第56話 第九章 平定されたはずの地

 何気なく路を進ませていると、進行方向左側に見えていた草香江が段々と大きな姿へと変わっていく。

 先程の場所からはまだ分からなかったにしても、近くまで来てみると、それはそれは神々しく感じるほどの広さを誇っていて、見た事のない規模の湖の蒼さに岳は只々圧倒されていた。

「うわぁ、これはすごいぞっ!湖自体初めて見たが、こうなると少し小さい海ではないかっ!!吉備津彦っ!この海で、どんな魚が採れるのか?」

 岳の素っ頓狂な声に、何故か反応も示さず草香江を睨んでいる吉備津彦の姿があった。

「どうしたのだ、彦五十狭芹彦。糞でもしたいのか?」

 いつの間にか天鈿女との談話を終えていた狭野尊の声に吉備津彦ははっと意識を取り戻した。

「いえ、そのような事ではございませぬ。私が旅していた刻、この草香江に纏わる不可思議な噂を耳にした事がございまして…。」

「ほう…。それはどのような?」

 狭野尊の問いかけにどこか躊躇している様子の吉備津彦。

「あんた、何が言いたいのよっ!言ってすっきりしちゃいなさいよっ!」

 多分狭野尊に聞きたくもない話を散々聞かされて苛立っているのだろう。いつもよりはまだマシなのだが、やはり険のある雰囲気を漂わせながら天鈿女は言葉を発した。

 しかし、その確信に迫らず吉備津彦はそっと話題を変えた。

「えー、両御神殿。これからはどのような路を進ませるお考えで…?」

 狭野尊と天鈿女は顔を見合し、少し考えるように腕を組ませた。

「そうだな…。経路は二種。この草香江を横断し、白肩津辺りから暗がり峠を抜け、生駒入りするか、草香江沿いに路を進ませ、南の河(現、大和河)を渡り、龍田に入るかのどちらかだ。」

 狭野尊は一度言葉を止め、水面から霧が立ち込めている草香江の先に存在している生駒山脈を眺めた。

「この草香江は嘗て、でいだらぼっちという怪物が居てだなぁ、骨を折りながらもこの俺が封印したのだ。どうだ、すごかろう…。」

 誇らしそうな表情を一向に向けた。

「まあ、それも今は昔の物語じゃ。今はおらぬからこのような静寂な湖となっておる。しかし、この湖を横断する機関など存在しておらぬ。よって、汝等には南の河経路しかないと思われる。その経路で、運よくば三本足に出逢える事になるかもなぁ…。」

「えっ!?八咫烏様にお逢いできるかも知れぬのですかっ!?」

 吉備津彦は大げさに声を上げた。

「もしかして、もしかしたらば…、だがな。」

「そうですか、そうでしたかっ!!そうとなればすぐさま草香江沿いに路を進ませましょうぞっ!!さ、岳っ!!さっさと行くぞっ!!」

 狭野尊の選択に何故か先程まで浮かべていた表情は消え、岳の背を押しながら溌剌と路を進ませている吉備津彦の背を眺めながら狭野尊は軽く息を吐いた。

「狭野…?どうしたの?」

「いや、その経路に少し嫌な噂を聞いていてな…。まあ、何とかなるであろう…。」

「狭野…?」

 天鈿女の言葉に答える事もなく、狭野尊は怪訝な表情を浮かばせながら吉備津彦の背を追うように路を進ませ始めた。

 一方、吉備津彦は、まるでじゃれあうように岳と路を進ませながら安堵の溜息を吐いていた。

 それは何故かというと、確か、吉備国へと向かう旅路の茶屋で食事をしていた際、隣席にいた客の間で交わしている会話を耳にしてしまったからである。

 その会話はこのようなものであった。



客人、あ「おい…、昨夜、白肩津で俺達宿泊したよな?」

客人、か「おう、したぜっ!?あそこは少し高かったけど、大層いい宿だったよなっ!今度もあそこにしたいと俺は思ってるぜっ!」

 

