第21話 ウザ絡みは悪魔ではないんだが

「……はぁぁぁぁ!? なにしてんですかルイードさん! なんでこいつらの親分気取りで立ち上がってんですか!」


 シルビスはダンとテーブルを叩きながら立ち上がり、ルイードの腕を引っ張るがやっぱりびくともしない。


「ちょっと座ってくださいよ! てか座れ! こいつらが巻いた種をルイードさんがどうこうする必要ないんだから!」

「俺が前に言ったこと忘れたのかよ」


 ルイードは自分の腕を胸の谷間に挟んで引っ張ろうとするシルビスの耳元に顔を近づけて、小声で囁いた。


 その低く錆びたいい声がシルビスの耳の中で反響し「俺が前に言ったこと忘れたのかよ(忘れたのかよ……)」と、まるで恋人にささやくような声色に脳内変換され、顔が赤くなっていく。


「てか、お前が俺に賭けて全財産飛ばした後に言っただろうが。アバンが心を入れ替えて強くなったら次の決闘で俺を打ち負かして自信を取り戻させるって。その筋書きはまだ生きてるんだよ」

「は、はい……」


 もじもじしながら内股でいつもの席に座り直すシルビスを見て、イケメン三人組が「?」となっている間にルイードはアバンと対峙していた。


「あんたがこの三人の親玉だなッ(棒)」

「だったらなんだってんだ、ああん?(棒)」

「決闘…「上等だ!」


 アバンのセリフを食い気味にルイードが言うと、ギルド内がひゅ~と湧いた。


「ウザ絡みのルイードと、救国の勇者たちに職業訓練を受けたアバンの決闘だ!」

「いやいや、勝負にならんだろ。相手は救国の勇者たちの手ほどきを受けてんだぞ」

「どうかなぁ? 稀人詐称してたようなやつだし、その話も本当なんだかどうか……」

「なんにしてもみんなも受けたような職業訓練を受けただけだろ? 冒険者としては実戦経験なしのガキだし、大したことねぇだろ」

「それに比べてルイードは熟練……って、あいつの等級なんだっけ?」


 ギルド内がワイワイする中、いつの間にかイケメン三人組が依頼掲示板の前に立ち、掛け金を回収して配当金を黒板に書いている。


「おいおい、に賭けるやつは他にいねぇのかよ!」

「今に賭けると大金持ちだぜ!」

「まぁに賭けるくらいならルイードに賭けといて少し小遣い増やすってのが賢明な冒険者だけど、冒険者なら冒険しろよ! 賭けにならねぇだろうが!」


 そんなイケメン三人組の前にシルビスが立つ。


「アバンの勝ちに全部よ」


 革袋に詰まった金は大銀貨1000ジア七十五枚。一家族四人で約三ヶ月分の食費にもなる大金だ。


 地味に冒険者の依頼を受けて稼いできた金だが、これが今の配当金でいけば二倍どころか二十倍以上になる可能性だってある。もちろん賭けに負けたら全額失うのだが、シルビスは臆さなかった。ルイードに賭けている過半数からは「いいカモが来た」と口笛を鳴らされたが、胸を突き出してドヤ顔しているくらいだ。


『ルイードさんに勝てるやつがいるわけないけど、アバンの教育のために絶対負けるって言ってたし! くっくっくっ、アホな冒険者連中の泣き叫ぶ顔が目に浮かぶわ』


 ニマニマしていたシルビスの表情は、その日の午後にはアワアワと青ざめていた。


 街の訓練場は魔術師が使う戦術級攻撃魔法に耐えられるように、高度な対魔法結界紋様が組んである。その紋様が刻まれた壁から外に魔法の効果は及ばない。だが───


「偉大なる八つの地獄よ! 我は命じ我は願い我は乞う! 怨敵を滅ぼすその業火を降り注がん! 響け獄炎乱舞!!」


 アバンが詠唱して呼び起こした位階第七階層の攻撃魔法は訓練場どころか街全体に響き渡り、物理的には訓練場の壁に亀裂が入り地面が融解した。


 観客席にいた冒険者や街の者たちは、アバンの強大な魔法の力に逃げ惑うことも忘れて呆然としている。だが───


「んおらしゃああああああ!!」


 その爆炎を気合一閃で吹き飛ばしたルイードは「まだくっそ長い呪文詠唱なんてやってんのかよ若造」とせせら笑っている。


「ま、まだ僕は無詠唱できる境地じゃないですよ、ルイード

「ばっかお前! 俺になんてつけるんじゃねぇ」

「で、ですがあなたはアークマ……」


 アークマスターと言い終わる前にぶん殴られて、アバンの体は闘技場の壁に激突した。その衝撃と振動で観覧席に亀裂が入るが、誰もそこを動けない。次元の違う戦いに魅入られて瞬きすることも忘れているのだ。


「ほう、【防気】をまとわせられるようになってんじゃねぇか。どうだ、それがあればシルビスが買ってきた安物の武器や防具でも一流品みたいだろ」

「お褒め頂いて光栄の至りです、アークマ……」

「それを言うなっつってんだろ馬鹿かてめぇわ!!」


 またしてもアークマスターと言い終わる前に蹴り飛ばされ、何度も地面でバウンドしながら反対側の壁に激突する。


 その様子を見ていた観覧席の人々は口々に「アークマ?」「アクマ?」「悪魔!?」と不穏な言葉をつぶやいているが、それは戦っている二人の耳には届いていない。


 ルイードが「アークマスター」であることは隠された事実である。人々が気がついたらまずいと思ったのか、シルビスが場をごまかすために「アークマ♪ アクマ、アクマ♪(高収入~)」と歌い出したせいで、ルイード一味は人々から【アークマ】というパーティ名だと思われることになってしまうのだが、それはまた先の話である。

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