第6話 ウザ絡みするやつが人助けなんかするわけがない

「私はアバンを早く見つけたいんだけど!」


 ノーム種の女シルビスが文句を言っても、依頼書を手にしたルイードはボサボサの髪を掻きむしりながら「いつも倒される役目のテーブル」に腰掛けたままだ。


「あんた依頼を受けといてなにもしないつもり!? あーもう! これだからウザ絡みしてくるくせに大した力もない無能のチンピラ冒険者は嫌なのよ!!」

「まぁ慌てるな。こう見えても俺様は熟練冒険者だぜ? 最低でも動く前に調査と準備をするのが冒険の常識ってもんだろうが」

「そ、そうなの? そうよね。わ、わかってるに決まってるじゃない!」


 シルビスの口調は荒いが案外素直に話は聞き入れるらしい。ルイードは前髪で隠れた口元を少しほころばせながらも、いつもの粗暴な口調を続けた。


「依頼を受けたらまず調べる。これは無級だろうが一等級だろうが同じだ。むしろ上級者ほどよく調べる。その依頼の正当性や報酬の妥当性、自分たちの現状と照らし合わせた達成確度……」

「う、うん」

「そういった周辺環境の調査はもちろん、依頼達成の障害になるものの予測までして、やっと手段の下準備ができる。何事も手堅くやっていかないと、若さにかまけて勢いだけで冒険してるとすぐに死ぬことになる……なるぜぇ?」


 素の指導口調になってしまい【ウザ絡みのルイード】である自分の立場を忘れていたので、慌てて語尾を粗暴なものに変えたが、どうにもシルビスの見る目が変わってしまった。


「あんた、ただのチンピラかと思ったらちゃんとした冒険者だったのね」

「お、おう」

「今までそういうことを教えてくれる人いなかったわ。ありがとう」

「よ、よせ。俺なんかに礼なんて言うんじゃねぇ」


 このギルドの中にはルイードの正体を知らない冒険者もたくさんいる。そういった者たちにとってルイードは【ウザ絡みの冒険者】でなければならない。彼の主な仕事はウザ絡みして諍いを起こし、わざと負けて相手に自信をつけてやることだ。そんな嫌われ者が慕われすぎるのは良くないことなのだ。


「なに照れてんの? ふふ~ん、かわいいとこもあるじゃないのおっさん。人助けもしてくれるし、実はいい人だったりする?」

「おいおい、おめぇは俺様が人助けしてるとでも思ってんのか?」

「え?」


 ルイードはずいっとシルビスに顔を寄せた。


「これは仕事だ。俺がこの仕事を成功させたらおめぇがギルドに払った中金貨一枚一万ジアからギルド仲介手数料を引いた報酬をいただく。その金を持って俺は飲み食いし娼館で安い女を買う。金が尽きたらまた仕事を受ける。そういう生き方だ。決して善意なんかじゃねぇぞ───って聞いてんのかよ」


 ルイードは凄みを利かせているつもりだったが、シルビスはボサボサの髪に隠れていた彼の顔を間近で見てしまい呆けていた。


 それまでルイードのイメージは「髪の毛は油脂でベタベタ、顔も脂ぎって煤けて汚れ、歯は黄ばんで口も臭い」というものだったし、そう思わせる風体をしている。だが、間近に寄られた時にその印象は吹き飛んだのだ。


 さらっとした前髪、意外に綺麗で傷一つない肌、歯は白く口臭もない。それどころか大人の男だけが醸し出す、なんとも言えない安心する香気すら感じた。


「……」


 シルビスは思わず手を伸ばし、ルイードの前髪をかきあげていた。


「ばっ! なにしやがんだ」


 慌てて身を離したルイードだったがもう遅かった。シルビスはその一瞬でルイードの素顔を見た。


 イケメン。いや年齢的にイケオジと言うべきだろう。


 貴族の男たちたちのように化粧で取り繕ったものではなく、野性味もあり素で「かっこいい」と思える精悍な顔をしていたのだ。


 そんな彼らの様子をチラチラ伺っていた受付嬢たちは「あちゃー」と顔を見合わせた。


「あー、やばい。あの娘もギャップ萌えの餌食よ」

「意外と隙があるのよねぇ、ルイードさん」

「わざとじゃないのがまた、ねぇ?」

「カーリーさんが知ったら機嫌悪くなるわよ」

「しっ」


 一人が上を指差すと吹抜けの二階のテラスからフロアを睥睨しているカーリーがいた。いつもの鉄面皮だが、あきらかに手すりを掴んでいる手に力が入っているのがわかる。


 今までと明らかに違う態度でモジモジしているシルビス。


 その様子を伺いながら「ミシッ」と手すりから軋む音をさせるカーリー。


 さらにその雰囲気を察して知らぬ存ぜぬを通すためにいつもより作り笑いが激しい受付嬢たち。


 そんな受付嬢たちの作り笑いを「今日は俺に熱い眼差しをくれている」と勘違いして張り切る冒険者たち。


 今日も冒険者ギルドは平和だった。

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