第一節 神に至る者
第一項 屈服している造物「ギブイン」達の世界
山にフォルビキュラ
何の脈絡もなく自宅で寝ていて朝起きたと思ったら土の中だった。
如何に幾度も転生を繰り返し戦地を駆け抜けた森田であろうとも初めての経験であった。
生きたまま土の中にいる…を経験するのは即身仏になろうとする、徳の高い僧侶の方ぐらいだろうか?
または、猟奇殺人者に生き埋めにされてしまう被害者の方だろうか?
もしかしたら森田もまたそう言った理由から生き埋めになっている可能性もあるかも知れないが、彼の思考にはそう言ったものは一欠片も存在していなかった。
暗闇の中、周囲が見えない状態にも関わらず土の中にいると断定出来ている。
これは何かしらの方法で視覚情報以外で情報を取得していると言う事。
となるとだ…。
元いた世界と異なる世界に転生する事六回。転生回数戻りも含めて十二回を数え、一三回目の異世界が初めての転移だとしても彼は慌てず思考を重ねる。
死ぬ事にはなれている。
むしろ今回死ねたら、この繰り返される生が終わるかもしれないのだから。
ここで死ねば、また転生する羽目になるかもしれない。
森田にとって死とはその程度の価値でしかない為に、死に対する恐怖心は皆無といって良い。
またそれに伴う痛みに対して非常に鈍感である。
痛みを感じていない訳ではないのだが、死ぬときは辛いよねと達観というか諦めにも似た考えがあるからだ。
そんな森田は手慣れたもので、自身の内側へと意識を向けた。
異世界に転移したときに必ず手に入れる事になる異能。その異能が今回どの様なものであるか確認する為に。
異能。
元の世界から異界渡りが行われる際、転生や転移が行われる訳だが、この時何故か特殊な力に目覚めるのだ。
異界渡りをした際に通った場所の影響か、はたまた、異界渡りを敢行した誰かしらの意図か。
それは、その時々で変わるものだ。
今回は急に土の中にいるという状態に晒され、暗闇の中であるのにも関わらず周囲の状況が認識出来る事に違和感を憶える事を可能にした異能により、異世界転移しているのではないかと疑問、というよりかは確信といって良いだろう。
森田はその判断に基づき自分の力を把握し始める。
ふむ、今回はまたトンデモナイ力を手に入れたものだ。
森田は心中で独り言ちながら考える。
負かす力。
対象を負かし消滅させる力。
俺の力が及ぶ限りに於いて負けさせる力。
負けた対象を糧として成長する身体。
その糧を自由に使う事が出来る技術。
こんな所か。
何とも使い勝手が良い力ではあるが、今までと比べてもトンデモナイ力だな。
歴戦の雄志の如く戦える力を獲得したり。
世界を調停する為の能力を与えられたり。
竜と心通わせ共に戦う力を享受されたり。
魔術の先、魔法を行使する事が出来たり。
植物を成長させる力が身についていたり。
不死ではないが不老の身を手に入れたり。
そんな様々な異能を過去身につけ無くしてきた森田でさえ、トンデモナイと表現する今回の力、負かす力。
それは森田が認識出来るものであればあらゆる物を負けさせる事が出来る力。
さて、その負かす力がどの様なものなのか、森田に意識を向けようか。
さて、どうしたものか。
「この力では解脱出来ないのがもどかしい」などと考えながら森田は悩んでいた。
負かす力、それは勝利する力。
この力の本質は勝ち負けない、負かし勝たせない事。
故に彼は負けられなかった。自分が死ぬ事象を得る事が出来なかった。
自身が置かれている状況が特段に危機と認識する様なものではないと判断出来た為に、じっくり考える事にした様だ。
自分が存在している事を負けさせて、解脱出来ないと知ったが為に。
森田はこれから得るであろう時間経過をどう過ごしていくのか考えていく。
その為には…
とりあえず地上が認識出来る範囲にあるかどうか調べてみるか。
森田は認識出来ない事を負かした。
現在森田が保有している負かす力の源となるソレ…負素を途切れさせない様にしながら、極小の範囲で伸ばしていく。
細い棒状の感覚器を伸ばしていく様なイメージで伸ばしていく事で範囲内を認識。
その細い棒状にした負素を周囲に巡らせる。
地上は近くに無し、洞窟の類いも地下水脈も無し。
となると、活動する為のスペースを確保しつつ、上へと向かって行きますか。
いや、このまま地下で色々と発展させてしまう方が良いかも知れないな。
ある程度地上との距離を保ちつつ地下を発展。
情報収集をして、その状況次第で地上に干渉するタイミングを決めると。
ふむ、これで行こう。
負素を行使して、認識出来ない事を負かした事で、負かした事により力を増大させながら周囲を観察し、方針を大まかに決めた森田は動き出す。
負かす事により無くなった物事を自身の糧にしているのだ。
この上が海底でないのを祈るばかりだな。
そんな事を思いながら周囲の土を負かしていく為の準備を始める。
棒状に伸ばした力を周辺に展開し直す。
