第3話 ウザ絡みが絡まれる
冒険者ギルドの窓にはガラスがはめられている。
異世界から来た【稀人】、つまり勇者候補者たちからすると、気泡が入って透明度の低いこのガラスは安物に見えるようだが、こちらの世界では高価な品だ。
そのガラス越しに差し込んでくる午後の光が「いつも倒される役目のテーブル」に差し掛かる頃合いが、ルイードにとって一番くつろげる時間だった。
冒険依頼を受けるわけでもなくギルドに詰めている彼は、新人たちが依頼をこなして不在になるこの時間だけ、本来の自分になれる。
受付嬢の一人が気を利かせて紅茶を入れてくれたので、それを飲みながらまぶたを閉じる。そうすると冒険者たちの話し声や鎧の擦り合う音が遠くに聞こえるようになる。彼にとって、このゆっくりした時間の中に身を置くことが何よりの幸せだった。
魔王を討伐するために寝ているときも過度の緊張感を持ったまま、旅をし続けた。あの地獄のような日々を考えれば今は天国だ。
「ルイードさん、こんにちわ」
騎士団のように身なりの整った冒険者パーティが挨拶してくる。彼らは至極まっとうなこちらの世界の冒険者パーティで【青の一角獣】という血盟のメンバーだ。
その血盟は王国の中でも名の知れたグループで、所属している冒険者は百名を超える。そこの血盟主は魔王討伐の際にルイードに同行した仲間でもある。
『最近は執務に追われてとんと顔を見ないが、元気にしているだろうか』
懐かしく思える人物の顔を思い浮かべているとまた声をかけられた。
「ルイードの旦那、こんちゃっす」
次に挨拶してきたのは獣人……
『まぁ魔王討伐という最大の成果を残したんだ。隠居生活していても誰も文句は言わないだろう』
「おい、おっさん!」
次に不躾な言葉をかけられて、ルイードは思わず目をしかめた。
見ると【稀人】のアバンとパーティを組んでいた女二人の片割れだった。
この街の者ではないとわかる訛り言葉で、体は一部以外育ちきっていない十代そこそこに見える。きっと地方でアバンと出会い、彼の突飛(に見える)【稀人】の能力に惚れ込んでパーティを組み、ここまで来たのだろう。
「おっさん、返事しろよ! 私の胸ばっかり見てきやがってこんにゃろう!」
彼女は気がついていないがルイードのことをよく知っている【青の一角獣】や【見えない爪】の面々が殺気を漏らしている。
ギルドの受付嬢たちも目をしかめて露骨に嫌そうな顔をしているが、ルイードを知る者にとって彼は王国の守護者である。そんな英雄相手にあまりにも褒められない態度をしているので怒っているのだ。だが、ルイードの現在の役割も分かっているので誰も口を出さない。口は出さないが殺気はダダ漏れだ。
「ふ、ふん。さっきの若造の連れか。俺様に手取り足取りしてもらいたくて帰ってきたのか? ぐっへっへっへっ(棒)」
まるで感情の入っていないセリフだが、その言葉に若い女は顔を真っ赤にした。もちろんルイードは年端も行かない少女に手を出すほど非常識な男ではないので、これはあくまでも「ウザ絡みのルイード」という役目を全うするためのポーズだ。
「じ、冗談じゃない! 誰があんたみたいな薄汚れたおっさんなんかと!!」
ルイードの視界の端にちらりとカーリーの姿が横切った。執務室のある吹抜け二階の廊下を通っただけのようだが、誰よりも強い殺気がここまで届いている。
どうやらルイードが馬鹿にされていることに腹を立てているようだが、新米冒険者たちを育てる時、これは恒例行事の日常茶飯事であり、事情を知るカーリーがいちいち腹を立てるべきことではないはずだ。
『あとで言っておかないと……』
その殺気にすら気がついていない若い女は、ずいと前に出て椅子に腰掛けているルイードを見下すように睨みつけた。
「あんた、アバンを襲わせたろ!」
「はい?」
思わず素の反応をしてしまったが、慌てて咳払いする。
「なんのことかわかんねぇなぁ。もしかして俺にイチャモンつけようってのか? このルイード様に!!」
ルイードが立ち上がると女は逆に見上げなければならなくなった。ルイードは
そんなルイード相手に一歩も引くことなく女は吠えた。
「あんた、子分使ってアバンを何処に連れてったのよ!!」
「はい?」
また素の反応をしてしまった。
どうやら素人とは言え【稀人】のアバンが、どこの馬の骨とも知らないゴロツキにさらわれたのだと分かり、ルイードは内心頭を抱えた。
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