第15話 ウザ絡みは敗者を気にかける

 勝手に賭けて勝手に破産したシルビスは「今夜から宿をどうしよう……うぅ」と目も当てられないほど憔悴しきって涙目になっていた。仕方なくルイードは彼女にとあるおつかいを命じて「残金をお前の小遣いにしていいから安くていいもの買ってこい」と送り出した。


「計画通り」と悪い顔をしながらスキップするシルビスを見送りギルドに戻ると、先程の決闘はもう噂になっていた。


「なぁ、ギルドに巣食って新人イビリしている【ウザ絡みのルイード】とかいう中年チンピラ冒険者、お前知ってるか?」

「名前だけは知ってるけど、俺は長期任務で街を離れることが多いから、どんなやつなのかは知らないぜ?」

「まぁ聞けよ。今日、そのチンピラ冒険者に正義感振りかざして決闘を挑んだ【稀人】様がいてな」

「マジかよ。【ウザ絡み】はボコボコにされちまったか?」

「いやいやここからが面白い話よ。なんと、その稀人様はチンピラ風情に決闘を申し出たくせに負けたんだわ。しかもボロ負け。精霊の加護付きだって自慢してた盾は割られ、剣も折られたって話だ」

「おいおい……。ウザ絡みのやつはそんなに強いのか!?」

「違う違う。くひ……くひひひ……。実はな、稀人様が激弱だったんだよ」

「マジかよwww」

「最初はウザ絡みのやつが稀人様の武器に細工でもして勝ったんじゃねぇかって話だったんだが、その【稀人】様ってのがまだ無級のペーペーだったらしくってな」

「うはwww そんなやつがなんで決闘なんか申し出たんだよwww」

「バカだったんだろwww おかげで稀人様たちの評判もガタ落ちでさ、街に何人かいる稀人様たちから呼び出されてめちゃくちゃ説教されたらしいぜ」


 ルイードがいつも座っている「いつも倒される役目のテーブル」の近くでそんな話をしている冒険者達がいる。辺りを見回すと、どうやら決闘の発端になったイケメン三人組が吹聴して回っているようだ。


「このガキ、めっちゃ泣いてなかった?wwww」

「容赦ねぇよなルイードさんwwww」

「マジでルイードさんリスペクトだってwwww なぁ、そう思うよなぁ、アバン先生よぉ」


 どうやらイケメンたちは涙目になっているアバンを虐めているようだ。


「おい、そこの負け犬。ちょっとツラ貸せや」


 ルイードが助け船を出すとイケメンたちが何を勘違いしたのか「ヒュ~」と口笛を吹いて囃し立てる。


 アバンは意気消沈したままルイードが座っている対面に座り、下唇を噛みながらうつむいた。


「……」


 自分より随分若い前途のある若者がこうまで落ち込んでいるのを見るのは忍びない。


「おいこらてめぇ、なにか言いたいことがあるのならこのルイード様が聞いてろうじゃねぇか? おおん?(棒)」


 ウザ絡みの威厳を取り繕いながら気にかける。ここにシルビスが同席していたらルイードの演技力のなさに白けた顔をしていたかもしれないが、アバンはわざとらしい演技に気が付くことなく悔しさをにじませながら口を開いた。


「僕はお前に負けた。お前は誰もが知る迷惑者で、僕はそれを正義の代行者として打ち勝つ……はずだったんだ」

「いやいや、お前ごときが俺に勝てる勝算があったのかよ」

「……ない」


 ルイードは喉の手前まで「バカ」という単語が出てきそうになったがグッと飲み込んだ。すでに落ち込んでいる若者をこれ以上追い込むのは良くないし、なんとかして「一旦は反省し(いまここ)、ちゃんと修練を積み(これからの指標)、ルイードと再戦しこれを打ち負かして自信を取り戻す(目的)」というパターンを踏みたいのだ。


 とにかくここでやる気を無くされては困るので、叱らなくていいように話題を変えた。


「あー、若造。そういえばあの剣と盾はそこらへんで売ってる普通の品だったろ。精霊の加護なんてついてなかったんじゃねぇか?」

「店の者がそう言っていたから信じて買ったけど、そんなものはないって使いながら薄々思ってた……」

「バ……」


 グッと言葉を飲み込み直す。


 完全にぼったくられているのだが、この場合は目利きが出来ないほうが悪い。うかつにも商売人の言葉を信用したアバンがバカなのだ。


「そ、それにしてもよぉ。おめぇは大手血盟クランの血盟主たちから説教されたんだろ? 最強の稀人で【勇者】って言われてる連中に会えた気分はどうだった? ん? 聞かせてみ?」


 ルイード的にこれは煽りではない。


 彼は昔の魔王討伐仲間に「アバンが正義感振り回してバカなことしないように言っといてくれ」と伝えた。その結果、アバンは呼び出しを食らって説教されたはずだ。稀人至上主義のアバンなら、稀人の代表格である彼らの説教なら耳を傾けるだろうというルイードの計らいだ。


 だが、アバンの様子がおかしい。


 稀人の品位を損なう行動をするなとか、郷に入っては郷に従えとか、そういう説教をされたのだと思っていたルイードは『あいつら、アバンに何を言ったんだ?』と疑問になる。


「……バレた」


 ボソリとアバンは言う。周りを気にしているのか、蚊の鳴くような小さな声だった。


「なんだって? ギルドの中はうるさいんだ。もっと大きな声で言えよ」

「僕が稀人じゃないなんて、大きな声で言えるわけないだろ!」


 力強い小声で告白されたルイードは、「え?」と間抜けな顔になった。

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