第19話 ウザ絡みは密談が似合ってる

 冒険者ギルドの受付統括役のカーリーと密談する場所はギルドの裏側だと決まっている。


 本来はハードボイルドに壁に背を預け、立ったままひそひそと言葉を交わして、素知らぬ顔して立ち去るのが二人の密談方法だった。


 だが、どういうわけか最近テーブルと二組の椅子が置かれ、今日はそれがグレードアップしていたのでルイードは面食らっている。


 簡素だったテーブルは鉄ごしらえの上等なものになり、その上には複雑な模様を編み込んだレースのテーブルクロスがかけられ、その中央には上品に一輪挿しが置かれている。


 さらに貴族の茶会のように紅茶が差し出され、受付嬢二人がメイドのように少し離れたところで突っ立ったまま待機している。


「アバンの首尾はどう?」


 品よくティーカップを傾けたカーリーは、いつもの鉄面皮でルイードを見る。理由はわからないが執務服ではなく豪奢なドレスを着込んでいるので、本当に貴族のお嬢様のようである。


『こいつ、人前ではかたっ苦しい敬語だけど、二人になるとこんな感じなんだよなぁ。普段からこれだけ砕けた喋り方してりゃもっと人気があるだろうに』


「なに?」

「い、いやなんでもない。ええと、アバンか。アバンだよな。あいつは職業ジョブ訓練を受けてる最中だが、卒業するまでには随分時間がかかるはずだ」

「時間がかかる? 普通は二週間で済むはずでしょう?」

「普通はそうなんだが、指導員が提示している卒業までのハードルが高いらしくってよ」

「そうなの?」

「ああ。マスタークラスなら新人指導できるっていうから、俺の知り合いに頼んだが、やたら厳しくてよ」

「……あなたの知り合いって、嫌な予感しかしないけど、誰に頼んだのかしら」

「アヤカっていう戦士だが?」


 カーリーはぴくりと眉を動かした。


「まさかとは思うけど、王国最強の女戦士で【青の一角獣】血盟クランの血盟主で、先の魔王討伐に参加したのアヤカ様じゃないでしょうね?」

「まぁ、それだ」


 思わず目頭をつまんで目眩をこらえるカーリーは、ルイードに向き直った。


「たしかにアヤカ様なら戦士職のマスタークラスですけど、どこのアホが救国の勇者様にあんなド素人を預けるの」

「そう驚くことはないだろ。あいつも自分の血盟で若手を指導しているわけだからついでだよ、ついで」

「そういうことなら、まぁ……」

「あと、冒険者には探索術が必須だからユーカにも指導してもらってる」

「ちょっと待って。もしかしなくても猫人種フェルプールだけで構成された血盟【見えない爪】の主、ユーカ様のこと? あの方も救国の勇者なのよ?」

「そうかもしれねぇが、あいつ最近は部下に仕事を押し付けて暇そうにしてたから、丁度いいんだよ」

「そ、そう。アバンは幸運ね。そのお二人の手元から卒業したというだけで三等級レベルの実力者と同等だわ」

「え、マジか。それは困った」


 ルイードは一気に流し込んで空っぽにしたティーカップを置くと、すぐに受付嬢が現れてティーポットからおかわりを注ぎ、また「何も見てない」「何も聞いてない」「何も言わない」とでもアピールしたいのか、また離れて彫刻のよう立ち尽くした。


「なぁ。カーリー。あの娘たち、どうしてあんなにメイドが似合うんだ?」

「受付嬢になる前はメイドだったのよ。そんなことより、あなたが困るのであれば私の権限でアバンは何が何でも五等級スタートにさせるけど?」

「お、おう? まぁとにかくアバンにはそうしといてくれ。せっかく調教してるのに増長されちゃかなわんからな。あ、それと念の為に報告しておくが、冒険につきものの怪我に対処できるように、サマトリア教会のシホにも治癒魔法を教えさせてるぜ」

「は? まさか聖女様をこき使ってるの!?」

「こき使うって……。人聞きの悪いこと言うなよ」

「いくら魔王討伐のお仲間だったとは言え、聖女様は王族より身分の高いお方だって、わかってる!?」


 カーリーが目を剥くのも当然だ。サマトリア教会の聖女や教皇は「神の代行者」という立ち位置にあるので、王国の支配者である王や王妃より位が高いのだ。


「まぁいいじゃないか。それと……」

「まだあるの!?」

「最後だ最後。シュンに魔法を教えさせてるってだけだ」

「その方も魔術師ギルドの総帥よ」

「まぁそうなんだが。ションベン垂れのガキが今じゃ総帥だから、笑えるぜ」

「全員救国の勇者様なのよ? そんな人達に指導させるなんて、アバンをどうしたいの!?」

「え、別に? 普通に冒険者として一端にするって約束しただけだぜ」

「価値が分かってないのかしら。その方々の指導を受けられるのなら、白金貨100万ジアを何枚でも払う人が何人もいるわよ」


 カーリーが呆れたように言うとルイードは「ははは、そんな馬鹿な」と信じない。彼はかつての自分の仲間たちが今どれほどの地位にいるのか理解できていないのかも知れない。


 だが、カーリーはそれを正そうとしなかった。そんな些事はルイードにとってどうでもいいことだし、救国の勇者たちを育て上げたのは他ならぬルイードだから文句のつけようもないのだ。


「そもそもアバンはあなたが教育したほうが良かったのでは?」

「俺はマスタークラスじゃないからな」

「……あなたはマスタークラスの上にいる唯一のアークマスターで、しかも一等級を超えた【特級】の冒険者じゃないの。マスタークラスなんて足元にも及ばないのに、その自覚がないの?」

「そういう肩書きは面倒くさいし、立場とかしがらみとか心底嫌なんだよ。俺が英雄だとかアークマスターだとか、他で言ってくれるなよ」


 ずいと顔を近づけられて、ボサボサの髪越しにその端正な顔を見た鉄面皮の女エルフは「トゥンク」と擬音が出るほど胸を小さく高鳴らせ、か細い声と赤くなった顔で


「も、もちろんよ」


 と言うので精一杯だった。

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