現在森田は仰向けの状態で土の中に生き埋めになっている状態である為、起点は自身の背中が接地している面、そこを底辺として負素を上方に展開し、半球状に周囲の土を負かして消滅させ空間を確保していく。
因みに今の服装は転移前寝ていた為、下はジャージに上はTシャツと非常に軽装だ。
立ち上がれるだけの空間が確保されると、森田は立ち上がり自身に影響する重力を負かした。次いで摩擦も負かす。これにより空気抵抗を無くす。
踵を軽く浮かせ膝を柔らかく使い、腰から背骨周辺の筋力で発生させた運動エネルギーを脚に伝達、瞬間的に各部を連動させそれぞれの部位で発生させたエネルギーを集約し、爪先に力を伝え抗力を得てジャンプ。
ふわりと中空に浮かび上がると、そのまま上へ上へと登っていった。
上方の進行方向に存在する土を負かし消滅させながら。
重力圏内にある事を疑う様な光景が続けられている。
それと同時に目を剥く光景も繰り広げられているが。
その光景とは、森田の上昇に合わせて消滅していく地中の存在だ。
下を矯めつ眇めつ覗いてみれば、マーブル模様が覗いているのが見えるだろう。そう地層だ。光が届いていれば見えていると言葉をつなげる必要があるが。
森田が元いた場所、転移してきた場所から移動を開始して二時間程、徐に掘削作業と呼べるかどうか解らないがその作業を止めた。
速度を殺す為に負かす事をやめ、天井と認識出来る場所に手を着く。
見えた。
ここまで来る間に消滅させた地中の様々な物を自身の糧にした為、今の森田の認識範囲は拡大していた。
その拡大した認識範囲は球形の形で維持しても半径二㎞程に達している。
その範囲内に捉えたのだ、地中が途切れているのが。
どうやら山の中腹と行った所だろうか?
斜面になっている岩場だな。
標高がどの程度なのかは解らないが、最初に居た場所は海抜どの程度なのだろうな?
足下を見やりながらさらに考える。
マグマ溜まりや噴出する為の道筋がここに来るまでに見えなかった事から考えると、この山は造山運動に因って発生した山なのだろうな。
…よし、とりあえずこの山を起点にして動いていくか。
まずは何かしらの生物を使役下に置こうか。
周囲に人里のようなものも無いし、外に出ても大丈夫だろう。
念の為認識出来ないように負かしていれば問題はそうそう起きないだろうし。
今森田が居る場所は、ルク・ディア大陸南東部に位置する山脈地帯。
その険しい環境の為、どの様な国家も存在していない未開領域である。
その為、この地域には峻厳な峰が連なる環境に適応した生物が細々と暮らしているのみであった。
そういった環境であった為、森田に最も近くに存在していた生物、その痕跡であるが貝の化石であった。
山中を移動し見つけた貝の化石が固まっている場所に移動。
山頂に程近い傾斜のきつい場所、風雨に晒されたであろう場所で露出している貝の化石へと近づいて行く。
因みにだが、ここは標高約十㎞地点。周囲を見渡すとさらに高い頂を冠する山が幾つか目で確認出来る。
遠くに連なる山脈に、幾つか見えるさらに高い山々は、ある程度の高さまでは雪に覆われている斜面を擁しているが、一定以上の高さから雪が積もらなくなっている。
今森田が居る場所は非常に寒い。だが、森田はそんな事等お構いなしに活動をしている。
寒さを負かしているのだ。
小ぶりな貝の化石達を前にして森田は一つ頷きを打ちながら、ここまで蓄えてきた力を目の前の化石へと流し込む。
与える力は負の力を増やす事。
増やし方はこの貝達自身の思考。
森田は与える力をイメージしつつ負かす力を分け与えていった。
目の前にある貝の化石に与えるのは負の力を増やす力。
化石化して死んでいる貝の死んでいるという状態を負かし、化石化した貝を復活させて目的に即す様に調整。
僅かばかりの思考能力を与え、その思考能力を負素に変換する様に仕向けたのだ。
今森田の目の前に存在する貝の群れは、新たに生を与えられつつも、その有り様は生物と呼ぶには歪な存在だ。
森田の為だけに負の力を増やし続ける存在。それも自らの思考能力を代償にして。
僅かばかり残った生物の本能でその個体数を増やしながら、ただ単に力を増やし続ける存在だ。
その有り様はアンデッドとも呼べるもの。だが既存のアンデッドとはその生まれが有り様を異にする存在。
とても生物とは言えない存在が、このルク・ディア大陸…この世界に誕生した瞬間であった。
名を与えるなら、そうだな…屈服という意味合いから想定して「give in」、そう、ギブインとするか。
さて、せっかくだし種族名でも付けるとするか。
そうだな。
えっと、シジミの学名ってコルビキュラ…だったか?うろ覚えだな~。
まーいい、そのまま使うのも何だし負ける力…負属性…。
そうだな。
コをフに替えて、フォルビキュラと呼ぶ事にしよう。
種族名を決めて満足を得つつ、森田はやおら山の中に戻っていく。
目の前に存在する雪を負かして、斜面の砂利混じりの地面を負かしながら。
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