本編

第1話「謎の流星」

小型の宇宙船は行先も決めないままに、脇目も振らず驀進ばくしんしていた。

これは遥か彼方、宇宙の果ての話であったが、数奇な運命を辿って、太陽系に属する水の星へと接近していたのである。

そのひときわ輝く流星を追跡するようにして、3つほどの閃光が地上に向かって走っていた。

追跡する宇宙船のうちの一つ、スペース・フライロードには2人の男が搭乗していた。


「確認しました。温暖で、表面の多くを鹹水かんすいが占める惑星であります」

「そんなことはきいていない!すでに境界層も突破されているんだぞ」

「失礼しました!それより、降水雲が発生しているのですが、静電気による放電を起こしているようなのです」

「対流圏にまで入れば、雷も発生するか・・・しかし、私はなんと運の悪い男だ」

「データによると、ここは降水量が多い地域のようです」

「フォローしてもらってすまないな。だが、それより先に報告することがあるのではないか?」

「・・・報告します。コード・JAPを最後に、姫様のフライモールをロストしました」

「わかっているよ・・・ここは離脱する。我々がちるわけにもいかんしな・・・」


男は、水滴によって構成された白い層と、広大な青い塩水を見下ろして、慨嘆するように言った。

この男にとって重要な局面においては、往々にしてこうなのだ。

出世には興味がなかったが、これでは先が思いやられる・・・。

そういう感情に制圧されて、既に乖離していた自然の脅威などは忘れてしまった。

それが銀河の果てであっても、自然はすべての事情などきかずに厳存する。

地球由来のものであっても、そうでなくとも平等にあつかうのだから。

もちろん、彼らの運命も・・・・・



そんな侵入者たちの攻防の、ほぼ半日後。

数日後には追跡されるどころか、命まで狙われることになる少年、白戸優希は自らの運命など知らずに、インターネットに接続して情報の収集を行っていた。

優希は、ソフトウェアの情報ばかり得て、ハードウェアには疎い少年なのだから、今日はブロードバンドの接続数が多いか、電離層の状態が悪い、という少しの異常に気付くだけであった。

それ以上に思索を巡らせるほど、先鋭的ではないのである。

これは、当たり前のことだ。

表向きは平和な日常の裏で、空の果てにて戦いが起こっているとは誰も考えないだろう。

この17歳ばかりの少年も、地球外生命体については、木星のエウロパに存在している可能性がある、と考えるのが関の山だ。


「3人目の情報はなしか・・・」


優希は、いささかの感慨もなかったかのように端末の電源を落とした。

そうしてベッドへ仰向けに滑り込めば、自然と天井を見ることになる。

けれど、それは退屈なことなのだから、視線は無意識的に窓へ向いた。

夜間だというのに開きっぱなしのカーテンは、神経質な優希に相応しくなかったが、時には神経が雑になるのが人間である。

そして、星空の中に進入角度を深く取る、3つの流れ星を視認した。

これを異変だと感じることができたのは、優希が非凡な少年であることの証左になるだろう。

3つの衛星が同時に地球に落下するか?

答えは、否である。

その見真ができた優希は疑念の心をもって、窓を開け放った。


直後、優希は上方から飛翔してくる影の存在を感知した。

影があるならば光も存在するのだが、そこには気付けなかった。

突如として、窓外から人間が飛び込んできたからである。

ここは民家の二階にあたるのだが・・・。

そのおよそ体験することのない現実と、見慣れない恰好の人間を見たのだから、驚愕する他はない。

人間は、女だった。

少年と同じほどの体躯と、日本人離れした美貌をもつ、赤毛の少女だ。

およそ、モンゴロイドの遺伝子を受け継いだ人々が羨望と嫉妬の念でみる、あの容貌に近しい。

この焦燥感をまとった女は、憤然としたうめき声をあげたようだった。


「太陽が影になっても追ってくるなんて、本当にしつこいんだから!」

「君は一体・・・!?」

「・・・あなたは、この星の人」

「間違いではないけれど、その言い方ではまるで君は」

「もう逃げ場はありません。いい加減に観念していただく」


割り込んできた声に2人が窓外を見れば、細身に軽装の鎧を纏った青年が、不躾にも入室してくる姿があった。

1人状況についていけない優希も、この女は追いかけられている、というのが否が応でもわかった。

けれど、そもそもの温度差と、普遍的な常識をもつ優希にとっては、見知らぬ人間が土足で侵入してきたことの方が問題だった。

警戒と少しの敵愾心てきがいしんを持って諦視ていしすることは、忘れなかった。


凶王きょうおう様も、きっと寛大な御心で許してくださいます。私も謝罪致しますから」

「謝るために出てきたわけじゃないよ。放っておいてよ!」

「しかし、姫様を無事に連れ帰るのが私共の仕事なのです」

「もうあんなところには帰りたくないの!」


優希は眼前で繰り返される反駁はんばくを聞いて、身の振り方を考えていた。

しかし。

仕事を言い訳にする大人と、自由を欲する少女。

年ごろの少年がどちらの味方をするかは、言うまでもない。


「君は、俺についてくるんだ!」

「えっ?」

「地球人だと?貴様、なんのつもりだ!」


若さゆえの無責任さによって、計画性に欠けた行動は実行に移されていた。

自意識の拡張は思春期の特権だからである。

善悪を問われる前に行動できて、時に大人の思索のはるか上をゆく結果を叩き出す可能性をもつ存在なのである。


「俺の腕につかまるんだ。いいな!」


髪の毛より少し薄い紅の双眸そうぼうは当惑の色をみせたが、優希は有無を言わさず少女の腕をつかんだ。

次の瞬間、手の繋がった2人は、窓から隣家のベランダへ跳躍していた。

その飛距離は優に5メートルを超過するものであったが、この場に自らの目を疑う者はいない。

少女が、周囲の瞬間的な空気の膨張を感じたのと、ほとんど力を入れずに跳躍できてしまったことに少しの違和感をおぼえただけである。

しかし、次いで優希にかれて屋根の上に跳躍をしていたのだから、そんな些細ささいなことは忘却された。

そして、さらに跳んで、隣家へ。

その小さな輝きが炎を纏う流星へと化すのは、少し先の話だ。

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