ジャパリパークの”園長”



「はぁ、はぁ、はっ……!」


 うっそうとした森の中で、獣耳の少女が自身に落としてくる巨体な影を振り切ろうとしていた。


 力の限り、走る、駆ける、逃げ出していく。生まれ持った獣としての力を全力で引き出し、生あるものとして懸命に縋り付いて抗う。いまだ噛み締めていない娯楽と生のすばらしさを知りたいから、こんな形で消えたくないから。


 無情にも、非情にも、不条理は木々をなぎ倒して逃げる少女に死の鎌を執拗にちらつかせる。


「だ、だれかっ! だれかー!!」


 孤独な悲鳴は森の中へと消えていく。誰にも聞こえず、誰にも届かず、聞いているのは怪物だけ。


 その怪物も、懸命に生にすがりつく獲物の輝きに対して舌なめずりの代わりに鋭利な切っ先を輝かせるだけだ。


 終わる事のない追いかけっこ。その競争も、兎耳の少女が疲労によってもつれた足で転びだしてしまった。


「ひっ……!」


 抜けた腰で立ち上がれなくなる。這いつくばりながら怪物を見上げ、改めてその姿を認識した。

 

 その姿は、さながらカマキリを思わせる大鎌を備えながらも一般車両やパークセントラルで見かけるような道具を取り込んだ異様な外見をしていた。


 兎耳の少女は知らなかったのだが、怪物は……”セルリアン”は自身より小型のセルリアンを取り込むことでより凶悪な力と能力を強化していくことが出来るのだ。つまり、このセルリアンはフレンズを捕食するために自身をあらゆる方法でその身を凶暴な力を培ってきたと言うことになる。非力なフレンズが、それも戦い方を知らぬ少女には抗う術も戦うやり方すらも知らない。


 セルリアンは鎌を振り下ろした。


 運命は決した……そう思われた。


「――ヘラジカ、ルルっ! 弾けっ!」


 か細い悲鳴を漏らしている自分ほかに、別の誰かがいる。幼い少年らしき声に合わせて飛び出してきた二つの影が、武器を振るってセルリアンの大鎌を弾いた。


 思わぬ力で弾かれ、その巨体をよろめかせる。セルリアンは警戒したのか、その身を後退させ、邪魔者を見据えて睨みつけた。


 飛び出してきたヘラジカとルル……トムソンガゼルは襲われかけていた少女を庇い、警戒を解くことなく彼女の盾となって立ちはだかった。


「園長、この子は無事だよ」

「へっへーん! もう大丈夫だからね!」

「ああわかった。ジャイアントパンダ、治療を頼む」

「は、はーい! ……あらあら、膝の方をちょーっとすりむいてますね」


 武器を構えて立ちはだかるヘラジカたちとは別に、先ほど大声を張り上げていた少年が兎耳の少女に駆け寄った。


 その少年は、パークセントラルやパーク都市部に住んでいるような、どこでもいるような少年だった。青い帽子にジャケット纏い、優し気な男の子……首の方にはきらりと輝く”アクセサリー”を携え、それを握りしめながらジャイアントパンダに視線を向けた。


 ジャイアントパンダの方はのほほんとしているが、その力はジャパリパークの核弾頭と言われるほどの協力無比な力を持つフレンズだ。しかし、元のジャイアントパンダには治療を施したり、他者のケガを癒す術は持ち合わせていない。


 ……そう、それが元の動物ならば、だ。


 サンドスターによって生み出された生命体・フレンズ。彼女たちは動物からヒトになることでヒトの知能と動物としての力を併せ持つ。しかし、彼女たちの本領は少年によって所持されている”おまもり”によってフレンズの力を引き出し、”動物としての力”とは別の”フレンズとしての技”を引き出すことを可能とする。


 すりむいた兎耳の少女の傷にジャイアントパンダが手を置いた。ジンジンとした膝の部分に泥と土にまみれて汚れた部分が、引っ込むようにして痛みが引いてゆく……


「はい、もう大丈夫ですよ」


 ニコリとしたジャイアントパンダの笑顔に、兎耳の少女はホッとした顔で安心しきっていた。


「ジャイアントパンダ、行けるな」

「はい、任せてっ!」

「よしっ! 体もあったまってきたところだ! いくぞっ! ”けもリンク”っ!!」


 声を震わせて、おまもりを掲げる。彼女たちの高まる力が、肉体に纏う輝きが呼応して一つになる。ジャイアントパンダの本領発揮、その剛腕にヘラジカとルルの力を加えてセルリアンに向かって放たれた。


…………


 帰りのバスの中、ラッキービーストによる自動運転中に兎耳の少女は問い詰められていた。


「……それじゃあ、つい森の奥の方にまで行っちゃって……それで道が分からなくなっちゃったんだ」

 

 少年の言葉に兎耳の少女は軽くうなずいた。


「う、うん……私、前から森の奥まで行ったらどうなるのかなって……他の友達は危ないって言ってたんだけど、でも、その、行っちゃダメって言われると行ってみたくなって……」

「だからと言って危険なことをしちゃダメじゃないか。キミの友達は泣きながら私たちに頼んで来たんだ……あとでちゃんとお礼を言うんだよ?」

「は、はい……」


 ヘラジカの厳しくも、そこに秘めた優し気な声色に兎耳の少女は片耳をぺたりと折りたたんで答えた。


 他のメンバーもホッとしたのか、一息ついてバスの中でくつろいでいる。話に聞いていたあのセルリアン以外はいないと聞いたので、あとはもうパークセントラルまで戻るだけでいい。


 兎耳の少女は気になりだした。あんなにすごい技を繰り出せたのはなぜなのか、一緒に居るこの人間は誰なのか。


「あ、あの、キミは誰なの……? 飼育員じゃなさそうだし、フレンズでも……ないよね……」

「……あー、そっか。キミ、最近フレンズとして生まれたばかりなのか。いいよ、オレはね――」


 きらりと輝く”オイナリサマの紋章”がおまもりに刻まれている。手の中で握られているおまもりをジッと見つめながら、少年は咳払いをして答えた。


「オレは”園長”。よろしくね」


……


 ジャパリパーク園長。


 世界的に有名な巨大総合テーマパーク”ジャパリパーク”。この島には世界中の動物が集められ、サンドスターによる環境操作によってありとあらゆる動物が暮らせる環境によって管理、飼育されている。彼は……その”少年”はそんな世界的に有名な観光地の園長としての役職を与えられているが、実は本当の意味で園長ではないし、パークを管理しているわけではない。


 この島では、かつて島全土を揺るがせるセルリアンによる占拠、”女王事件”が発生していた。以前からその存在を確認されていたセルリアンはその力を振るってパークからフレンズとヒトを追い出し、島を我が物にしていた。


 これを重く見たパークを運営している本土の本社はすぐに事件の解決に当たった。しかし、世界的に有名なテーマパークとして売り出しておきながら未知の怪物がいる事、これから先のグランドオープン後の利益を考慮し、この事件を秘密裏に、さらには最小限の動きで解決したいと願っていた。


 それが、”ジャパリパーク創始者”によって選ばれた少年……フレンズの力を引き出し、”おまもり”の所有者に選ばれし者。それが、”園長”である。

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