人類暦183年9月29日 荒廃と停滞

「『生命の樹』は…完全に、目覚めた。俺たち…は勝利したが、結果的には…破綻に変わり、ない」

廃材で組まれたような秩序のない部屋で、掠れた声の老人が告げる。殆ど真っ白に染まった髪は荒れ放題、左腕と左目は欠損。生きているのが不自然なほど弱り切った姿だ。


「…で、そんなことわざわざ言うって事は、なにか打開策があるんでしょ?まあ、聞いてるのかもしれないけどさ」


その場に居合わせた7人の人間の中で、唯一若々しい姿の黒髪の男が懐中時計を弄びながら投げやりに問いかける。


「従来より私が構築していた理論だ!あぁ、素晴らしい。我々は敗北などしていない!…単純な話だ!存在を引き上げ、実態を歪ませ、位相を断裂させる!」

「……『完全なる全』の力を以て、人間の生命保障を継続する」


両眼に傷を受け、星環のモチーフを首から下げた人間と、全身を黒い金属で覆った機械音声の人間がその質問に答えた。


「爺さん、アンタがボクを鹵獲してこんな汚い躯に押し込めたのは、それが目的かよ」

「…うっせぇなァ、餓鬼。なァ、なんでこいつ生かしてるんだ?」


呼応する様に吐き捨てたのは、培養液に閉じ込められた青年。灰色の髪をした老人が培養器を指さし、恨めしそうな顔をする。


「クディオル、君の…助力があれば、この、計画は…成立する。…許可を、もらえるか?」

「らしくないな、クァレル。お前らも、こんなに落ちぶれた顔をしているとは思わなかった」


老人の瞳の奥に僅かな逡巡を見て、次の言葉をつづける。


「お前らのそれは、敗北の先延ばしだ。何千年経たところで勝利はない。

 …だから、俺が最後の犠牲になってやる」



「第1-第6外領域…まで、規定、完了。各構造の…動作確認を、行う」

「あァ、『零点振動機』の動作完了だ」

「私の『銀河の眼』に欠缺はありませんよ!」

「『自己複製構造体-輪転複層時計』、うまくいってるよ」

「『無尽の特異点』、正常動作」

「『フラクタルエンジン』…、回転数、正常」

「…ちっ、『幻想武装』、憎たらしい事に完璧ですよ」

「『沈滞の領域』実行済みだ。あぁ、これでいい。たった数千年のお別れになる」

「…全構造、動作、確認した。……クディオル、本当に、すまない…

 …我々は、必ず、かの埒外の、創造者気取りに…刃を届かせる」


眩い閃光の柱が天高く上がり、周辺を奔流が呑み込んでゆく。

光が晴れると、そこにあった巨大な構造物は跡形もなく消え去っており、男一人がポツンと立っていた。暫くの間祈りを捧げるように頭を垂れると、振り返ることなく消えていった。



けたたましく鳴るサイレンは、危険を告げるものだ。

それを受け、穏やかに白波の立つ海、そちらへ砲身を向け放置された大砲に慌てて駆け寄るも、直ぐに無駄な行為だと理解することになる。


天を黒く染めるような渦が、確定的な滅びが、圧倒的な速度で向かってきていた。


「なんだあのエネルギーはッ!?戦争には…我々が勝ったんじゃないのか!?」

「…残念だが両者敗北だ。だが、数千年たてば俺らが勝つことになる。

 恐れろ、蒙昧な信者共ッ!これよりこの要塞は『停滞』に沈む。

 魂魄を繋ぎ、死門を断ち切る。『沈滞の領域』、解放———!」

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境界断片の報告 @vertexreport

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