第13話 ウザ絡みと言ったらやっぱり決闘だよね

 決闘。それは冒険者同士が争った時に遺恨を残さないように「戦って決着をつける」という非公式な慣習である。


 非公式な、というのは冒険者ギルドはそれに一切関与しないからだ。しかしいつの頃からか冒険者が自分たちで定めたこのローカルルールは世間一般に浸透して、実質的に公的なものになっている。


 決闘には最低限のルールがある。


 ・衆人環視の中、日時を定めて行われる。

 ・相手を殺害すると普通に殺人罪で衛兵にしょっぴかれるので適度な加減が必要。

 ・相手が戦闘不能もしくは降参したら終了。行為は禁止。

 ・暗黙の了解で敗者は勝者より立場が低くなる。そこに冒険者等級は関係ない。

 ・対決後の復讐や報復はご法度。そんなことをしたら他の冒険者たちにリンチされても仕方ない。


 基本的に冒険者は自分より強い相手と戦うことはないし、あらゆる危険を避ける生き方をする。無鉄砲で自分の実力を過信する者ほど早死するのが冒険者という稼業なのだ。だが、例外がある。それが決闘だ。


 決闘を挑まれたら逃れられない。逃げれば弱者の烙印を押されて、その家族や仲間までもが後ろ指を指される人生が待っている。つまり、ギルドが指定する冒険者等級とは別のところにある「冒険者同士のカースト制度」の最底辺になるのだ。そんな惨めを晒すくらいなら戦って負けたほうがまだいい。


 というわけで、無級冒険者で【稀人】であるアバンに決闘を申し込まれたルイードも逃げるわけにはいかないし、当人も逃げる気はまったくない。むしろ「いい機会だから更生させてやる」と鼻息が荒いくらいだ。


 決闘は今日の正午に実施。アバンはさっさとギルドを出ていったが、なにか策を講じるつもりなのだろうか。


 指定席でもある「いつも倒される役目のテーブル」に腰掛けたルイードは安物の細い葉巻をくわえると、その対面にシルビスが座ってふんぞり返った。


「はン! アバンなんて指先一つでダウンでしょ」

「そうだな。だからどうやって負けてやるかが問題だ」

「負け? はぁぁぁ!? ありえないでしょ! あの馬鹿に負けるなんて!」

「声でけぇよ……。あのなシルビス。俺の子分を名乗りたいなら目的を履き違えるな。お前が言っていたことだが、俺たちがやっていることは必要悪で偽悪者ってやつだ。ダークヒーローってのはどうかと思うが、まぁ、そんな感じなんで勝って名を挙げることが目的じゃねぇんだよ」

「いやいやルイードさん。アバンの長く伸びた鼻っ柱はボッキボキに折ったほうがあいつのためですって!!」

「あのなぁシルビス。お前はあいつに足りないのはなんだと思う?」

「んー、謙虚さと慎重さですかね? 稀人だ稀人だと言い回って自分を誇示してますけど、傍から見たら貴族が『我は貴族だ平民共ぉ~』とか言って威張り散らしてるのと変わりないんですよね。あと、実力ないくせに慎重さもないからルイードさんみたいな人にまでちょっかいをかけるし!」

「……あいつと仲間だったのに、めっちゃ言うな、お前」


 このノーム娘の切り替えの早さに「いつか俺も見限られるだろう」と苦笑しつつ、懐中時計を引っ張り出して覗き込む。正午にはまだ時間がある。


 この東の冒険者ギルドもそうだが、街のあちこちに【稀人】が異世界から持ち込んだ技術がある。ルイードの懐中時計もその技術で普及した品だ。


 それまでは水時計や砂時計、香盤時計やロウソク・ランプ時計が普通だったが今、ではゼンマイ式の機械時計が当たり前のように売られている。これは稀人のおかげだ。


 他にも活版印刷や染色技術など、稀人たちの知識で人々の生活はかなり豊かになった。だが、こちらの世界の者が生み出したわけではないそれらの技術は発展進歩が見込めない。なんせ誰一人「この機械式時計がどうやって動いているのかわからない」という有様なのだから。


 だから一部の稀人たちは「この世界の者には出来ないことが出来る」という特権を得て増長し、それは普通の人々との間に見えない軋轢を生み、争いの火種にもなった。


 王国内で増長する稀人たちを管理監督するのもルイードの仕事だが、彼らを力で叩き潰せばいいという話ではない。彼らの知識はとても有用なので「仲違いしないように上手いことどうにかする」という、かなりフワっとしている上に難易度の高い行動を王国から求められているのだ。


「親分、アバンには優れた知識があるわけでもないし、特別な力があるわけでもないんですよ! 人の迷惑になる前に叩き潰して埋めちゃいましょうよ」

「突然親分とか言うな。いつもルイードさんって言ってるだろうが」

「いやぁチンピラ冒険者的にはやっぱり親分子分な感じが良いかなって」

「……そんなことはどうでもいいとして、だ。いいかシルビス。叩き潰すのは最終手段だ。稀人は貴重なんだから、できるだけ有効活用するのが王国の決まりなんだぞ」

「けどアバンは有用できるほどの人材じゃないですよ? この世界から解雇しましょうよ」

「物騒だなお前! てか、あいつに恨みでもあるのか?」

「いえ別に。ルイードさん側の立場になったらアバンのことが気に食わなくなっただけです」

「怖いよ、お前。サイコパスかよ」


 稀人が持ち込んだものは知識だけではない。サイコパス、パワハラ、セクハラ、ストレス、トラウマなどの言葉や概念。そしてこの世界になかったモノの考え方や習慣など多岐に及ぶ。それらは確実に王国にプラスに働いたと断言してもいい。だからアバンにも何か一つはこの世界の益になることがあるはずなのだ。

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