第3話事情

「そうだ、これは金にならないか?」


「はあ、何を言っている、少々の金をもらっても、こいつは放さんぞ。

 今まで盗まれた商品の代金、これから盗まれる商品の代金、全部もらわなければ、絶対にこいつは放さない、警備隊に突き出して手を斬り落としてもらう」


「そう言わないでくれ、俺がこの子を雇おう、そうすればこの子も盗みをしなくても生きていけるから、もう二度と盗みをしなくなる」


「兄ちゃん、あんた何も分かっていないな。

 この小僧は、自分独りのために盗みをしているわけじゃない。

 この小僧の下には、多くの孤児がいるんだ、そいつらを盗みで喰わしているんだ。

 だから俺も、この辺りの露店主も、今までは盗みを黙認していたんだ。

 だがもう限界なんだよ、領主がまた税金を増やしやがって、どうにもならんのだ」


 露店主の血を吐くような言葉に、俺は打ちのめされた。

 そんな事情があるのなら、とてもじゃないが子供を開放してもらえない。

 こんな小さな子供が、もっと幼い子供のために、盗みをして生きてきた。

 それほどこの世界は貧しく不平等な生き難い所なんだ!

 よくこんな世界に、準備もさぜず能力スキルも与えず、放り出してくれたものだ。


「じゃあ、俺がその子達も雇うといったらどうだ?

 その子供たちも雇って食べていけるようにしたら、開放してやってくれないか。

 今まで見逃してやっていた、情け深いあんたらなら、孤児たちに生きるチャンスをくれるんじゃないのか?」


 露店主は真っ赤に血走った眼で俺の事を睨みつける。

 眼が真っ赤になるくらい、孤児たちを見捨てる事が苦しいのだ。

 それでも、女房子供のために、情を押し殺して、孤児たちを見殺しにする辛い決断をしたのだろう。


 熊のように大きな体の露店主が、今にも涙を流しそうな表情で、きょろきょろと左右に視線を送り、他の露店主に答えを求めている。

 だが、視線を送られた露店主も、非情な決断を自分がするのは嫌なのだろう、露骨に視線を外してしまう。


 今なら原因が分かるが、領主の増税の所為で買い物客は少なかったのだろう。

 それでも露店街独特の雰囲気があり、料理の美味しそうな香りも濃密に感じられていたのに、全てが感じられなくなった。

 俺自身が極度に緊張してしまって、五感が麻痺してしまったのかもしれない。

 このまま、永遠に時が止まってしまうのかと思ったその直後。


「では、その証拠を見せてもらおうか。

 孤児たちが盗みをしなくても生きていけるという、その証拠を見せてくれ。

 見せてくれたのなら、今までの盗みの代価を支払ってもらったうえで、その盗人を解放させてもらおうじゃないか」


「親父さん!」

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