かだ』


 もしもジョナサンが帝王なら、ここに居並ぶ貴族たちの爵位と領地を取り上げ、見せしめに磔にしているところだ。


「私はそなたを帝国の希望と思っているのだよ。はっはっはっ」


 今、オータム男爵に心にもない媚を売っている相手は公爵家の大物だ。


『あの公爵家は領地運営にしくじっている上に王位継承争いにも破れそうで、やたらと金策に走っていると聞いているが……。主様に金の無心か』


 ジョナサンは舌打ちしたくなったが、オータム男爵にとって「公爵」という立場は十二分に価値を持つ。


 オータム男爵が「男爵」になれたのは帝国でも異例のことで、いくら帝国に益をもたらした偉人だとしても、慣例として爵位を持てるのはなのだ。


『いよいよ我が主様も公爵家の女をめとられるか』


 帝国では民草が爵位を得ることがある。だが彼らは授爵前に必ずどこかの貴族と血縁関係を結んで、自分が尊い血の中にいることを示す。それができないに与えられる爵位は一世代限りの「名誉騎士爵」くらいのものなのだ。


 だから、オータムが男爵になれたのは異例だ。


「ふん。俺が【稀人】だから血を帝国に残させるために爵位を与えて縛り付けようって魂胆だろ? いいじゃないか、その魂胆に乗っかってやるよ。どこぞの貴族の女を妻に迎えて、貴族社会の頂点に立ってやる。できるだけ爵位の高い家の女がいい。顔や体は二の次だ」


 以前、オータム男爵はそんな本音をジョナサンに漏らしたことがあった。


『確かに我が主は帝国の帝王になられるお方だ』


 上位貴族の顔色を窺い、有力派閥に取り入り、金をばらまき、アイドルを有力者にあてがって便宜を図ってもらうオータム男爵は、とても下劣な行いでのし上がっているように見えるだろう。だが、その手法で着実に派閥席次を上げているのは間違いない。


 さらに男爵は自分専用の間者スパイ部隊をジョナサンに作らせ、敵味方関係なく貴族たちの弱みを掴んだ。オータム男爵の政敵になると、その当人か家族のよからぬ話が表に出たり、突然の不幸が舞い込むのだ。


 帝国の社交界はすべて彼の掌の上。社交場は駒を使って敵を打ち取るための盤面なのだ。


 ───だが、そんなオータム男爵が自分の駒に手を噛まれるという事件があった。


 売れていないイケメンアイドル三人衆を貴族の夜伽に出したら、なんと土壇場で逃げ出して行方をくらませたのだ。


 飼い犬ではなく駒程度の存在に逆らわれたオータム男爵は激怒した。なんせ彼としては「貴族に気に入られたら多少は箔が付いて売れるだろう」という親心もあるつもりだったのだ。


「あいつら……。売れてない分際で逃げ出すなんて! この俺に対する裏切りだ!!」


 慌てて別のイケメンどころを揃えて事なきを得たが、貴族社会では一度の失敗で信用が失墜する。オータム男爵は危うくも犬以下の手駒扱いしていた売れないアイドル冒険者のせいで、今の地位を失いかけたのだ。


 オータム男爵は怒り心頭で、ジョナサンにイケメン三人衆を始末するように命じた。普段ならアイドル冒険者界隈から追放して二度と表舞台に上がれないようにするだけだが、今回は殺して他のアイドル冒険者達に対する見せしめにするつもりだった。


 だが簡単ではなかった。イケメン三人衆は売れなくても三等級冒険者になるだけあって、なかなか足取りをつかめなかった。


 こうして裏切り者たちに何ヶ月も逃亡され続けた結果、事情を伝え漏れ聞いた他のアイドルたちも態度を悪化させている。


「はぁ、またクソ貴族の夜伽ですか? 俺も逃亡しちゃおっかなー。ガラバたちが逃げられるくらいだから俺も当然余裕っしょ。むしろ男爵、俺にお小遣いくれたりしない? 夜伽は嫌だけど最近金なくってさぁ」

「貴族たちの写生大会で私はドロワーズ一枚でモデルに!? 娼婦じゃあるまいし嫌ですよ。無理やり行かされるのなら男爵の悪行を言いふらしますよ! 私だって三等級冒険者なんだから逃げながら世界中に言って回りますからね!」


 そんな風に逆らってきたアイドル冒険者は、悉く帝都の川に浮かんだ。表向きは泥酔して溺死したことになっているが、もちろんジョナサンが手を下して殺したのだ。


 死んだアイドル冒険者達の追悼コンサートも大成功を収めて更に儲かったが、これ以上手駒が離反するのは困る。早くイケメン三人衆を殺して規律を正したい───そんな折、彼らが王国のとある街に定住していることが判明した。


 ジョナサン配下の間者は全て三人組に顔バレしているので、組織外の間者を雇って暗殺することにした。その一時雇いの間者がシーマだ。


「で、首尾はどうなのよサンジョナ~」

「私はジョナサンでございます、ご主人さま……」


 社交場からの帰り道、馬車の中でオータム男爵から問いかけられたジョナサンは、どうして主が自分の名前を間違えるのか理解できなかった。男爵としては「ザギンでシースー」のような業界用語で呼んでるだけなのだが、理解が及ばないのだ。


「ったく、こっちの連中は業界用語わかってくれねぇなぁ。で? あのガキどもは痛めつけて殺したのか?」

「は。先日稀人拉致に失敗して帝国追放になったシーマという間者がちょうど王国に身を寄せておりましたので、その者に依頼して───」

「おいおいサンジョナぁ~。俺はじゃなくてを聞いてるの。現状はどうなってんのさぁ」

「大変申し訳ございません。まだ報告は届いておりません」

「頼むよサンジョナぁ」

「……!?」


 ジョナサンは突然男爵をかばうように馬車の扉に身を寄せた。


「ど、どしたのよサンジョナぁ~」

「……いえ。気のせいでございました」

「もうホントさぁ、頼むよサンジョナぁ」


 一瞬、何者かの視線を感じたジョナサンだったが、その気配は辿れなかった。


 だが、その感覚は正解だ。


 移動する馬車からはるか遠く。帝都の中央聖堂のとんがった塔の上に立つ【ウザ絡みのルイード】は、ジョナサンの動きを見てニヤリと悪い笑みを浮かべていた。

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