 客人、あ。驚愕した表情を浮かべて、か、に対して訴えかける。


客人、あ「俺、夜中に小便で目が覚めたんだ。んでな、あの宿の厠、湖沿いにあるじゃないか?…そこで見てしまったんだっ!!ひえええええっ!!!!」

 

 客人、か。あ、に対して神妙な表情と声を浮かべる。


客人、か「ど、どうしたんか?女狐でも化かされたんか…?ええっ?」


客人、あ。身体全身で震わせながら、蒼白した面持ちで、か、にゆっくりと語りかける。


客人、あ「狐なら…、まだマシだ…。」

客人、か「だから…。お前は何を見たんだ?」

客人、あ「湖の真ん中で、山のように大きく聳え立つ物を見たんだ…。初めは眠気眼だったからだと思ってな、目を擦った後に見てもやっぱり立ってたんだ…、それ…。」


 客人、か。あ、に対して初めて驚愕した表情を浮かべる。


客人、か「そ、それって…。この国の昔の偉い人に封印されたっていう…。」


 客人、あ。か、に対して驚愕した表情で見返し、叫ばせる声で返す。


客人、あ「多分…。あれは、でいだらぼっちだ…。俺ら商人の間で噂されていたのは本当の話だったんだ…。俺はこの目で見ちまったんだっ!!!!」

客人、か「ひええええええええええええええええっっっ!!!」


 あ、か、は怯えながら肩を抱きしめあい、その場へと崩れ落ちていく。


『ライティングとミキサーデシベルを完全ダウン。』

                         一幕、終



 という内容を吉備津彦は聞いていた(見ていた?)のであった。

 先程の会話の流れ上、狭野尊はこの噂を知らない様子だ。噂は噂なのだが、あの者達の怯え方から信憑性は高い。

 だからこそ、狭野尊が決定した南の河経由の案に持っていきたかったのだった。

 吉備津彦は岳を強引に引っ張りながら、何故か渋い表情を浮かばせる狭野尊を無視するような形で、その前で足を進ませていると、一本の立札が目の前に現れた。

 そこには『ようこそ、一級湖、草香江湖へっ!!』と書かれた文字の下に、この湖を案内した絵が描かれていた。

 岳はその立札をまじまじと見つめながら呟いた。

「ほうー、ここは鯉や鱒が釣れるというのかっ!!集落の市場で弥生が淡水魚を買ってきた事があったな。それを岩塩で焼いたら大層うまかったっ!!吉備津彦よ、釣りをする刻はな…。」

 そう言いながら岳は横の方へと視線を向けると、その立札の下付近を眺めながら戦々恐々たる表情を浮かべながら眺めている吉備津彦の姿があった。

 その視線の先を眺めてみると、そこにはこう示されてあった。


『※邪神注意!!』


 書いている意味が岳にはよく理解できなかった。

 先程、狭野尊の話によると、ここにいた怪物は封印されているはず。

 だからこの邪神というのはそれとは異なる神という話なのか、それとも…。吉備津彦の表情から、それは只ならぬ神ではないという事は十二分に察する事ができる。

 この湖は横断する機関がないとも先程の会話で出ていた事から、それはそれでよかった話になるのではないかと岳は何となく思った。

 岳と吉備津彦が突っ立っている側に狭野尊と天鈿女もようやくたどり着いて、御二神ともその立札を繁々と眺め始めた。

 そして、狭野尊は笑顔で明るい声を上げ、笑い始めた。

「おおっ!!以前はこのような立札などなかったぞっ!!これも、俺が平定したから安心して掲げる事ができるのだなっ!感無量である。…んっ?邪神、注意であると…。」

 やはりそこに視線は止まったらしい。

 吉備津彦は、今こそあの刻に聞いた話を狭野尊にせねばならぬと意を決して息を吸ったその刻…。

「あーはっはっはっ!!確かここは第四、住吉三神課の管轄だったよなっ!?奴ら、なかなかの自虐ネタを繰り出しているではないかっ!!この俺が封印した邪神を未だに注意しろとっ!!これ以上の笑えるネタが、この大和のどこに存在しよう事かっ!!あーっはっはっはっはっ!!!」

