第三章:アイドル冒険者の物語

第23話 ウザ絡みは子分を教育する

「おいおい、ここは託児所かぁ~? ド素人が来るところじゃねぇんだよ、おお~ん?(棒)」


 いつものように【ウザ絡みのルイード】が、依頼掲示板前にいる見知らぬ顔の若者たちに絡む。この街の東の冒険者ギルドでは日常的な光景だ。


 しかし新参者であろう冒険者たちは迷惑そうな顔を隠さない。その顔つきはまだ幼くニキビも消えていない。ルイードからするとまったくの子どもだ。おそらくは下限年齢ギリギリで職業訓練を卒業したばかりだろう。その真新しい装備品からしても実戦経験はないと思える。


「あの……なにか……」


 おどおどと応じる辺りがますます初々しくてルイードは嬉しくなった。


 彼がやるウザ絡みの殆どは「まだ冒険者になりたてで自信のない連中に絡んではわざと負けて、自分でも勝てるんだという自信をつけさせる」ことを目的としている。また、「こんなチンピラみたいな冒険者にはならないようにしよう」「ウザいやつに絡まれたら無視しよう」といった反面教師的な立場にもなっている。


 だから、ルイードのことをよく知っているギルド内の冒険者たちは「また新人教育してるよ」と温かい眼差しで見守っている。それはギルド職員たちも同じだ。


 ───しかしそれはルイード一人の時だけだ。


「やいこらてめぇら。頭が高いんだよ! こちらのお方は【ウザ絡みのルイード】様だぞ!」

「そして俺たちはルイード様の子分だ!」

「俺たちに楯突こうってのか、ああん?」


 まだ相手が何も言っていないのに必要以上にウザ絡みを始めたのは、ルイードの後ろでふんぞり返っているイケメン三人組だ。


 三人三様に顔立ちがいいので、チンピラのようにウザ絡みするには向かないように思えるが、顔立ちが整っている分だけ逆にウザさが倍増している。


 ルイードは「いい人材をみっけた」とほくそ笑んで仲間に迎え入れたが、彼らの評判は悪い。疑似チンピラ冒険者ではあるが、本当に理不尽で他人をイライラさせるウザさなのだ。


「おいおい、こんな子ども相手に大人四人が負けるって、それは流石にわざとらしすぎるだろ。ここは俺だけでいいんだ、引っ込んでろ」


 小声でイケメンたちに下がるように言う。彼らはどうにもルイードがやっていることの本質がわかっていないようなのだ。そしてもう一人……。


「ちょっとガキども」


 シルビスが角に巻いたリボンを指先でいじりながら現れた時、ルイードはこの先の展開が読めて手で顔を覆った。


「あんたたちもしかして『なにも迷惑かけてないのに加齢臭のするおっさんたちに絡まれて不幸です』とか思ってる? ばっかじゃないの! あんたたちがいつまでも依頼掲示板の前を独占してあーでもないこーでもないってやってるけど、他の冒険者が掲示板見れなくてクッソ迷惑だってわかってる? それにあんたら程度が依頼を選べると思ってんの? さっさと公共トイレ掃除の依頼書持って受付に行きなさいよ! さもないとおっさんたちの加齢臭たっぷりの胸毛にあんたらの鼻っ面こすりつけるからね!!」


 棒読みのセリフではなくガチで威嚇するシルビスに、若者たちは怯えながら依頼書を掴んで受付に走っていった。


「ふふん。どうですかルイードさん。私のウザ絡みも随分レベル上がったんじゃないですか? あれ、ルイードさん?」


 胸をたるるんと振りながら満面の笑みを浮かべるシルビスだったが「加齢臭のするおっさん」と称されたルイードはもちろん、イケメンたちもその同類にされたことでかなりのダメージを受けていた。彼女の「全方位攻撃型の毒舌を吐き散らすウザさ」は天下一品なのだ。


「あのなぁシルビス。今のはウザ絡みじゃなくてただの注意だろうが」


 精神ダメージから立ち直ったルイードはボサボサの髪を掻きむしりながら言う。


「え~? 目的は同じですよね?」

「いやいや、俺がやってるのは新人に自信をつけさせることでだなぁ……」

「ルイードさんはそう言いながら冒険者の常識も教えてますよね? 私にも教えてくれましたよね?」

「そりゃそうだが、それはついでで……」

「じゃ、いいじゃないですか」

「いや、やり方がだな。身を持ってわからせないと、注意されたくらいで理解できるようなやつが冒険者なんて荒くれの仕事には就かないんだよ」

「私は冒険者やれてますよ?」

「え、今、お前の話してたっけ?」

「それに私は品行方正な淑女です~!」

「品行方正な淑女は『てめぇの粗末なち◯ち◯に串刺して、もぎ取ったキ◯タマと一緒に炭火で焼いてオークに食わせるぞ!』なんてことは言わねぇよ!」


 シルビスはまだ五等級で、戦闘力はそのあたりの新米たちと大差ない。だがとにかく毒舌がきつい。相手を言い負かして心を折るためであれば、本質とは違う話題に切り替えることもあるし、口論では禁じ手である「相手の外見や身体などの特徴を攻撃する」ことも辞さない。


 さらに恐ろしいことに、彼女はそれを何一つ思考することなく本能と条件反射でやっている。まさに悪口と毒舌を吐き散らすためだけに生まれてきたような女だ。これで性根が善人でなければルイードが叩き切って殺していたかも知れない。


「ちょっとお前ら、裏に来い」


 ルイードはシルビスとイケメン三人衆をギルドの裏手に呼びつけた。


 いつの間にか薔薇のアーチまで作られて、冒険者ギルドの裏とは思えないほど乙女チックに飾り立てられていたので、ルイードは「何だこれは」と小声でこぼしたが、今はそれより大事な話をしなければならない。


「いいかオメェら。俺がやっていることは必要悪だ。シルビスの言葉を借りるなら偽悪者ってやつだ。だから時と場合と相手を見てから絡む必要がある。オメェらが絡んでいいときは俺が目線を飛ばすから、それまでは素知らぬ顔してろ。わかったな?」

「えー、私は役に立ってると思いますよ~」

「いや、シルビスも出しゃばられると迷惑だ」

「えー!?」

「えーじゃない。俺の言う事を聞かないと、子分だなんて名乗らせねぇぞ?」

「………わかりましたよ」


 シルビスは渋々了承した。


「よし。それと三人衆」

「はい」

「はい」

「はい」

「お前ら……名前なんだっけ」

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