第9話 ウザ絡みに子分が出来る

「王国の飛竜部隊が帝国との国境まで展開してるのって、戦争の前触れか?」

「帝国の間者スパイを追いかけたって話もあるぜ?」

「それごときに虎の子の飛竜部隊を出すかぁ?」


 冒険者ギルドのサロンは王国軍の話題で持ちきりだ。戦争になれば冒険者も傭兵として登用されるだろうし、戦場で戦果を上げたら騎士爵をもらえて「憧れの貴族生活」が出来るという夢が生まれるからだ。


 だが、そんな浮ついた話をよそに、地方からやってきた新参者の若い冒険者たちに「おいおい、ここは託児所じゃねぇんだぜ」とウザ絡みしている男がいる。もちろんルイードだ。


 王国に現れた【稀人】を拉致して自国の戦力にしようとしていた帝国の間者たちを追い払い、王国軍に国境警備を強化させたのは彼なのだが、ギルドでそれを知る者は少ない。拉致されたですら知らないのだから。


「やめろよおっさん」


 新人にウザ絡みしていたルイードは、先日拉致された───アバンに腕を捕まれ、逆しまに捻じりあげられた。


「いてててて(棒)」

「新人相手に威張り散らして、なんてウザいやつだ」


 アバンはゴミを見るような目つきでルイードを突き放した。拉致されてからの数日は意気消沈していたが、ルイードをいなしたことで自信を取り戻せたようだ。


「ち、ちくしょう、お、おぼえてろよおおお(棒)」


 ほうほうのていでギルドから飛び出したルイードは、いつものように建物の裏手に行く。


「ご苦労さまです」


 裏口には受付統括のエルフ、カーリーが待っている。ルイードがウザ絡みして逃げていくタイミングで彼女が裏手に回るのはお約束だ。


「ん? ここにテーブルなんてあったか?」

「さぁ。丁度いいから座りましょう」


 最近はギルドの裏手がカーリーとルイードとのとして認知されているらしく、ギルドの受付嬢たちが気を利かせてテーブルや椅子を置いたのだ。


「こちらは先日の報酬です」


 テーブルに小さな革袋が置かれる。数十枚のコインが入っていることは間違いない。


「別にここじゃなくて受付で渡してくれりゃいいのに……。ってか、報酬は中金貨一枚じゃなかったか? ギルドの手数料を引いたってこの量はおかしいだろ」

「ギルドからはシルビスの教育料。帝国からの稀人保護、帝国間者の侵入阻止と追い払い、外壁の破損箇所の指摘などについて褒美が追加されました」


 ギルドの依頼は依頼品との現物交換で報酬即金払いの場合と、成果を調査してから後日払われる場合がある。今回はアバンを連れ帰れば即金払いのパターンだったが、なぜか後払いにされていた。それは王国の介入があったからなのだ。


「こんな特別扱いをするってぇと、出本は王妃かな?」

「はい。ルイードさんは随分と王妃様に気に入られているご様子で」

「勘弁してくれ。俺は普通の報酬だけで満足なんだが」

「王国を支配している王妃に逆らえと?」


 カーリーの無言の圧力を受け、渋々革袋を手に取ったルイードは「じゃ、これで」と腰を浮かせようとした。


「あ、いたいた」


 そのタイミングで滅多に人がないギルドの裏手に現れたのは、今回の依頼人であるノーム種のシルビスだった。


 小走りでばいんばいんと胸を揺らしながらやってくる小柄な人柄を見て、カーリーの眉がピクリと動いたがルイードはそれに気付いていない。決してカーリーものだがシルビスと比較すると小ぶりと言わざるを得ない。


「先日はありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げるシルビスの態度に面食らったルイードは「お、おう」と腰掛け直した。あれだけルイードを小馬鹿にしていたのに、今は打って変わって尊敬の眼差しすら感じる。


「これからもご指導よろしくおねがいします!」

「はい?」

「ルイードさんはわざとウザ絡みして新米に冒険のイロハを教えてるんですよね?」

「な、なんのことかな」

「新米冒険者が一番最初に問題にぶつかるとしたら、それは冒険者同士の諍いですからね。ギルドは冒険者同士の問題には関与できないし、そういうのを教えてくれる人は他にいませんもんね?」

「いや……ええと、なんのことかな?」

「本当にやばいチンピラに絡まれる前に絡んでくれてるんですよね?」

「なんのことかなー」


 自分の所業がバレて慌てたルイードから語彙力が失われ、同じ言葉を繰り返している。


「けど、ルイードさん。チンピラなのに群れずに手下を連れてないのはちょっと不自然かなって思うんですよ。チンピラはザコだから群れるものでしょ?」

「俺は一匹狼のアウトローなんだよ」

「だから私が手下……子分になります!」


 突然の申し出に二の句が告げられないでいると、カーリーが咳払いした。


「シルビスさん。あなたは今、チンピラ冒険者になるとギルド職員である私の前で宣言したのですか?」

「はい。私もルイードさんみたいな必要悪っていうか偽善者ならぬ偽者みたいな、ダークヒーローに憧れてたんですよね」


 ルイードとカーリーは目を合わせて「この娘は何を言ってるんだ」と眉をひそめた。

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