「大先生っ!!実はこれにはっ!!!」

 吉備津彦の張り上げた声も聞いて聞かずか、狭野尊は愉快そうに高らかな笑い声を上げていた。

 一人で湖沿いに足を進ませていき、遂には一行が確認できるかできないかの所で何かを発見したらしく、即座に狭野尊の叫び声がその場へと鳴り響いていた。

「は、はうわっ!!!!」

 その叫び声に逸早く反応した吉備津彦は、すぐさま狭野尊の方へと駆け着けていった。

「ど、どうしましたっ!?狭野尊大先生っ!!」

「な、なんだ…。あれは…。」

 身体を戦慄かせながら指を刺す方へと視線を向けると、白い鳥のような姿の物体が、何台か規律よく湖に浮かんでいた。

 その横に小さな木札が立てられていて、吉備津彦はそれに記載されていた文章を読んだ。


『人力白鳥船。使用料無料。釣り、遊覧、御堪能遊ばせっ!!湖を横断される方はこの反対側の白肩津にてお置き下さいませ。 ※邪神注意  管理人』


「な、なんとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 吉備津彦は大いに心の中で叫んだ。

 横断する機関はないと言っていたではないか…。

 ご丁寧にこの立札まで邪神注意と記載されているにも関わらず、相反して何故にこのような物が準備されているというのかっ!!

 というよりも、こんな下世話をどこの誰がもたらしているのだっ!!!

 吉備津彦の心の中の叫びは絶頂を迎えたその刻、狭野尊は唸るような声でこう呟いた。

「う…、美しい…。」

「えっ!?」

 その声に吉備津彦は驚愕し、声を上げた。

「この乗り物。この白に彩られた湾曲。実に美しい…。確実に白さぎではないこの鳥。一体誰が模ったというのか…。」

「いや、大先生…。」

 狭野尊は相変わらず身体を戦慄かせながらその物体に近づき、手に触れ、中抜かれた所に置かれていた櫂を発見した。

「ややっ!只の置き物と思いきや、これは人力船ではないかっ!!」

 やはりこの船の側の立札の存在は気づいていなかったらしい。

 しかし、その物体が船である事に気がついた今、まさかの展開に誘われる可能性が見出される事となった。

 吉備津彦は刹那、表情を暗澹とさせたが、しかしまだここを横断するという決断にまでは至っていないと思い返し、全身を武者振らせ狭野尊の方へと視線を向けた。

 相変わらずその人力白鳥船という摩訶不思議な物体をペタペタと触りながら、中の構造を興味深く繁々と眺めては納得の余り軽く吐息を漏らしている狭野尊。余程お気に召した御様子である。

 その傍ら、吉備津彦は必死に思いあぐねていた。


『大先生はあのような態度を見せながらも、先程の立札に掛かれていた「邪神注意」の文を気にされているはず…。邪神勉強会の中で、でいだらぼっちの情報は儂も頭に入れている。この面子で、でいだらぼっちと向き合う事など危険過ぎる。そのような事は、かつて戦われた大先生ならきっと分かっているはず…。ならば、船が見つかった今であろうとも、草香江を横断するという無謀な選択肢など選ぶはずなどないではないか。…多分。』


 そう思う事、二秒半。

 再度、正面へと視線を向けると、狭野尊は少し冷たい風の向かう方角へと視線を向けながら、しかし表情は何故か爽やかな笑顔を浮かべていた。

 吉備津彦はその笑顔に妙な違和感を覚えた。


『ん…?この笑顔の意味はなんだ?あ、そうか。先程から眺めていたこの船をご満悦になられたのだな?ならば、早くこの場から立ち去り、南の河へと旅立とうではないかっ!!大先生っ!さあ、早くご決断をっ!!』


