第14話 ウザ絡みの子分は思い切りがいい

 街の訓練場。ここの領主が私財を投じて作らせた場所で、平時は衛兵や冒険者たちが使っているが、たまに闘技大会や演劇やオペラが行われる「街のエンターテインメント施設」でもある。


 正午の日が高く登り、少し体を動かすとじわりと汗ばむ陽気だが、ルイードとアバンは「決闘」を繰り広げていた。


「自分より明らかに経験を持っている相手を敬え!」

「僕のほうが優れているに違いない! 稀人なんだから!」


「自分より経験値がない相手でも、別の経験を持っていると知れ! なんでも自分が優れていると思うな!」

「稀人の僕より優れている者なんていない!」


「もっと慎重に行動しろ! お前のやってることは泥棒の前に財布を置いて便所に行く馬鹿と同じだぞ!」

「僕はそんな間抜けじゃない! どんな困難も切り抜けられる自信がある!」


「実力もないくせに実力以上のことをしようとするな! 命を張る冒険者にそんなパワーレベリングが許されると思ってんのか!」

「僕の実力はこれから世界が認めることになるんだ!」


 そんな言葉を交わしながら、剣と剣を叩きつけ合う二人。


 それを観客のように遠巻きに眺めているのはシルビスだけではない。訓練の手を止めた衛兵や冒険者たちが大勢いる。彼らはたまに行われる決闘で賭博を楽しんでおり、自分の金を賭けているから外野でも熱い野次を入れている。


「へいへいアバンちゃんよぉ、手が止まってるぜぇー」

「ウザ絡みのルイードは戦いながらもウザいんだな……」

「お前、本当に稀人かよ! ルイードくらいふっとばして俺たちをスカッとさせろや!!」


 ちなみに一番野次を入れているのは三人組のイケメン三等級冒険者たちだ。


「てか、あんたらのせいでこうなってんだけど」


 シルビスが憮然となって睨みつけても、イケメンたちは我関せずだった。


「それにしてもルイードさん、手を抜きすぎでしょ……」


 シルビスが言う通りで、ルイードは限界まで手加減していた。しかしそれに対するアバンは手抜きしているルイードの剣閃ですら、盾で防ぐので精一杯だ。


「くっ、チンピラ冒険者の分際で! 僕は正義の代行者だぞ!」

「なぁにが『僕は正義の代行者』だよボケ! 自分の正義を他人に押し付けてるだけじゃねぇか!」


 フンス!と鼻息荒く叩きつけたルイードの「刃を潰した剣」は、アバンが持つ盾を真っ二つにした。


「なっ!」

「……(やべ、少し力入りすぎたか)」


 愕然とするアバンだが、小型円盾などルイードじゃなくても粉砕できる。それがであれば。


 アバンはもともと鋼鉄の盾を装備していた。しかし、それがあまりにも重くて実戦で扱いきれないばかりか携行することもしんどくなったので、武具屋に売り飛ばした。


 その際に見つけたこの盾は「精霊の加護付き」という名品で、殆どの衝撃を抑え込み、どんな剣や矢も通さない。とても軽くて強靭な「レアアイテム」だ。


 それがパカーンと割れた。


「僕の盾を割るなんて! お前はどんな小細工をしたんだ!! くそっ、高かったのに!!」

「そっちの剣も折っとくか? ああん?」

「やれるもんならやってみろくそやろう!!」

「おいおい、稀人様がそんな汚い言葉を使っちゃだめだろうが」


 ルイードは紫電一閃……という感じでもなく軽く剣を振り下ろしただけで、アバンの剣を叩き折った。


「なっ」


 愕然とするアバンは脳内で自分の財を数え直した。戦闘系冒険者にとって武器は命。それがないと働けないのだから当然とも言える。


「よくも僕の商売道具を! この卑怯者!!」

「俺がなんか卑怯なことをしたか? そもそもはお前が決闘を申し込んできたからじゃねぇか。逆恨みするんじゃねぇよ」

「くそ! ちくしょう!!」


 決闘はアバンの負けである。素手で挑んでくるかと思ったら、武器を失った喪失感は大きかったらしく、その場に膝を落としてしまったのだ。


「ヒャッホー! 賭けは俺の勝ちだぜ」

「くそっ、あのおっさんが無様に負けるところを見たかったのに」

「なにが稀人だよ。あいつ本当に稀人なのか?」


 イケメン三人組が去っていき、シルビスが突進してくる。


「ちょっといいですかルイードさん」

「はい」


 あまりの気迫で迫られて素で返したルイードは、そのまま腕を掴まれて引っ張られたが、非力なシルビスでは動かせない。


「ちょっと来いっつってんだよこんにゃろう!」

「親分と部下の設定は何処行った……」


 うなだれるアバンを放置して訓練場の端に移動した二人。そこでシルビスは小声でルイードに文句を言った。


「負けてやるんじゃなかったんですか? さっきの私との会話劇はなんだったんですか!」

「誰もここで負けてやるとは言ってないだろうが。決闘して負けたら相手より格下になるが、決闘ってのは何度やってもいいんだ。あいつは心を入れ替えて強くなり、次の決闘で俺を打ち負かすって筋書きだ」

「なんでそれを先に言わない! なんでそれを先に言わない!」

「二度言った……ってかそんなに怒って涙目って、もしかしてお前、賭けてたのか」

「ルイードさんが負けるって言ってたからアバンの勝ちに全財産を!! 全財産をおおおお!」


 ルイードは子分シルビスの恨み節を今日一日聞き続けることになった。

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