第30話 ウザい女強盗団を追いかけろ

 間者スパイであるシーマとその標的ターゲットの一人であるガラバは「女強盗団をとっ捕まえる」という共通の目的を持つことになった。


 シーマとしては女強盗団にさらわれてしまったビランとアルダムを取り戻して自分の手で始末しなければ「死んだかどうかわからないけどいなくなったし、多分殺されてる」では話にならない。


 それに比べてガラバの動機は単純明快で、今まで苦楽を共にしてきた仲間を助けたい。それだけだ。


「済まないなシーマンさん。害獣駆除は必ずやるが、今はこっちを優先させてもらうぜ」

「え? あ、ああ。私としてもああいう女たちは許せないからな。ぜひ協力させてもらおう」


 害獣駆除を名目にガラバたちを町の外に連れ出し、人のいない所で始末する───それをすっかりシーマは忘れていたらしく、どもりに吃った。しかしガラバは『この女、イケメンアイドル冒険者の俺と話して緊張してるんだな』と良いように捉えていた。


 女強盗団達を追って街の外に出た二人は、一定の距離を取って行き交う商人の馬車などに身を隠しながら尾行を続けた。


『この男、義賊というわけでもないだろうに、どうして尾行が上手いんだ?』


 シーマは隠密行動することが本職だが、ガラバは背中に下げている巨大な両手剣が物語るとおり戦士系だ。どうして戦士系がこれほど隠密行動を得意としているのか、シーマは気になって仕方なかった。


 気になって仕方ないのはガラバも同じだ。


『この女、なんでローブで顔も体も隠してんだ? 俺たち全員を一人ずつ指名した理由もわからん。それに、依頼人でもある冒険者が、自分とまったく関係ない揉め事に首を突っ込もうとしていることも解せん』


 口火を切ったのはガラバだった。


「なぁシーマンさん。どうして俺たちを次々に一人ずつ指名依頼したんだ?」

「あ、ええと。私は君たちのファンなんだ」

「依頼にかこつけて会いたかった的な?」

「そ、そうだ」

「全員一緒に呼ばなかったのは?」

「三対一とか厳しいだろ。相手するなら 一人ずつじゃないと……あ、いや、なんでもない!」


 シーマは本音が漏れてしまったことに唇を噛んだ。暗殺するのに相手が三人一緒だと、最初の一人は奇襲で殺せても後の二人に反撃されるか逃亡されてしまう。だから一人ずつ狙ったのだ。


『……一人ずつとは言え、俺達三人とことを考えてたのか。すげぇなこの女』


 ガラバはすっかり勘違いして「シーマンは俺達の体が目的」と思ってしまった。


 そうこうしているうちに女強盗団は何も知らないで鼻の下を伸ばしている冒険者を、街から数キロ離れた森の中に誘い込んでいた。


「この森の奥に炭焼き小屋があるのよ」

「誰も来ない私達だけのエリシオンよ~」

「そこで私達とイイコトしましょう~」

「体と体の境界線がわかんなくなるまでいやらしい汁でどろっどろに溶け合うの♡」


 美女たちの甘ったるい声とセクシーポーズで冒険者は思考停止したらしく、ほいほいと森の中に入った。その後ろで女達は目配せしあっていつでも武器を使えるようにしている。


「俺の仲間も炭焼き小屋の中か」

「あるいは殺されたか……」

「腐ってもあいつらは三等級冒険者だぜ? あの程度の女達に殺されるなんてことは……ないと思いたい」


 シーマとしてはビランとアルダムは死んでいてくれたほうがありがたいが、少なくとも自分の目で死体を確認しなければならない。死んだと思っていたら生きていたというのが一番始末が悪い結果になる。その場合「依頼人を騙した」ということになり、次にオータム男爵の手の者から狙われるのは自分になるのだ。


 オータム男爵から狙われたらきっと生きていけない。依頼書を持ってきた初老の男ですら確実にシーマより出来る間者だったし、男爵自身は帝国にいながらも遠く離れた王国の者を殺せるほどの人脈を持っている。男爵に狙われたら安心して寝ることも便所に行くことも出来なくなるし、どんな食事にも毒が入っていることを疑わなければならない。


『くそっ、あの女どものせいでややこしいことになってしまった!』


 シーマは腰に下げている手のひらサイズの筒に手をかけた。


 これはニードルナイフという武器で、筒の中から針が飛び出す仕組みになっている。これは相手が鎧を着ていようと隙間から刺すことが出来るし、見た目の細さからは想像できないくらい固くて重い。人混みですれ違いざまに刺すのにも向いている隠し武器、つまり「暗器」だ。


 それと反比例するかのように大きく派手な装飾のついた武器を構えるガラバ。その両手剣に当たればプレートメイルもひん曲がるという超重武器だ。


「あの冒険者には悪いが、女達が本当に強盗団なのかどうか確かめてから突っ込む。勘違いがあったらいけないからな」


 木陰に潜んで様子を見るガラバは、シーマが想像しているより冷静だった。


「ヒャッハー!!」


 炭焼き小屋の前で女達が豹変し、ずっと女達のケツを触りながら歩いていた冒険者を取り囲んだ。


「え?」

「散々私のケツを触りやがって!」


 蹴り飛ばされ、倒れたところを四人掛かりでトゥキックされた冒険者は「ひぃぃ」と悲鳴を上げた。


「これ以上怪我したくなかったら全部差し出しな!」


 可愛らしいリボンや花柄を付けておきながら突然唾を吐き捨てながら目つきを鋭くした女達を見て、蹴り倒された冒険者はすぐさま剣や鎧を差し出した。


「全部だっつってんだろボケぇ!!」


 結果、下着も財布も全部取られて全裸にされた冒険者は両手両足を縛られて炭焼き小屋に叩き込まれた。


「あたしらが街を出ていく頃には誰か来てくれるだろうさ。キャハハハハ!」

「それまで男同士でむさ苦しくそこで固まってるんだな」

「うわ、小便にまみれてきったねぇwwww」

「そりゃ両手両足しばってうごけないんだもん、ここで垂れ流すしかないよね~ アハハハハハ!!」


 ガラバとシーマが隠れている位置から、小屋の中が少しだけ見えたが、他に何人もの男が入れられているようだ。


「あの中にビランとアルダムもいるみたいだな。まったく情けねぇ」


 朝までした後の賢者モードであるがゆえに、こんな美人局に引っかかった仲間二人を情けなく思うが、普段のガラバだったら誰よりも先に引っかかっている。


 女強盗団は「アホな男どもの装備を換金しよう」とか「そろそろ次の街に行く」とか話し合っているようだ。


「あの女達に逃げられたら面倒だ。ここで引導を渡そう」


 シーマは黒ローブのフードを取って顔を晒した。


「!」


 ガラバは今の状況を忘れて息を呑んだ。


 同じ生き物とは思えない美しい目鼻立ち。汗が宝石のように輝く褐色の肌。ヒュム種より長い耳はその魅力を何倍にも引き上げるアクセサリーのように見える。


 スヴァルトアールヴ種。エルフ種とは全く別の種族だが共に「美しい」「背が高い」「痩身痩躯」という特徴があるためダークエルフ種とも呼ばれているが少数種族なので滅多に見ることはない。


『う、うつくしい』


 シーマから「行くぞ」と声をかけられるまで、ガラバはその美貌に見とれていた。

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