 爽やかな狭野尊の笑顔に釘づけのまま直立不動の天鈿女と、その横で絶好の釣り場所を探している岳。そして、狭野尊の方へと訴えかけるような視線を浮かべ見る吉備津彦。

「彦五十狭芹彦よ、そのような悪い顔を浮かべてどうしたというのだ?」

「いえ、大先生…。何もございませぬ。して、大先生こそどうなされましたのか…?」

 なるだけ余裕ある口調で吉備津彦は言葉を発したが、生唾を呑む想いは否めなかった。

「済まぬ、待たせたな。しっかりとした構造の船ではないかと思ってだなぁ…。」

 狭野尊は白鳥船にもう一度視線を移すと、気品に満ち溢れる雰囲気で、自信満々に言葉を続けた。

「南の河の方へと向かうより、この船に乗り、草香江を横断する事にする。想いの他、早く大和へとたどり着けそうだぞっ!!よかったな、皆の者よっ!!あーっはっはっはっはっ!!!」


「江っ?」


 吉備津彦は自身が石灰の像と化したのではないかという感覚に陥った。


『いや、いやいやいや…。ちょっと待ってほしい。邪神注意という文が目に入らなかったというのか?いや、それも違う。先程笑いながら復唱していたではないか…。という事は、やはり気に留めていないという事になってくる。やはり、旅の途中で聞いたあの噂を、申し訳ないが狭野尊様にお伝えしなくてはいけない。どう思われようとも、一行を危険に晒す訳にはいかないのだっ!!!吉備津彦よ、お前なら言える。いざっ!!』


「大先生…。心苦しくもお伝えせねばならぬ話があります…。聞いて頂けますか…?」

 勇気凛々に吉備津彦は、睨むような視線を這わせながら言った。それにも関わらず何故か笑顔のままの狭野尊。

「どうした?天鈿女は顔が濡れるが嫌いだという事は知っておるぞ?しかし、そんな事を言っている場合でもなかろうが。ええっ…?」

「そのような話ではございませんっ!!!」

 流石の吉備津彦も、狭野尊のチグハグな言葉に大先生と弟子である立場を忘れ、吠える事しかできなかった。

「この地に君臨していたでいだらぼっちが復活しているという噂が所狭しに蔓延しておりますっ!!そして、それを目撃したという話も私はかつて耳にしておるのですっ!!きっと、この船は何者かの…、否、もうこうなれば隠す事などないっ!これは『大和邪神組合、日の本』が我々に仕向けた巧妙な罠っ!この湖に引き込み、私達を死に至らしめる絶好の機会だと高を括っているはずでございますっ!!天鈿女様もきっとそれに気がついているのに何故、何も言わないのでございましょうかっ!!私にお教えくださいっ!御二神様っ!!!」

「ほう…、彦五十狭芹彦も日の本の存在を知っておったのか…。」

 狭野尊の表情に先程まで見せていた笑顔など微塵もなかった。

「ならば、話は早いな。先程の立札で邪神注意と書かれていた文章は第三課の計らいであり、この湖にでいだらが潜んでいる事など読んで字の如し。そんな事、分からぬ俺であると思うのか?彦五十狭芹彦よ…。」

「そのような訳では…。」

「否っ!!お前は何も分かっていないっ!!」

 狭野尊の叫び声に、辺り一面の風景が一瞬歪んだ。

「我が、戦略研究所の集いで、馬鹿真面目に受講しているお前の態度は俺の耳にも届いている。だからこそ、でいだらの能力に恐怖感を覚え、何らかの策を講じているお前の態度は褒めるところだ。しかしながらな、彦五十狭芹彦よ…。」

「はっ…。」

 いつの間にか吉備津彦は頭を垂れ、片膝を地面につかせている態度へと変わっていた。

「お前達からすると、とんでもなく強力な邪神かもしれない。だがな、俺からすると、でいだらなど今となればちんけな国津神の一つでしかないのだ。封印しようと思えばすぐにできるくらいのなっ!!!」

