第5話 ウザ絡みは触れてはいけない

「───ここまでの説明でわかったかと思いますが、依頼されますか無級冒険者のシルビスさん? それともアバンさんのことは諦めて別の仲間を探されますか? メンバー募集掲示板はあちらですが無級となるとなかなか見つかりにくいかと」

「い、依頼する! します!」

「かしこまりました。受付はこちらです」


 流れるように泣きそうになっているシルビスを連れて行ったカーリーは、数分で依頼書を作って掲示板に貼り付けたが、その瞬間に横からルイードが引っ剥がした。


「おまえ!!!」


 金切り声を上げる依頼人のシルビスを尻目に内容を読む。


 依頼内容は冒険者アバンの捜索と奪還。報酬はたったの一万ジア、つまり中金貨一枚だ。


 今どき草むしりだって一時間に大銀貨1000ジアはもらえる。捜索と奪還という二つの依頼を同時にこなして、たったの中金貨一枚では割に合わない。これでは誰も受けないことは間違いなく、掲示期限を過ぎて依頼書が降ろされるのを待つだけだ。


 相場の話は受付でもされたはずなのに、それでもこの金額で提示してきたということは、シルビスは金銭を殆ど持っていないということだ。そして「きっとこいつらの懐具合はそんなもんだろう」とルイードは読んでいたので誰の目にも触れないうちに依頼書を奪った。これなら誰も依頼書を見ていないので「素人が大金積んでいたから受けてやったぜヒャッハー」という雰囲気を醸し出して嫌われ者冒険者という体裁を保てるのだ。


 そもそもこれがどんな報酬であってもルイードは受けざるを得ない。


 彼は魔王討伐後もしつこく異世界からやってくる【稀人】たちの管理監督をすることを条件に、王国からの勅命や叙爵を回避している。


 どこの誰に何の目的で拉致されたのかは知らないが、稀人が誘拐され、なんらかの因果でその力を悪用されることになったら、管理監督者であるルイードの責任になりかねないのだ。


「おいウザ絡み! それを返せ! 私の依頼書を返せ!」


 ぴょんぴょん(ぼよんぼよん)と体と胸を跳ねながら依頼書を奪おうとするシルビスだが、ルイードは手が届かない頭上に持って勝ち誇ったように笑う。


「がはははは、おいネーチャン。この依頼、この俺様が受けて無実を証明してやろうじゃねぇか(棒)」

「はあああ!? 私は今でもあんたが影で糸引いてると思ってるんだけど!!」

「ほーん。もしも俺が犯人じゃなかったら、どうオトシマエをつけるつもりだ? ああん?(棒)」

「なんでもしてやるさ! あんたの奴隷にでも何でもなってやる! 絶対あんたが犯人なんだから!」


『奴隷制度は刑罰奴隷以外は撤廃されてるんだがなぁ』


 ルイードはこんな言うことを聞かない奴隷はいらないと思いつつ、依頼書を持って受付のカーリーを尋ねた。


「この依頼を受けるぜ」

「かしこまりました(いつもどおり新人育成費用としてこれとは別途にギルドから諸経費と報酬を追加いたします)」


 パクパクと形の良い唇の動きだけでそう伝えてくるカーリーに、ルイードは苦笑した。


 彼は稀人の管理監督以外に、このギルドを訪れる新人の育成に一役買ってその報酬をギルドから得ている。今回はシルビスの育成という名目になることだろう。だが「私もついていくからね!」と叫ぶシルビスの同行は想定外だった。


「シルビスさん。それだと依頼内容はアバンさんの捜索と奪還と依頼人であるあなたの護衛ということになります。それでなくとも……」


 相場よりかなり低い金額であることを伝えようとしたカーリーだったが、ルイードが遮る。


「いいじゃねぇか。くっくっくっ。俺と一緒にイキたいってんなら連れて行ってやろうじゃねぇか。覚悟するんだな、俺様は激しいぜぇ。けっけっけっ(棒)」

「ウザっ! ほんとなんなのよこのスケベオヤジは!」

「ちょっとルイードさん」


 まさかのカーリーが淡々と、いや、明らかな怒りをまぶせた氷柱のような声を張った。ルイードが何度目かの素になって「はい」と返事してしまうほどの迫力だ。


「彼女は依頼人なので、手を出したらどうなるかわかってますよね? 指一本触れることは許されませんよ。いいですか、彼女があなたの大好きな巨乳でも、ダメなものはダメですからね! 例えそれが彼女を助けるためであってもあなたが触れるくらいなら見殺しにしてください!!」

「「そこまで!?」」


 思わずシルビスとルイードが声を揃えてしまった。


「このおっさんに触られるくらいなら死んだほうがマシってことね」


 シルビスは都合よく解釈してくれたようだが、その様子を見ていた他の受付嬢たちは『自分以外の女に触らせたくないなんて、カーリーさんかわいい』とほっこりしていた。


 ただ一人、ルイードだけが「俺、そんなになのか」と落ち込んでいた。

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