第2話「守るもの」

地球と原住民族に呼ばれる惑星の地表にランディング・ギアをつけて、一応の環境チェックをさせてから、大気に身体をさらす。

腐敗した有機物と塩化ナトリウムの香りを含有した風は男を辟易へきえきさせたが、だからといって母星へ帰るわけにもいけない立場にあるのだから、つらいのである。

これは地球を生命の星にした恵風であり、今も幾億を超える命を育む、母なる海の息吹である。

けれど、この男にとっては微塵も思い入れがないものなのだから、1Gしかない重力も含めて不快にしか感じられなかった。

それよりも、一刻も早く、とある重要人物の身柄を保護しなければいけないという焦燥感で、性急な気性を止めることができなかった。

この熱血さは彼の勇ましさによって押し出されているものなのだが、それは次第に増長して、冷静さを欠く結果となる。

彼は、そんな武官である。



その武官は、脱走した大国の姫君を追って街路灯の下を疾走していた。

地球に降り立ったのが、昼。

それから宇宙船を使い7時間ほど捜索して、ようやく探し求めていた人物を発見したのである。

探し人である姫君は、街を転々として、一つの民家へ逃げ込んだ。

そこで追い詰めたと思ったが、やはり詰めが甘い。

現地住民の手引きを受けた姫君の逃走を許してしまったのだ。

実直すぎる性格が災いして、結果的に迂遠うえんさくしかとれないのである。


逃走を始めてから、5分ほどの刻。

武官以外の追跡者は、顔以外を黒で染められた衣服を着用していた。

その黒は道路上で、ブロック塀を背にした少年少女に、じりじりと接近をかけていた。

どの黒を見ても、相貌にはなんの表情を浮かべておらず、有無を言わさせないのである。

そんな大男たちが接近してくれば、自然と圧力が付いてまわっているようにも感じられる。

逃走者の焦りは息切れとなって、闇夜に拡散していった。


「もう逃げ場はありません。観念してください、イルドゥナ様」

「わたしはあなたたちの道具じゃないってば!」

「しかし、これは不利だ・・・何か考えはないのか?」

「大丈夫。こっちには斥力銃!これがあるんだから!」

「あんなものは、当たりはせん!行け!」


武官による怒声は的中して、放たれた光弾はことごとく見当外れの方向へ消えていくばかりだった。

これは、つけいる隙だ。

追跡者たちは整ったフォームで疾走し、一気に距離を詰めていく。


「なんで当たらないの!?壊れた?」

「こいつ・・・!?でたらめ過ぎる・・・・・」

「だって銃なんて面倒なもの、普段は使わないし」

「なら、俺に貸してくれ」

「撃てるの?」


疑問とともに受け渡された銃はとても滑らかな触感で、慣れた重さがないのが少し残念だった。

けれども、次の瞬間には青白い光の筋を放って、追跡者のうち二人を打ち抜いていた。

しかし。

打ち抜いたというのは誤りだった。

追跡者達はダメージを負ったものの、光弾が貫通することはなかったのだ。


「護身用というわけか・・・この状況では十分だが」

「それ、ちっちゃいデブリなら消滅させるくらいの威力はあるよ」

「何?まだ冗談を言う余裕はないぞ」

「命中しただと?これはまずいな」


仲間の二人を打ち抜かれた武官の男は、あからさまな動揺を見せた。

その隠さぬ態度には、流石に御しやすさを感じるのである。

さらに少女による発言の信憑性しんぴょうせいも高まったのだが、片手に収まる銃が岩塊を破砕できると考えるほど、優希は夢想家ではない。

それでも、これは通用に値するとわかった。

一度通った手段は使い倒すべきだと学んでいるのだから、再び銃口を向けて、誇示してみせる。


「クッ・・・一度引くぞ! イルドゥナ様は、これで諦めたと思わないでいただきたい」

「別に、諦めちゃってもいいんじゃない?」

「そういう訳にもいかないのです。では、失礼!」


こう言い残した武官の男は、負傷した男達を庇って、足早に去っていった。

大仰な姿勢と慇懃いんぎんな態度の組み合わせは、どこか芝居めいているように見えた。

堅物で不器用な性情がさせる雰囲気であるのだが、追われる少女に、そんな気苦労が知れるはずもない。

そんな実情を客観視して、優希は直前まで戦っていた相手である武官の男に惻隠そくいんするのである。

つまり、この人は思ったほど悪くないし、本人の実力を超えた立場に置かれてしまったしがない男なんだな、という考えに収斂しゅうれんされるのである。

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