けもラブK

robo

ナミチスイコウモリと男子高校生



「だから俺は思うんだ。女の子は見た目から始まるってね」

「あっそ」


 熱意を振るう友人をしり目にファーストフードショップのコーラを口にしても冷める様子が無くて呆れる。思春期全開の健全な男子であれば異性への好奇心と着飾る精神は理解できなくもないが今は思春期特有の食欲を満たしたくてしょうがないのだ。とりあえずハンバーガーを食う余裕が欲しい。


 だというのに友人は熱弁を振るっていらっしゃる。右から左に流しながら食べるハンバーガーは美味しさが減った気がした。


「……でさぁ、どーでしょうね。お前んとこさぁ、『毎日』見れるわけじゃん? どんなかなぁって思うんだけど」

「やっぱお前聞きたくてしょーがなかったんじゃねーか。別になんもないよ。騒がしいペットが家にやって来たようなもんだ」


 言葉の熱意とは裏腹に何かを秘めているのはとっくに察していた。さしづめ、今の少年の家に住んでいる『同居人』について聞きたくて聞きたくてしょうがないのだろう。なにせ『彼女たち』はヒトでありながらヒトではなく、すべて可愛らしい『美少女』しかいないというのだから異性に関心があろうとなかろうと好奇心を刺激されてしょうがないのだろう。


 事実、少年には否定できない部分もあった。友人のように『未知の生物』と『美少女』を併せ持った『同居人』にはテレビや各メディアなんかでも取り上げられる有名人のようなものだ。海の向こう、日本の領土と言えど『ジャパリ島』からやって来て本土の家庭で留学という形で、身近にいるのだから何としてもお知り合いになりたいと思うのは当然と言えた。


 ……がっ、その未知なる者と知り合いたいという気持ちと絶世の美少女とお知り合いになりたいという感情はすでに少年から消え去っていた。


「……わりぃ、俺そろそろ帰るわ」

「えー、たのむよー……俺もちょっとはお話ししたいんだって」

「無理なもんは無理だって……」


 付き合いきれず、ハンバーガーとポテトを食い終えてさっさと帰る支度を済ませる。親友からの彼女たち話を聞きたいアピールにはうんざりとさせられるが、それでも帰れば安心とはいかないのが最近の悩みの種である。


 なにせ、学校へ行けば同じようなやり取りを行うのだ。こうして質問責めとおねだりしてくる友人はだいぶましな方で、ゲスな勘繰りや勝手に学校帰りに写真を撮ろうとしたりなどヒトのマナーという物に疑いを持たざるを得ない。


 少年は帰路につき、悩みの種と顔を合わせることに溜息を吐きながら歩いた。足取りは重かった。



 学校帰りにスーパー。夕飯の食材の買い出しと夜食用の菓子をコンビニ袋に入れて、ぼんやりと家に向かう。


 大抵、家を出る直前に母親から夕飯の買い出しを頼まれるのは、少年の学校の帰り道にスーパーがあるためである。ついでに買ってきてくれと言って食材のメモを貰い、めんどくさくても買いに行くのは余ったお金は好きなように使っていいからだ。寄り道は出来ず、暇潰しは出来ない物の小銭が懐に入るのだから少年にとっても嫌な気持ちはしない。


 買いそろえた食材は思いのほか重くなかった。活発な男子高校生からしたら腕にかかる負荷としては大したものはない。帰りの道もすたすたと歩いて行けた。


 家が見えてくる。足取りが重くなる。腕にかかる負荷がスーパーの前だった時より重さが増している気がする。


 玄関の扉には鍵がかかっている。曲がりなりにもホームステイしにきた以上、ヒトとしてのルールはしっかりと元の学園で学んできているのだろう。


 扉を開き、家の中に入る。留守中の家のなかは明かりがついてないために暗くなっているが、すでに”誰か”がいることは知っているのだ。なにせ、”やつ”は暗闇の中でこそ生きる者。そうであれば、あいつがどのタイミングで来るのだろうかなんて、わかりそうなものだった。


 リビングへ通じる通路。まっすぐに伸びる床を歩いていくとだらりと何かが垂れてきた。


「――ばぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

「今日のおやつはシュークリームな。冷蔵庫に入ってるから食おうぜ」

「……つまんねー、なんか言えよ」

「はいはいこわいこわい」


 さながら天井からさかさまに立っているその少女は入って来た自分を驚かせようとしたのだろうが、刺激という物は適度でなければ刺激ではなく慣れてしまえば日常の一片でしかない。


