第7話 ウザ絡みは名推理をする

 東の外壁は空を覆うほど高くそびえ立っている。


 この街は東西南北に区画を分け、それぞれに各種ギルドがある。


 ルイードが所属しているのは東の冒険者ギルドで、依頼は東区画の中もしくは街の外の事に限られている。区画内の依頼はその区画のギルドで、というのが暗黙の了解になっているので、東の外壁周辺の雑草駆除は東の冒険者ギルドで処理するのだ。


 その東の外壁にルイードとシルビスは来た。もちろん襲撃されてアバンが攫われた現場に、だ。


 ルイードの顔を見て素直になったシルビス曰く、アバン一行はギルドで絡んできたルイードを蹴り飛ばした後、「草むしり」の依頼を受けて外壁に向かい、そこで襲われた。


「三人で草むしりしていたら、ボロを頭からかぶって顔を隠した八人くらいの連中が出てきて、まずシーマ……もう一人の女の子ね……彼女が捕まったわ」

「ふむふむ」

「この女を傷つけられたくなかったら抵抗するなって言われて、アバンと私も大人しく捕まったの」

「ふむふむ」

「だけどアバンは私たちを逃がすためにタイミングを見て暴れてくれてね。それで私とシーマは逃げ出せたわ」

「ふむふむ」

「もちろん私はその足でギルドに来て首謀者だと思ってたあんたに怒鳴り込んだわけだけど、シーマとは何処かではぐれたままで───ちゃんと聞くつもりある?」


 外壁沿いに歩きながら話をするシルビスに対し、ルイードはぼさぼさの髪を掻きながら生返事するだけだ。


「それにしても、草むしりしてるときも不思議だったんだけど、ここらへんって誰もいないのよね」

「あたりまえだろ」


 街を大きく取り囲む円状の外壁は高く、日中でも深い影を落とすので薄暗い。それだけで人は避ける場所となる。


 それに有事の際には最前線となる場所だから、何一つ建物がないし、建築許可が降りない。だから店舗はもちろん倉庫も民家もないし、どこにも行き場がない浮浪者も通行人のお恵みにありつけないので、ここは避ける。


 人通りが少ないから歩いたり馬車を通すのに便利かと言われると、そうでもない。街の中には縦横無尽に道があるし、外周でわざわざ遠回りする必要もないのだから。


 つまり、外壁は人の来ない場所なので誘拐に向いているとも言えるが、人が来ないので待ち伏せて攫うなんて非効率すぎる場所でもあった。


『今の時代に人攫いねぇ……』


 ルイードが知る限り、人攫いという悪行は魔王と戦っていた頃……まだ奴隷制度が全盛期だった時には横行していたが、今では完全に廃れている。


 魔王討伐後に奴隷制度は廃止された(犯罪者の刑罰で奴隷にさせることは今もある)ので、人を攫っても奴隷として売り払う先がないのだ。


 ちょっと前までは「親のいない浮浪者の子供を捕まえて地方の炭鉱で強制労働させる悪徳業者」や「足のつかない女を攫って娼館に売り飛ばすチンピラ」というのもいたが、王国内の悪徳業者はので、新たに現れない限り皆無だと言える。


 ならば、誰が何の目的でアバンたちを襲ったか。


「おめぇら、もしかしてあちこちで【稀人】だって言いまわってたのか?」

「え? そんなに自慢したつもりはないけど、少しは言ってたかも」

「俺にもドヤ顔で言ってたじゃねぇか」

「そ、そんなことはあるようなないような……」

「だったら稀人を狙った他国の犯行だと思うがな」

「他所の国!?」

「知らないのか? 王国以外の国には滅多に稀人が現れない。だから稀人欲しさにこの国から攫っていこうとする他国のアホがたまに来るんだよ」

「そ、そういえば、あいつら少し訛りがあったかも。語尾が少し上がってるような……」

「あぁ、そりゃ帝国だ。稀人拉致の常習国だぜ」


 ルイードは獣の毛皮を張り合わせた上着ベストの内ポケットから葉巻を取り出してくわえる。細く巻いたそれはひと目で安物とわかるが、指を弾いただけで火をつけたのでシルビスは驚いた。


「い、今なにやったの? 火の魔法? 無詠唱で!?」

「はぁ? 指を弾く時の摩擦で火をつけただけだろうが」


 確かにルイードがパチンと指を鳴らすと火花が散った。


「普通は火なんてつかないと思うけど」

「年季が入った男には出来るようになるんだよ。そんなことよりおめぇのお仲間のシーマってのは最近知り合ったのか?」

「そうだけど、どうして?」

「その女は人攫いの仲間なんじゃねぇか?」

「はぁ!?」

「おめぇらの居場所を仲間に教え、アバンが動けないように人質の振りをしてたとも考えられる……考えられるぜ、ヒャッハー(棒)」

「もういいわよ、その口調。普通に話して」

「はい」


 いつの間にか【ウザ絡みのルイード】であることを失念していた。粗暴な口調を取り戻しても、もう遅かった。


「お、あったあった」


 外壁の一部が崩れ、大人一人が横ばいになって通れるくらいの穴がある。


「さて、誘拐犯を追いかけるとするか」

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