「ははぁっ!!!」

 狭野尊の強く奥深い言葉に、吉備津彦は恥じることなく、身体を地面に這わせながら、まるで熱い涙が全身を覆うように滴に塗れながら泣いていた。狭野尊の話は続く。

「今、俺が危惧する邪神はこの地にいるでいだらではない。それは、紀國南部の森で復活したと噂される邪神大熊であるのだ…。」

「えっ!!東征伝説の際に、狭野達を混乱の渦に陥れたと言われているあの邪神っ!?」

 今まで殺伐とした雰囲気にどうする事もできなかったが、吉備津彦が泣き伏せている今、やっと言葉を挟む余裕を感じた天鈿女はすぐさま用意された台詞のように言葉を発した。

 その声に狭野尊は少しだけ表情を揺るがした。

「そうだ、天鈿女。あの刻は高倉下がもたらした布都御魂があったからこそ封印する事ができたのだ。そうでなければ、俺達は敢え無くそこで地に没していただろう…。」

「という事は…。うんうん、段々狭野の言いたい事が掴めてきたわ…。私達と狭野が務古の水門で接触したのを、何らかの形で知った組合側が私達だけを陥れようと用意したこの軍略罠という話ね。でも、何でそんな大熊まで復活させたんだろう…。」

 天鈿女の見解と疑問に狭野尊の表情は明るいものとなっていた。

「そこが奴らの恐ろしい話なのだ。そもそも布都御魂は今、皮肉にも崇神の手の元にあるのだ。」

「えっ!!何で崇神の元にあんのっ!!確かあれ、拝殿の裏手の禁足地に埋められていたはず…。」

「確かにそうなのだ。しかし、それが掘り起こされ、何故か今、崇神の手の中にある。知っているか、天鈿女よ。あの霊剣に纏わる秘話を…。」

 狭野尊の問いに、余裕に答えられる自身の知識が故に嬉しくなった天鈿女であったが、その答えの意味も理解してきたのだった。

「布都御魂を手にする者は全知全能を治める者となる…。だったっけ?つか、あの崇神がっ!!ないないないっ!!ある訳がないっ!!」

 笑いに笑う天鈿女をけん制するように狭野尊はきつく表情を絞らせた。

「俺もかつて、阿呆だ馬鹿だと罵られた時期は長かった訳だがな…。」

 その言葉に、天鈿女は綻ばせていた表情を瞬時に凍てつかせて言葉を窄ませた。

「大熊の復活は、お前達が船で紀國半島の裏にたどり着いた際、確実に標的を絶命させる為の日の本が元来企てた罠である。とりあえず教えといてやるが、お前達が務古の水門を旅立った後、奴らが敷いていた初めの罠は、お前達が明石で戦った西洋邪神、クラーケンの大群。そこに俺が降臨し、一網打尽すると予想した策士の一神が講じた裏の裏である罠だと俺は見越していたのだっ!!」

「えっ!?狭野…。あなた、一体どこまで知ってるのよ…。」

 狭野尊の心中を語られた天鈿女は既にそのようなありふれた言葉でしか対応するしかできなかった。

「どこまでもではなく、全部だ。」

 ここで初めて従来のはち切れる笑顔を狭野尊は見せた。

「奴らはそもそも、務古にて俺がお前達の航路を阻む事態、予想外だった。しかも、そのすぐ後にお前達と合流すると予測を立てられる策士が日の本に存在するとは思えないのだ。まあ、北の河で遊んでいる姿は確認されただろうが、今さら実行する手立てなどあるはずなどないっ!!」

 そうはっきりと言いきった後、一行の方に視線を向けて言葉を続けた。

「という事で、早く船に乗るぞっ!おい、彦五十狭芹彦っ!俺との知恵比べで気を落とすのは仕方がないが、漢が泣いている様は旨くない。せめて、不貞腐れていろっ!!!」

「あいあぁああああああ。」

 狭野尊は吉備津彦の肩を取り、天鈿女はそれを甲斐甲斐しく支えながら船へと乗り込んでいった。

 岳は何となくこの三方の話を聞いていた際に、小さな疑問が心の中に生じていた。


『神大和様はそう言い切ったが、果たして本当にそうなのだろうか…。もし、すぐさま対応できる輩がいたとしたなら、そんな微塵の風穴があるとするならば…。』


「おい、岳っ!!何をしているっ!」

 先程まで地に伏せていた吉備津彦の声が上がった。

「はい、ただいまっ!!」

 どう思っても今は仕方がないと、岳は感情を湖に流して、皆が乗り込んだ船へと走っていった。

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