 その事は少女自身も慣れているのであろう。黒いボブカットは毛先を桃色にさせ、纏っている黒い制服は彼女の体格と合わさって女子中学生ほどの年齢であることが察せられる。


 だが、先ほどの彼女の行動は普通の人間であれば不可能である。なにせ、何もない廊下なのだ。天井にだってなにもないのだから、女子一人ほどの重さを支えられる物なんてない。


 つまり、彼女は自力で逆さに立っていたということになる。


「お前、フレンズの力はつかっちゃいけないんじゃなかったか」

「大丈夫だって。ほら、今日の宿題に”プラズムの体内調節”があったんだよ。だからさっきのは宿題だからセーフ!」


 にやにやと黒髪をいじる少女の腕にはこれ見よがしに”銀色の腕輪”を見せつけてくる。腕時計のように丸い窪みには虹色に輝く石がはめ込まれており、きらきらと輝いていた。


「ふーん、じゃあホームステイ先のヒトに危害を加えましたって言っていいんだ」

「うっわイジワル! もうちょっと寛容になれよなぁー」


 ぶーたれるその様に慣れた対応で流していく。この少女が来てから二か月であり、顔を見合わせながら気を使って生活するのには二か月以上の気苦労がある。いちいち真面目に付き合っていたらこちらが疲れてしまう。


 ころころと表情を変えながら笑うさまはまさに”フレンズ”と言ったところだろう。コウモリをイメージしたような服装ときりっとした目つきに子供っぽさを感じながらも整った顔立ちには美少女だと認めざるを得ない。


 しかし、それを言おうものならどこまでもつけあがるから言わないし言いたくない。



 ジャパリ島、ジャパリパーク、フレンズ。これらの単語について説明を求められても自分には困るし、説明できたとしても長々とした話になってしまうだろう。よって、これらについては見ている人たちには知っている事を前提しつつ、話を進めていこうと思う。


 彼女たちアニマルガール、通称”フレンズ”は動物が”地球外物質・サンドスター”によって人になった”動物”である。


 彼女たちは小笠原諸島近くの海底火山によって発生した”ジャパリ島”にある巨大総合テーマパーク”ジャパリパーク”でヒトの下で管理され、平和に暮らしている……というのはもう何年も前の話である。当時は動物が人になると言う話題で世間は沸いたようだが、今となっては多くの人に認知され、彼女たちの存在は受け入れられていた。


 それこそ、島には都市部である”四神市”が設けられ、そこにはフレンズが通うための学園があるほどに。


「? なにジーっと見てんの」

「なんでも」


 くりくりとしたピンク色の瞳で見つめてくるこの少女もその学園……”ジャパリ学園”から留学してきたフレンズなのだ。


 彼女は”ナミチスイコウモリ”。聞くところによるとナミチスイコウモリと呼ばれるチスイコウモリの一種らしく、世間でいうところの血を吸うコウモリのイメージを固めたのがコイツだと聞く。動物に対して詳しくないから何とも言えないが……


 ただ、これだけはわかる。こいつはクソ生意気でわがままで嫌な性格をしているアホだ。アホなのだ。


「宿題はちゃんとやれよ。しっかりと勉強してなきゃ怒られるのはお前なんだからな」

「あれあれぇ、その言い方……もしかしてまた友達にからかわれたんだぁ。キキキキッ!」

「言ってろ」


 ……フレンズが誕生し、ジャパリパークが出来てから○○年。世間がフレンズに対しての認識が浸透し、その対策についてある一つの案が生まれた。それは、フレンズは人間社会で生きていけるかというテーマだ。


 アニマルガールはその扱いに関しては”動物”だが、高い知能と能力を秘めているがゆえに、そのまま動物として扱っていいモノかは昔から議論の種として扱われていた。彼女たちには自立心があり、知能があり、人と同じ倫理観を備えている。彼女たちを檻の中に閉じ込め、島の中で一生を過ごさせるか……そこで、ヒトが思いついたのがジャパリ島の中、ジャパリパークに隣接する総合都市部・”四神市”である。


 四神市が生まれたのには紆余曲折有る。もともとはテストオープンの際、関係者が止まれるための宿泊施設や商業施設を建てているうちにジャパリパークの需要が高まるとともに住宅街が増えて”観光都市”としての一面を抱き始めた……とかなんだとか。


