人類暦12年3月19日 『渦』

仄暗い廊下に、2対の鉄靴が音を反響させる。

純白の法衣、金色の装飾具に身を包むは、セリア教団の「第三位階シエル」。枢密院の長にして、「王冠同盟」を司る最高指導者の二人だ。


「■■■、実験の進捗は如何でしょうか。」

「問題ありませんよ、■■。首尾よく進めば、王冠同盟は圧倒的な優位を築くことが出来るでしょうね」

病的な迄に白色の肌、光を失った黒色の双眸。愉快そうに見える会話に一切感情はなく、だ。


■■が飾り扉に手を触れると、紋に蒼色の光線が走る。鈍い音を立てながら扉は左右へ開き、中から白色の光が漏れだす。

5名の構成員がモノリスを操作し慌ただしく動いている。

全ての光が収束する先は人より大きな「生命の樹」の紋様、その下に横たわる生気のない人間の身体。


「開始してください。」

■■■の号令。同時に「生命の樹」の紋様が最上部より輝き、人間の身体へ光が流れ込む。


――存在規定、2,500Hm

――『王冠』組成抽出――完了


――第1-第9エリア、オールクリア

——全セフィラ領域正常に作動。『王冠』組成の注入を開始します。


――注入量にエラー。観察を続行します。

――重大な不具合。器の存在不足!

けたたましいビープ音が鳴り響き、部屋が赤色に包まれる。構成員が慌ただしく走り回る中、「第三位階シエル」の二人は感情のない目で「生命の樹」を見つめる。


「『基礎』ですか。予想通りですね。」

――え、なんて?

「注入を続けてください。『王冠』の名の下に成功を導きます。」

――し、しかし!私たちが死んでしまう…!

「ええ。何か問題がありますか?」


にこやかに語り掛けるも、顔には貼り付けたかのような不気味な笑み。一切の反駁を許さない圧力を感じさせる。


――ち、注入を続行します……。

――『王冠』阻害!人体が…反転します…!


ビープ音が途切れ、全てが静寂に包まれ――人体から放たれたどす黒く悍ましい光の奔流が視界を埋め尽くし、その場にいた人間は瞬きの間に存在を消し飛ばされる事となる。

「おめでとうございます。これで人類は滅亡するでしょう。」

無理解が意識を喰い尽くす前に、不穏な言葉を残して。


「皆さん順番に避難してください!力場の拡大はゆっくりです、歩いても避難は間に合います!」

「息子が!息子がアレに触れて…!」

「残念ですが息子さんは助かりません!手を放しなさい!」


『王冠同盟』の拠点、旧都セリアは大混乱に陥った。普く物質を呑み込み拡大する力場は、その速度を徐々に拡げ、今にも旧都を滅ぼさんとしていた。


「『統一政府』、余りにも攻撃が卑劣すぎるだろう!」

「何が『新人類』だ…このままだとお前たちも滅びるんだぞ…!」


「さあ、最後のピースです。」

――新人類への怨嗟が叫ばれる旧都の城壁の上で、白い法衣がはためいていた。



人類暦12年3月19日――後世において『セリアの渦』事件と語られる――反転力場の発生は、人類で最も凄惨な、滅亡に瀕する事件であった。


『統一政府』による侵攻が苛烈を極める中、一転構成の奇策として[250,000LP](旧人類尺度:存在規定値2,500Hm)の通常人類個体にセフィラ:『王冠』の概念を注入する実験は(当然であるが)失敗。


反転力場——存在する限り最も安定している物質の集合——は感染性を持つ災害であり、触れた物質をすべて自身と同一にする作用を持っていた。


徐々に加速しながらすべてを呑み込む力場の存在は、人類すべてを破滅へと導くはずであったが…

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