 しかし、この都市にはもう一つの一面があり、それはフレンズが人間社会に馴染めるための”実験都市”でもあるのだ。市内には先ほどの施設はもちろんの事、空港、学園、工場、ショッピングモール、テレビ局、パークのプロジェクトに参加した企業による会社などなど……四神市にはフレンズが体験するための施設が多く用意されている。


 島の中に都市を建てる。これだけで莫大の金が動いているが、そんな金を使うくらいだったらフレンズを本土で暮らせるようにしたらどうだと言う意見も出た。


 だが、それは出来ない。彼女たちの体質がそれを許さないのだ。


「お前、ちゃんとサンドスターの残量には目を光らせておけよ」

「大丈夫だって。ほら、予備のコハクもあるからさ


 腕の銀色の腕輪……”デバイス”をこれ見よがしに見せつけつつも、ポケットから丸いカプセルを手で転がしながら少女は笑っている。


 フレンズは、原則としてサンドスターによって満たされたジャパリ島から出ることが出来ない。彼女たちの肉体はけものプラズムと呼ばれるエネルギーで構成されていると言った通り、エネルギー源であるサンドスターがなければその姿をフレンズとして維持が出来なくなるのだ。


 そこで島の外に出るためにはどうすればいいか。それを解決したのがサンドスターを加工した”人工コハク”を取り付ける”サンドスターデバイス”である。これがある限り、彼女の肉体はヒトとしての姿を保てるのだ。


 テーブルの上に彼女が留学する際に持たされたコハクのカプセルが転がる。残り個数は二個。予備のモノを数えたとしたら向こう一週間分はあるだろう。


「そろそろ、だな。明後日には帰るんだろ」

「うん、まぁね」


 なんてことはなく言い放った。予備はいくつかある。だけれども、彼女がここにいられるのはテーブルにある数の分だけだ。

 

 彼女はここでのホームステイを終え、島へと戻る。あれだけ騒がしかったコウモリ女も島の方の日常を取り戻し、そして自分自身も静かで平和な日常を取り戻せるのだ。


 きーきー騒がしい声とばったりと驚かしてくるイタズラ。本土でのおいしい食事を教えてやり、休日にはいきたい場所に連れてやって各地の観光名所を教えてやるこの日常はあっさりと終わるのだ。


「……ねぇ、寂しい?」

「いや楽しみ」

「ひっどっ!」


 言ってやるのも癪なところだった。それを認めてしまえば、調子づかせる苛立たしさがあったし、こいつに腹の内を見せることをプライドが許さなかった。


 なのに、肘をつきながら問いただしてくるその顔は一抹の切なさと何かを”言ってほしい”ようにも見えた。あれだけ騒がしく、親の前だと借りてきた猫のように大人しい狡猾さを持ち合わせて、なのにたまに親しみのある笑顔を向けてくる。本当に、こいつは。


 顔を見るのも嫌になる。自分の部屋に戻ろうとして、シュークリームの袋をそのままにして出ていこうとした。


 後ろの方で袋の音が聞こえる。きっと、アイツが捨てたのだろう。苛立たしさも、無性に沸き立ってくる感情に振り回されている事に気づかれているのかもしれない。


 あいつは、言い放った。


「私はさみしいな」


 言った、言いやがった。普段はむかつくか生意気だとしか思えないような奴なのに、こうやってふとした一面を見せつけてくるのだ。それが、こいつを嫌いになれなくさせる。


 本性なのだろう、本音なんだろう。本土でのことは思い出に残っているはずだ。日本の学校に通い、女友達だって作っていた。人間の知り合いが増えて、遊びに行くこともあったけれどそれでも自分の方にちょっかいをかけてくることは欠かさなかった。どんな時があっても、こいつは……俺を優先することが多かった。

 

 言いたくなかったし、認めたくなかった。けれど、ここで認めないとこっちがガキみたいじゃないか。


「……今度の夏に会いに行く。こんどはそっちが四神市やパークの面白い所見せろよ」


 それだけ言い放って俺は部屋に戻った。その時の顔が笑っていたのか、涙目なのかわからない。見ることはなかったから。


 けれど、リビングの方で聞きなれた「キキキっ……」という笑い声が嬉しそうな涙声にも聞こえた気がした。


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